160 樵
重鋼の斧を巨木に叩きつける。
小さくまとまるように、力を斧へと伝える。そして、その流れた力を木に通す。
何度も、何度も繰り返す。
力を扱う練習だ。
繰り返せば繰り返すほど、力の扱いが上手くなっていく気がする。
徐々に木に食い込む斧の刃が深くなっていく。
重鋼の斧を振り上げている自分の少し離れた場所では、戦士の二人が同じように斧を振り上げていた。離れて見守っていることに飽きたのかもしれない。
手に持っているのは鉄の斧だ。それを巨木へと叩きつけている。刃は通らない。跳ね返されている。それでも二人は斧を振り上げ、叩きつけている。
「なかなか難しいのです」
「戦士の王の姿を真似させて貰うのです。もう少しでつかめそうなのです」
二人は斧を振り上げる。
跳ね返されても諦めない。自分は、その姿を――それを無駄だとは思わない。
『ふむ。二人とも加護を得ているだけあって筋が良いのじゃ』
『そうだね。そのうち鉄の斧でも切り倒しちゃうんじゃないかな』
二人の諦めない姿勢。
負けていられない。
こっちは武器が良いから、だから刃が通っているだけだ。
もっと力をためて、素早く、小さく、そして爆発的に。
重鋼の斧を叩きつける。
もっと、もっとだ。
もっと上手く出来るはずだ。
もっと!
「そろそろご飯にするのです。皆、夢中になりすぎなのです」
何処か呆れたような語る黒さんの声を聞いて、振り上げた重鋼の斧を下ろす。
ご飯?
「ご飯ですか?」
「そうなのです。少し休憩にするのです」
確かに夢中になって重鋼の斧を振り回し続けていたかもしれない。斧を握った手のひらが痛い。腕が重い。
休むと思ったら一気に痛みや疲れがのしかかってきた。
「そうですね。ちょっと疲れたかもしれません。食事の準備、手伝います」
「もう終わっているのです」
振り返ってみると、すでに焚き火が作られ、その横で串に刺した肉が炙られていた。
語る黒さんは呆れたような顔でこちらを見ている。
「肉なのです」
「良い匂いがすると思ったのです。食事にするのです」
戦士の二人の動きは速い。すでに焚き火のそばで肉が焼けるのを待ち構えている。
肉を焼いていたのに、その匂いに気付かないなんて、どれだけ夢中になって斧を振るっていたのだろうか。
スコルも居て、戦士の二人も居て、語る黒さんもいる。それに安心しきって油断していたのかもしれない。
「肉は貴重だったんじゃないですか?」
「腐らせるよりは良いのです。戦う者が栄養を摂る方が重要なのです」
「戦士で良かったのです」
「良かったのです」
「ガルル」
戦士の二人とスコルは嬉しそうだ。
「それにこの肉は戦士の王が狩った魔獣の肉なのです」
あ!
その言葉で気付く。
これ、あの洞窟で倒した魔獣の肉だ。そういえば語る黒さんに肉を預けていた。
「まだ残っていたんですね」
確かにそれは早く食べないと腐らせてしまう。
「まだ残っていたのです。それにしても、なのです。ここは火を起こすのが大変だったのです」
よく見れば木材を浮かせるようにして並べて、その上に焚き火が作られている。この西の森はジメジメとしていて、地面も半分腐ったような、そんな葉っぱで埋もれている場所だ。確かに、火を起こすのは大変だったろう。
「一度戻っても良かったと思います」
そう言うと語る黒さんは大きなため息を吐いていた。
「あそこまで夢中になっていて素直に帰るとは思えないのです」
確かにその通りだ。その通りだった。
「二人もご飯にするのです」
「話は食べ終わってからにするのです」
戦士の二人の言葉から待ちきれない気持ちが伝わってくる。
「あ、はい。そうですね。食事にしましょう」
まずは食事だ。
皆でご飯を食べ、簡単な小休憩をとる。
ゆっくりと休んだ後は――続きだ。
巨木と自分の戦い。
必ず切り倒す!
木を切る。
切り倒す!
重鋼の斧を振り上げる。
何度でも、何度でも、だ。
繰り返す。
重鋼の斧を振り上げる。
繰り返す。
繰り返すうちに攻撃が最適化されていく。
……。
そして、
そして、ついに必殺の一撃が巨木を貫いた。
巨木が揺らめく。
「急いで離れましょう。倒れそうだ」
慌てて巨木から離れる。
巨木が倒れていく。
大きな、大地を揺るがすような地響きを立てながら、巨木が倒れていく。
大地が震える。
「凄い振動なのです」
「まるで地震なのです」
巨木は、倒れ、その途中で、他の木に引っかかり、そのまま滑るように横へと転がり落ちた。
衝撃。
その衝撃に地面が揺れる。
大きい、本当に大きな木だ。
倒れた状態でも先が見えない。
ついに、ついに倒した!
「やりました!」
皆へと振り返る。
「で、これ、どうやって持って帰るのです?」
そこには何処か呆れるような語る黒さんの顔があった。
……。
「スコル、何とかなるかな?」
「ガルル」
スコルは多分、大丈夫、という感じで頷いていた。あの、常に自信満々なスコルでも多分と思ってしまうような巨木だ。
これを持ち帰れば、どれだけの資源になるか分からない。
必ず持って帰られないと!
「自分たちも手伝うのです」
戦士の二人が頷きあい、倒れた巨木の状態を確かめている。
「はい! 皆で協力して持って帰りましょう」
皆で協力すれば持って帰れるはずだ。
このせっかく切り倒した巨木を無駄にすることなんて出来ない。
これ一本で家が建てられそうな大きさだ。
「戦士の王、これを見るのです!」
と、そんなことを考えていると戦士の二人からお呼びがかかった。
「どうしました?」
「これなのです」
戦士の二人が見つけたもの。
それは鳥のような魔獣の死骸だった。
「矢羽根に使えそうなのです」
「食料になりそうなのです」
見れば何匹か鳥のような魔獣が巨木に押し倒されて死んでいる。もしかすると、この木の天辺に住んでいた魔獣だったのだろうか?
木が倒れる時に巻き込まれてしまった? 逃げ出す暇が無かったのかもしれない。
何にせよ、嬉しい副産物だ。