159 木を切る
「重く硬いものをお願いします」
新しく作成する槍の要望を伝える。
そして翌日。
起きてから魔法炉の近くに向かうと、炎の手さんと亡霊の二人が作業を行っていた。昨日から寝ずに作業を行っていたのだろうか?
亡霊が目に隈を作って危ない笑みを浮かべている。
「えーっと、徹夜、ですか?」
「あ、ああ。ソラ? もうそんな時間なの……です。うひひひ、なのです」
亡霊は、なんだか無理して語尾を変えようとしている? そんな印象を受ける。大丈夫なのだろうか? いや、それよりも寝ずに作業をしていたからか、変な勢いになっていることの方が不安だ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だな」
亡霊は大丈夫ではないようだ。
「そういえば、今日も走る手さんの姿を見ませんが、どうしたんでしょうか?」
金槌を振るっていた炎の手さんの手が止まる。
「走る手なら崖の方で道を作っているのです」
「ああ、なるほど。そうだったんですね」
「そうなのです。崖の上には食用になる魔獣も生息していると聞いたのです。こちらも急ぐべき重要なことなのです。なのに、それを分からずに鍛冶をやりたいと言っているのです。困ったことなのです。もう少し、重要度を考えて欲しいのです。確かに鍛冶仕事をしたい気持ちは分かるのです。ですが……」
珍しく炎の手さんが愚痴ぽいです。ぱっと見は、いつもと変わらないようにしか見えないが、もしかすると炎の手さんも徹夜でおかしくなっているのかもしれない。
「えーっと、それで……」
徹夜で何をやっていたのかを聞こうと思った、その自分の目の前に斧が差し出される。
「これは?」
「この魔法炉と魔法金属の感覚を確かめるために作ったのです」
これを作るために徹夜していたのだろうか。
「斧ですよね」
斧なのだった。
見た目は片手でも扱えそうな、そんな斧だ。
片刃の斧。柄まで金属で作られているようで全体が鈍く黒光りする斧だ。
木を切るための斧だろうか?
「持ってみて欲しいのです」
炎の手さんに言われて持ってみる。その瞬間、腕が抜けそうなほどの重みがのしかかった。
「重い!」
見た目が小さめなので油断していた。慌てて両手で持って支える。
「凄く重いです」
「あ、ああ。ふふふふ、それは重鋼という非常に重い魔法の金属を使っているからな! びっくりしただろ? な、な? ……のです」
凄く得意気な亡霊だった。
いや、とってつけられたように『のです』は言わなくても良いと思います。
じゃなくて!
「そういうことは早く言ってください。肩が抜けるかと思いました」
「あ、ああ……え、う。すまん」
怒られたからか亡霊は少ししょんぼりしている。
「それで、これは?」
亡霊を無視して炎の手さんに聞いてみる。
「木を切るための斧なのです。戦士の王に試してみて貰いたいのです」
「分かりました。それで鉄と違う特徴は何かありますか?」
「小さな見た目で重いのです。そして、そこそこに……いや、鉄よりもかなり硬いのです。武器の扱いに長けた戦士の王なら、この意味が分かると思うのです」
炎の手さんの言葉を聞いて改めて両手で持った斧を見る。
見た目は片手斧としか思えない。しかし、非常に重く、鋭い刃がついている。
『この重さで、この大きさ。思いっきり振り回したら恐ろしい爆発力が生まれそうだよね』
これなら、この周辺の堅い木でも切り倒すことが出来るかもしれない。
「分かりました。試してみます」
この重鋼の斧を試してみよう。
思い立ったらすぐに行動だ。
鍛冶場を後にして、スコルと戦士の二人に協力を呼びかけることにした。
狩りに行こうとしていたのか、すぐにスコルと二人は見つかった。
「戦士の王、どうしたのです?」
「戦士の王、その手にあるのは新しい斧に見えるのです」
「はい。新しい斧です。この斧の実験を行うので、二人とスコルに強力して欲しいんです」
「分かったのです」
「任せるのです。出来ることなら全て協力するのです」
