169 人
どう行動しようか考えていると事態の方から動いてきた。
城の入り口から新しいマナの気配が流れてきたのだ。
その数は三つほど。
『新手かな』
『うむ。よく気付いたのじゃ』
このローブの仲間だろうか?
いや、ローブは後方を常に気にしていた。追っ手と考えた方が良いのかもしれない。
このローブは逃げていた?
追われている?
つまり、このローブは追われるようなことをしたということ。
犯罪者?
いや、そうと決めつけるのは早計か。
『もう少し様子を見よう』
新手の三つがローブに追いついたようだ。新手は手にカンテラのようなものを持っている。随分と準備が良いようだ。腰には剣や短剣、なめした皮の鎧、革の盾を持った人もいる。
……。
そう、人だ。
最初のローブが小さかったのでそういう種族なのかと思ったが、普通に人だ。大人の男性だ。いや、ローブとこの三人が別の種族という可能性もある。
皮鎧の三人とローブが言い争いをしている。
新しく現れた三人もこちらには気付いていないようだ。
このまま様子を見続けるべきか?
『せめて何を話しているか分かったら、まだ対策が立てられるんだけどね』
『ふむ。あやつらが何を話しているか、おおよそのことなら分かるのじゃ』
銀のイフリーダは得意気に腕を組んでいる。
『え? 分かるんだ』
『うむ。言葉は分からずとも、何を言っているのかくらいは分かるのじゃ』
銀のイフリーダは腕を組んで得意気だ。
三人とローブの言い争いは続いている。
銀のイフリーダがしゅばっとローブの方側に移動する。
『こんなところまで追ってくるなんて何のつもりだ、なのじゃ』
銀のイフリーダは次に三人組の方へと移動する。
『お前には恥をかかされたからな、もう逃げられないぞ、なのじゃ』
……。
『イフリーダ、無理になのじゃって付ける必要……ある?』
……。
銀のイフリーダが呆れたような顔でこちらを見ている。
『こんな暗闇で明かりを付けるなんて見つけてくれと言っているようなもんだぜ、なのじゃ』
銀のイフリーダはこちらを無視して解説を続ける。
『えーっと、それと、結構、長く言葉のやりとりをしていたようなのに、そんな今更な会話だったの?』
銀のイフリーダが大きくため息を吐き出す。
『意訳なのじゃ』
そうなんだ。
そんなイフリーダとのやりとりを行っている間も三人とローブの言い争いは続いている。
「再生と破壊の神フレイディア、世界を壊し……」
突如、ローブが小型の杖を掲げ呪文を唱え始めた。
『やらせるかよ、なのじゃ』
三人組の一人が駆け、ローブを突き飛ばす。
『へへ、不意を突かれなければ魔法なんか喰らうかよ、なのじゃ』
銀のイフリーダが凄く悪そうな顔でへへへと笑っている。
なんだか随分と楽しそうだ。
『それ、まだ続けるんだ。それにしてもどうしよう』
ローブは突き飛ばされ、三人に囲まれている。
はぁ……。
まだ、どちらが悪いのかも分からないし、今の状況でどちらかに肩入れするのは問題がありそうだ。
でも。
うん、この場は収めるべきか。
氷雪姫を引き抜く。
『うん? なんだ、急に周囲が冷えてきたぞ、なのじゃ』
三人組がキョロキョロと周囲を見回している。
氷雪姫を持ち、そのまま転がっているローブの前に立つ。ローブが驚いた顔でこちらを見ている。
その倒れたローブはフードがはだけ、素顔を晒していた。赤く長い髪、そして、その頭の上には猫のような耳が乗っている。
亡霊のような種族? その子ども?
『おいおい、お前、何者だよ、なのじゃ』
三人組の一人が短剣を構える。
『一人増えたところで、三人に勝てる訳ないだろ、なのじゃ』
短剣の男がこちらへと、その手に持った短剣を突き出す。
敵か味方かも分からないのに、容赦なく攻撃してくるんだ。この人たちはそういう立場、そういうことが当たり前になるような環境にいるってことかな。
突き出された短剣を氷雪姫で斬る。
切断された刃が飛ぶ。
そのまま駆け抜け、相手の懐に入る。手首だけで氷雪姫を回し、その相手の腹に剣の柄をたたき込む。
短剣を持った男が驚いた顔のまま崩れ落ちる。あまり力を入れたつもりはなかったが、男の皮鎧はべっこりと凹んでいた。何の皮を使っているか分からないが、あまり丈夫な鎧ではないようだ。
『こ、こいつ、やるぞ、距離をとるのじゃ』
銀のイフリーダは楽しそうに中継を続けている。この男たちが本当に、そんなことを言っているのかは分からない。が、距離を取ったのは本当だ。
一人が革の盾を構え、もう一人がその後ろに隠れる。
革の盾か。先ほどの鎧と同じ皮を使っているとしたら――うん、それ、盾として役に立つのかな。
革の盾を構えた男の前へと駆ける。
両手で持った氷雪姫を薙ぐ。
手に持った革の盾だけを斬る。
革の盾が横にずれ、すとんと落ちる。その向こう側に驚いた男の顔が合った。
このまま潰す。
しかし、その男の後ろから、隠れていた男が現れた。
『へへ、甘いんだぜ、なのじゃ』
「炎の神フレイムカルド、燃やせ――スマッシュ!」
聞き取れる言葉。
隠れていた男の振り上げた剣が炎に包まれるような速度で振り下ろされる。
神技を使った!?
――パリィ!
振り下ろされた剣を氷雪姫で受け、流し、弾く。そして、そのまま現れた男の懐に入る。
先ほどは剣の柄で叩いた。それだけで相手の皮の鎧は凹んでしまった。今度は手加減して素手で殴ることにした。
氷雪姫を右手で持ち、空いた左手で相手の腹を殴る。剣を持った男の体がくの字に曲がり、剣を落とす。
素手で殴ったのに男の皮鎧は凹んでいた。
脆すぎる。
何だ、これ?
こんなの鎧の意味が無いじゃないか。
残った男の方へと振り返る。
男は半分になった盾を持ったまま尻餅をついていた。その顔は何処か怯えているようにも見える。
とりあえず、この三人は無力化出来たかな。
『神技を使ってきた時は驚いたよ。でも、神技でもパリィで弾けるんだね』
『ふむ。普通は無理なのじゃ。なるほど、我の知らぬ間に、どうやらかなり弱体化したようじゃ。迷宮が攻略されぬはずなのじゃ』
銀のイフリーダは大きなため息を吐き出している。
さて、と。
驚いた顔でこちらを見ているローブのところまで歩く。
『あ、助けてくれたの、そんな必要なかったのに、なのじゃ』
銀のイフリーダはまだ続けてくれるようだ。まぁ、確かに、こちらを見ているローブはそんなことを言ってそうだ。
そのローブの首筋へと氷雪姫を伸ばす。
「えーっと、言葉は分かるかな?」
とりあえず話が出来るように武装した三人は無力化した。でも、このローブの方が悪者かもしれないからね。油断は出来ない。
「古代語……?」
猫耳のローブは驚いた顔でこちらを見ていた。