170 魔法使い
古代語?
何のことだろう?
いや、それよりも、とりあえず武装解除は必要かな。
このローブは神法を使うみたいだから、武装を解除しても神法を使われたら――うん、武装解除する意味が無いか。
仕方ない。
驚いた様子でこちらを見ているローブの首筋から氷雪姫を離し、ため息を吐く。そのままローブを無視して、地面に落ちていた剣を遠くに蹴り飛ばす。
『お、おい、ガキ、お前、何者なんだ、なのじゃ』
半分の盾を持った男が何かを叫んでいる。そういえば、こっちは気絶させていなかった。
『言葉が分からないのは不便だよね。竜種の皆さんとは会話が出来たのに、なんでこの人たちの言葉は分からないんだろう。せっかく、イフリーダに言葉を習ったのにさ、無駄になっているよね』
銀のイフリーダは転がっている三人組を呆れたような顔で見ている。
『うむ。我も、このように変質しているとは思わなかったのじゃ』
銀のイフリーダが言っているのは言葉だけのことではないのだろう。変質したというのは、この人たちが使った神技や神法のことも含まれているのだろう。
『お、お前、その獣人の仲間なのか? ち、違うよな、なのじゃ』
銀のイフリーダは声のどもりまで再現している。かなりの演技派だ。
「会話が出来れば、まだ状況が分かるんだけどね」
ため息とともに呟く。どういった立ち位置の人かも分からないのに、この人たちを拠点に連れて帰るのは危険だ。この城の奥にも進んで欲しくない。
「古代語……」
ローブがこちらを見ている。
『あなたはこの禁忌の地の守護者なのか、と疑問を呈しているのじゃ』
やはりローブの言葉は分からない。銀のイフリーダの意訳が正しかったとしても、どう答えたら良いのか分からない。
『どう答えるのが正解なんだろうね。いや、どう伝えれば伝わるのか、かな』
『ふむ。なぞなぞのようなのじゃ』
銀のイフリーダが肩を竦めている。
「言葉、分かる? 分かんないよね」
転がっている男とローブに話しかける。
まぁ、こちらの雰囲気だけでも伝わってくれたらと思う。
するとどうだろう。
ローブが反応した。
猫耳をピクピクと動かしながら、コクコクと頷いている。
「分かるの?」
「古代語、分かる。私、天才」
猫耳ローブが、随分とカタコトだが、こちらにも分かる言葉を喋った。
「言葉が分かるなら話が早いよね。この状況と事情を説明して欲しいんだけど」
これで、この猫耳ローブが素直に答えてくれれば、ある程度は方針を決めることが出来そうだ。ただ、片方だけを信じることは出来ないから、何とかして、この転がっている男たちからも事情を聞き出さないと……。
「分かった。説明する」
猫耳ローブがゆっくりと頷く。
『お、おい、勝手なことを言っているんじゃねえよ、お前に都合のいいことを言うつもりだろう、なのじゃ』
転がっていた男が慌てたように何か叫んでいる。うん、確かに、そんなことを言ってそうだ。
とりあえず、転がっている男は無視して喋って、という感じで猫耳ローブに言葉を続けるように促す。
「分かった。男たち、私たち、絡んできた。だから、返り討ち。逆恨み」
ふむふむ。
この男たちが絡んできたので返り討ちにしたら、逆恨みして追いかけてきたって感じかな。うん、話の筋は通ってそうだ。
『おい、お前たち二人だけで何を言ってやがる、分かる言葉で喋りやがれ、なのじゃ』
男は随分と慌てている。自分たちが不味い状況になりそうだと思ったのかもしれない。
「それで、君は何者で、どんな用件でここに来ているんだい?」
「何者?」
猫耳ローブは意味が分からなかったのか首を傾げている。
「君は子どものように見えるけどさ、どこから来たのか。どうして、ここに来たのか教えて貰えるかな?」
これで伝わるだろうか。
「子ども、違う!」
猫耳ローブは何処か怒ったように猫耳を立てていた。
小さいから子どもかと思ったけど、そういう種族だったのかな。
「子どもじゃないのは分かったよ。続けて」
