171 お馬鹿さん
猫耳ローブには強い意志の光が宿っているように感じる。
どれだけ言っても、ここの探索を諦めそうにないし、どれだけ断っても、着いてきそうだ。
それならこちらの得となるように、それを許可するべきだろう。
まぁ、許可とは言ったけれど、こちらが許可を出せるような立場ではないんだけどね。探索するかしないかは自由だものね。もちろん、それを邪魔するのも自由だ。
……。
とりあえず帰ろう。
氷雪姫を背中の鞘にしまい、城門の方へと歩く。
『あ、待って、灯り……、なのじゃ』
猫耳ローブが慌てて小型の杖を持って立ち上がる。
「再生と破壊の神フレイディア、世界を壊し新しき力となり周囲を見通す火の加護をサズケテ――ファイアトーチ!」
小型の杖の先端に小さな火が灯る。周囲が少し明るくなった。
『うーん。イフリーダは否定するかもしれないけどさ、あの男たちが持っていたようなカンテラがあれば話は別なんだろうけど、あー、あのカンテラ、今思えば、上手く譲り受けても良かったよね』
『む。どうしたのじゃ?』
銀のイフリーダは首を傾げている。
『ごめん、話が逸れたよね。明かりを灯す神法が扱えたら便利だと思うんだよ。イフリーダは力が弱まっているって馬鹿にしてそうだけどね』
『ふむ。我も周囲を照らす神法があれば便利だと思うのじゃ』
銀のイフリーダの答えは予想外のものだった。
『え? それなら……』
そこで銀のイフリーダが指を振る。
『周囲を照らすなら光の神法を使えば良いのじゃ。わざわざ、効果を弱めて火の属性の神法を使う意味が無いのじゃ』
あ。
なるほど。
『確かにその通りだね』
そうなると、だ。
何でこの猫耳ローブはわざわざ力を弱めてまで火の神法で明かりを作っているのだろうか?
うーん。
ちらりと後ろを見る。
猫耳ローブがびくりと体を震わせる。先ほどの威圧するような態度は、この猫耳ローブを随分と怯えさせてしまったようだ。
まぁ、火の神法で明かりを作っている理由も、それ以外の細かいことを聞くのも、全ては言葉を習って意思の疎通が出来るようになってからだね。
全てはそれからだ。
城の外に出る。
そのまま石の橋を歩く。
ちらりと後ろを見る。
猫耳ローブはちゃんと着いてきているようだ。
そのまま橋の中腹まで歩き、そこで止まる。
『食事にしよう。色々あって忘れていたけど、お腹が空いていたんだよね』
火を起こし、背負い袋から干し肉とキノコを取り出す。そのまま火の前に座り、干し肉を炙る。
すると何やら猫耳ローブが怒ったように手を振り回していた。何で怒っているのか分からないが、手で座るように合図を送る。
むすっとした顔のまま猫耳ローブが座る。
炙った干し肉を囓る。うん、まぁ、普通。やっぱり何か調味料が欲しい。あの男たち、もしかしたら調味料とかを持っていたかもしれないのに、すぐに追い返したのは失敗だったかなぁ。
って、ん?
そういえば……。
「荷物は?」
猫耳ローブは何か荷物を持っているようには見えない。何も持たずに、ここまでやって来た?
つまり、ここから猫耳ローブが住んでいる場所はすぐ近くということ?
そこで猫耳ローブのお腹が小さく、ぐぅ、と鳴った。
思わず猫耳ローブの顔を見る。
猫耳ローブは、すぐに恥ずかしそうな様子で顔を伏せた。
はぁ……。
炙っていた干し肉の一つを猫耳ローブの方に差し出す。
干し肉の匂いにつられたのか、猫耳ローブが顔を上げ、きょとんとした顔でこちらを見ている。
「食べていいよ」
猫耳ローブは怒った顔で何やら叫んでいる。
『どうも、こやつは食べている場合じゃないと言っているようなのじゃ』
『イフリーダ、演技はもういいの?』
『飽きたのじゃ』
銀のイフリーダが大きく欠伸をしている。
にしても、食べている場合じゃない、か。この猫耳ローブは現状把握も出来なければ、自分の立場も想像出来ないようだ。もしかすると、随分と世間知らずな――人と関わり合いの無い場所で暮らしていたのかもしれない。
食料がどれだけ貴重かも分からないみたいだしね。
思わずため息が出た。
「お腹、空いているんでしょ。無理せず食べたら?」
もう一度、猫耳ローブの前に干し肉を突き出す。
猫耳ローブは、まだ何やら呟いていたが、結局、干し肉を受け取り、齧り付く。そして、その顔を微妙に歪めていた。あまり、美味しくなかったようだ。それでも、お腹が空いていたのか干し肉をガジガジと食べている。
「それで荷物は?」
世間知らずぽいから、何も準備をせずにここまで来ている可能性もある。
「落とした」
しかし、猫耳ローブは――何処か悔しそうに、恥ずかしそうに、震えてうつむいている。
落としたかー。
そっかー。
それは大変だ。
その状態で、さらに奥に進もうとするとか、この猫耳ローブは馬鹿なのかなぁ。
はぁ、ため息しか出ない。
食事を終え、立ち上がる。
お腹いっぱいにもなったし、そろそろ帰ろう。
スコルは何処かな?
キョロキョロと周囲を見回す。
『こやつは何を探しているか気にしているようじゃ。それにしても、ソラよ、良いのじゃな?』
銀のイフリーダが腕を組み、こちらを見ている。
『うん? 何が?』
『こやつを連れ帰ることなのじゃ』
なるほど。
『大丈夫だよ。この猫耳ローブ、無害そうだからね。何か面倒を起こしたとしても、何とでもなりそうだからね』
そこへ風が動いた。
風とともにスコルが現れる。
早い、早い。
まるでこちらの様子をうかがっていたかのような、ちょうど良いタイミングだ。
「スコル、お帰り。楽しかった?」
「ガルル」
スコルは途中で良い玩具を見つけて少し遊んでいた、という感じで吼えている。今回の旅は、スコルの良い息抜きになったようだ。
鐙に足をかけ、スコルの背にまたがる。
さあ、帰ろう。
『ソラよ、そやつが……』
銀のイフリーダが呆れたような顔をしている。
見れば猫耳ローブが尻餅をついて、こちらを指差していた。何処か震えているようにも見える。
なるほど、突如現れたスコルが怖いのかもしれない。
……。
まぁ、いいか。
「スコル、その猫耳ローブも連れて帰るよ」
「ガルル」
スコルが頷き、猫耳ローブのフード部分を咥えて持ち上げる。
猫耳ローブがよく分からない悲鳴を上げて暴れている。
うん、まぁ、怖いよね。
分かる、分かるよ。
「じゃあ、帰ろうか」
「ガルル」
スコルが猫耳ローブを咥えたまま器用に唸っていた。