もしかすると、この間の時のように断られるかと思ったが、二人は快く協力を約束してくれた。
「少し、断られるかと思いました」
「何故なのです?」
「二人は二人で狩りで忙しいかと思ったからです」
それを聞いた戦士の二人は顔を見合わせ笑った。
「戦士の王に力を貸すことよりも優先する狩りなんてないのです」
「戦士の王が行うことは、これからのここでの重要な仕事だと思うのです。それに協力することに何の問題もないのです」
「ガルル」
スコルは早く行こうとばかりに吼えている。その後ろにはすでにソリが連結されていた。
準備は終わっている。
すぐにでも向かおう。
「ちょっと待つのです」
と、そこに背後から待ったの声がかかった。
振り返ると、そこには語る黒さんが立っていた。
「狩りに行くはずの二人が来ないと思ってみれば、なのです」
語る黒さんが腕を組み、こちらを見る。
「あ、はい。二人には自分の実験に付き合って貰うことになりました」
「知っているのです。聞いていたのです。私も誘うべきだと思うのです」
語る黒さんは何処か拗ねたような表情をしている。仲間外れにされたと思っているのだろうか。
「私の力は役に立つのです」
「あ、はい。お願いします」
断る理由はない。
というわけで、スコル、戦士の二人、語る黒さんとともに新しい斧の実験に向かうことになった。
スコルに付けられた鐙に足をのせ、背にまたがる。そして、その首筋を撫でてあげる。
「スコル、皆は歩きだから、ゆっくりね」
「ガルル」
スコルが分かってるという感じで唸る。
さあ、出発だ。
スコルが歩き、それに合わせて皆も歩く。
ゴワゴワだったスコルの毛並みが随分とサラサラになっている。簡単に指が通る。それにカビの生えたような匂いが薄れて、太陽の陽射しに包まれているような良い匂いになっている。
このまま眠ると気持ちよさそうだ。
体を洗ってあげている効果はしっかりと出ているようだ。
西の森に入る。
そこでスコルの背から飛び降りた。
ソリの荷台の中に入れていた重鋼の斧を取り出す。
目の前にあるのは、この西の森に多く生えている巨木の一つ。
何処までも高く、空を貫き、その大きさを見通すことは出来ない。
この木を一周するだけでもちょっとした運動になりそうだ。
普通では切り倒すことなんて思いつきもしない巨木だ。
だから、切り倒す。
「これから、この木を切り倒します。危ないので離れていてください」
「わ、分かったのです」
「戦士の王、さすがにこれを切り倒すのは無理だと思うのです。今からでも東の森に向かうのを進言するのです」
喋る足さんが自分を止めようと手を伸ばす。
「出来なかった時に、それで良いと思うのです。見守っているのです」
しかし、それを語る黒さんが引き留める。
「戦士の王を信じるのです」
そして、続いたその言葉を聞き、喋る足さんの手が止まった。
皆が巨木から距離を取る。
さあ、頑張ろう。
『うむ。我もここでソラの力を見定めさせて貰うのじゃ』
銀のイフリーダが腕を組みニヤリと笑う。
が、頑張ろう。
片手では持てない重さの斧を両手で持ち構える。
そして、そのまま振り抜く。
その一撃は巨木に当たり、跳ね返された。
斧の重さに振り回され、すっぽ抜けそうになる。足に力を入れて踏ん張り、何とか耐える。
硬い、重い、痛い!
失敗した。
手が痛い!
慌てて重鋼の斧を立てかける。痛む手を叩き合わせ、手のひらに息を吹きかける。
違う。
そうじゃない。
そして、もう一度、重鋼の斧を握る。
普通に切ろうとしては駄目だ。
神技を使った時のことを思い出せ。
もっと、小さくまとめて、一瞬の爆発力を斧に伝えるように、衝撃を通すように。
重鋼の斧を構える。
静から動へ。
一瞬の破壊力を!
重鋼の斧を振り抜く。
その一撃が巨木を抜ける。
衝撃が走る。
その一撃が巨木に傷を付ける。
小さな傷だ。
しかし、通った!
「やったのです!」
「まずは一撃!」
後はこれを繰り返すだけだ。