167 記憶の残滓
すでに石の城は目の前だ。
後は、ところどころ崩壊した石の橋を渡りきれば辿り着く。ここまで魔獣に出会わなかった。動く骨も、鎧を着込んだ骨も――見かけない。前回訪れた時に見かけた魔獣の姿は何処にもなかった。
「それにしてもあっという間だったね。全てスコルのおかげだよ」
スコルの背中から飛び降り、その体を撫でてあげる。うん、サラサラだ。
「ガルル」
スコルがこれくらいの速度で移動するのなんて当然だという感じで頷く。
数日かけて移動した距離が半日だ。
早い。本当にあっという間だ。
だが、さすがに、今日、このまま城の探索を行うのは危険だろう。もうしばらくすれば日が落ちる。
今日はこの橋の上で野宿だ。
橋の中程までスコルと並び歩く。
そこで火を起こし、持ってきていた干し肉や干しキノコを炙りながら食べる。
「そういえば前回もこうしてスコルと一緒に食事をしたよね」
スコルの前に炙る前の干し肉を置く。スコルはそれを無言で食べていた。
「スコルには物足りないよね」
「ガルル」
スコルは問題無いと小さく吼えて頷いている。
水筒の水を一口だけ口に含み、ゆっくりと口の中を湿らせるように飲む。まだまだ水には余裕がある。
「水筒のような何かではなく、しっかりとした水筒があるって素晴らしいよね」
食事を終え、少しだけ休憩をした後、スコルに寄りかかる。
「スコル、体を借りるね」
スコルに包まれるように体を寄せる。暖かい。それにふかふかだ。以前は鼻が曲がるかと思うような匂いだったのに、今は太陽のぽかぽかとしたような匂いだ。
「ガルルル」
スコルも丸くなる。
そのまま目を閉じる。
スコルの体を洗ってて良かった。
これなら、何処に出しても恥ずかしくないスコルだよね。
深い闇に――眠りへと落ちていく。
夢……。
夢……。
そして、朝日の眩しさに目が覚める。
「もう朝なんだ」
「クワワァァァ」
自分が目覚めたことでスコルも起きたようだ。大きな欠伸をしている。ただ、その息は少しだけ臭かった。
「スコル、息が臭いよ」
「ガルル」
スコルはそれがどうしたの? という顔でこちらを見ている。今度は歯も磨いた方が良いのかもしれない。虫歯が出来たら大変だからね。
さて、と。
起き上がり、大きく伸びをし、体をほぐしていく。
「スコル、僕は、この城の中を調べるから。スコルは遊んできたら良いよ」
「ガルル」
スコルが小さく頷く。
そして顔を上げ、駆けていく。
朝ご飯の調達に向かったのかもしれない。
『ふむ。どうして、あれを連れて行かないのじゃ』
いつものようにいつの間にか隣に立っていた銀のイフリーダが首を傾げている。
『スコルの大きさだと城の探索は窮屈だろうからね』
橋を渡りきる。
石の城に取り付けられた巨大な門扉に黒い鎧の姿はない。扉は開かれたままだ。
薄暗い城内へと入る。
城内は、ところどころが崩壊し、太陽の光が入り込んでいるためか、薄暗いが暗闇には包まれていなかった。
明かりを用意しなくてもこのまま探索できそうだ。
さて、どこから探索しよう。
……。
いや、違う。
目指すべき場所はなんとなく見当がついている。
何故か、この城を――この石の城を探索しないと駄目だと思っていた。何かが引っかかっていた。
そうだ。
城の奥、玉座の間へと向かう。
玉座の間。強大なマナを持った王の一人、骨の王と戦った場所。
古き礎に縛られた王……。
玉座の間。
砕けた床石とボロボロになった石の玉座。その石の玉座の上に天井から太陽の光が差し込んでいた。
「太陽の光が主なき玉座を照らす」
滅びた国なんて、こんなものだ。
『玉座、あの時の戦いで壊れたかと思ったら、まだ残っていたんだね』
玉座へと歩きながら背中の氷雪姫を引き抜く。
氷が舞う。
「隠したかったもの。閉じ込めておきたかったもの」
氷雪姫を構える。
「全て近くに置いておく」
そのまま石の玉座を斬る。
「傲慢さ故に……」
石の玉座をバラバラにし、その下の床石を見る。
かがみ込み、軽く叩く。
軽い音が返ってくる。
空洞だ。
『あの氷の城でもそうだったけど、どうして玉座の近くに隠し通路を作るんだろうね。あの城が真似たのか、この城が真似たのか』
あの骨の王はこの場所だけを避けて石の両手剣を床石に叩きつけていたのだろうか。
それともわざと……?
氷雪姫を構え、床石を斬る。
予想通りだ。
そこには下り階段が――隠し通路があった。
明かりは?
上を見ると太陽の光がちょうど階段を照らしていた。必要ないかもしれない。
階段を降りていく。
石壁に囲まれているのにあまり暗くない。
太陽の光を下まで取り込めるように工夫されているのかもしれない。
階段を降り、ほんのりと明るい石壁の道を進む。
そして開けた場所に出た。
……。
「これは……」
そこは墓だった。
部屋の中央にあるのは横たえられた石櫃。
石櫃の周囲には沢山の花が飾られていたのか、その残骸だけがあった。閉ざされていた道を開けたことで中に空気が入り込んでしまったからか、花の残骸が粉となって舞い、飛んでいく。
花に囲まれた石櫃。
これを隠していた?
石櫃で眠っているのは……。
吸い寄せられるように歩く。
そして、その石櫃をのぞき込む。
そこには何処かで見たことがあるような祭儀用の衣装に包まれた骨があった。
まさか、夢で見た少女?
石の両手剣の記憶……。
「ラーラ?」
ここに、ここに……眠っていた。
思わず手を伸ばす。
そして、その骨に、衣装に触れた瞬間、それは粉となって消えた。
マナの残滓。
魂が消える。
人の意志が、マナが、魂が、閉じ込められていたものが解放され還っていく。
これを解放したかった?
だから、どうしても、ここに来たかった?
分からない。
分からない。
分からなかった。