猫耳ローブが頷く。
「私、ローラ。天才魔法使い」
猫耳ローブは、それで話が分かるだろうという感じで、こちらを見ている。
よく分からない。
言葉の壁は大きいようだ。
「名前、ローラ」
猫耳ローブは自身を指差して、何度も同じ言葉を繰り返している。
いや、君がローラだって名前なのは分かったから。それとも、そんなことも分からないと思われているのだろうか。
にしても『魔法使い』か。神法を使ったように見えたが、また別の力なのだろうか。
『おい、だから、お前たちだけで何を話してやがる、くそっ、お前が俺たちに恥をかかせなければ、こんなことには……、なのじゃ』
銀のイフリーダはノリノリで翻訳を続けてくれている。
「彼らが言う恥とは?」
『え? 言葉が分かるの、なのじゃ』
猫耳ローブは驚いた顔でこちらを見ている。
『まさか、私をはめた? 分からないふりをして情報を……』
何やら猫耳ローブはブツブツと呟いている。
『なのじゃ』
……。
何だろう。
もう、面倒くさい。
無駄なやりとりにしか思えない。
だから――
思いっきり、氷雪姫を地面に突き刺した。石の床に亀裂が入り、氷雪姫が突き刺さる。
「ここに来た理由を言え」
優しく言葉をかける必要は無いのかもしれない。
『それは、追われて、なのじゃ』
「理由、理由、だ!」
この猫耳ローブはまだ分からなかったらしい。
『この禁忌の地の封印が解かれたから、聖者を、聖者の遺品を探しに来たの、私にはそれが必要なの、なのじゃ』
猫耳ローブは睨むような目でこちらを見ている。
「彼らは?」
『都市の迷宮探索者、妹にちょっかいをかけてきたから魔法で返り討ちにしたの、こんなところまで追いかけてくるなんて、なのじゃ』
……。
思わずため息が出る。
銀のイフリーダの通訳で何となくだが、事情は読めてきた。
これだけのことを知るために、こんなにも苦労するなんて、言葉の壁は――大変だ。
『イフリーダ、彼らの言葉も覚えないと不味そうだね』
都市に迷宮探索者、か。
とりあえず、気絶している二人を助け起こす。
『な、何しているの、そいつらは悪い奴らで……、なのじゃ』
本当にため息しか出ない。
気絶していた二人が目を覚ます。
『な、なんだ、ここは、こいつは、ひっ、と驚いているのじゃ』
銀のイフリーダは熱演を続けている。
「伝えてくれ。ここから去れば何もしない、だ。自分たちが住んでいる場所に帰れ」
威圧するように猫耳ローブを見る。
猫耳ローブが頷き、こちらを見る。
『彼はここに残れと言っている、のじゃ』
……。
これは猫耳ローブの悪意か?
いや、言葉が上手く伝わらなかったのかもしれない。
「もう一度言う。去れ。立ち去れ、だ」
『彼は、ここにのこ……』
そこで、地面に突き刺した氷雪姫を引き抜き、もう一度、突き刺す。石の床が砕け散り、周囲に破片が散らばる。
「言葉が伝わっていないのかな? 正確に伝えてくれ。立ち去れ。立ち去れば何もしない」
猫耳ローブが怯えたように頷く。
『立ち去れって言ってる。この禁忌の地から出て、都市に戻るなら何もしないって言ってる、のじゃ』
三人の男たちが怯えた様子で何度も頷いている。
やっと正確に伝えてくれたようだ。
三人の男たちは慌てて立ち上がり、逃げるように駆け出していった。これだけ怯えてくれたら、もうここには来ないだろう。
うん、来て欲しくないなぁ。
……。
何故か猫耳ローブが残っていた。
三人の男たちと一緒に逃げるのは不味いと思って時間をおこうとしているのだろうか?
「何故、残る?」
「私、探す、必要」
猫耳ローブがこちらを見ている。
猫のような瞳には、曲がらない意志の強さを感じさせる、そんな輝きが灯っていた。
「何故、残る?」
「聖者、必要」
猫耳ローブはこちらを見ている。
ため息しか出ない。
「分かったよ。言葉を教えて欲しい。その代わり、この地で出来る範囲で良ければ協力するよ」
ホント、ため息しか出ない。