156 鍛冶士
「ここが目的地なんだな」
フードをかぶったままの亡霊がキョロキョロと周囲を見回している。
「はい、そうです」
「ああ、水もあって緑もある。良い場所だな。城の近くにこんな良い場所があったなんて知らなかったな」
亡霊は何処か楽しそうだ。
「それは良かったです」
「それで、私が住む場所は何処になるんだ? どうにも建物が見えないようだが……」
あ!
亡霊の言葉で気付く。
亡霊が住む家のことを全く考えていなかった。
とりあえず自分が眠る時に使っているシェルターに案内する?
駄目だ。
自分のような小さな体でも膝を抱えて眠るのがやっとのシェルターだ。亡霊のような大きな体では中に入ることも出来ないだろう。
それ以前に嫌がられそうだ。
すでに暮らし始めている蜥蜴人さんたちの住む場所だってまだなのに、追加の人員のための家なんてあるわけが無い。
困った。
だから、出来ることは一つしか無い。
「すいません」
謝るだけだ。
「ん?」
亡霊が首を傾げる。突然、謝ったことを不審に思ったのかもしれない。それでも言わないといけない。
……。
「家はまだ作っている途中です」
……。
「そうなのかー」
亡霊の反応は軽い。
もしかすると、薄々気付いていたのかもしれない。
この場所から何処を見ても家らしき建物は見えないからね。
見えるのは湖と森くらいだ。
あー、一応、雨よけの残骸や、蜥蜴人さんたちが作業場代わりに使っている台や語る黒さんが祈りを捧げている小さな祠等はある。あるが、そんなに目立つものでもない。
「そうなのかー」
亡霊の反応は軽い。
「そうなんです」
「あ、ああ!? そうなのか! 本当なのか!」
亡霊の反応は……軽くなかった。
亡霊は、とても、驚いている。
「本当です」
「もっと、こう、人の住む場所だと思っていたよ! 野原だとは思わなかったよ! 予想外だよ!」
「えーっと、これからそうなる予定です」
亡霊さんが、ギギギとでも音がしそうな感じで、ゆっくりと首を動かしこちらを見る。
「そのために、魔法金属の加工が出来る魔法鍛冶士の亡霊さんに、その力を貸して欲しいと思ったんです」
「私の力……だと?」
「はい。この周辺の木は堅く、鉄の道具では加工に時間がかかってしまいます。だから、亡霊さんの力を貸してください」
「あ、ああ。なるほど。そうなのかー、う、ううーん。それなら仕方ないかな」
亡霊は腕を組み、仕方ないなぁ、という感じで頷いている。しかし、その声は、何処か嬉しそうだった。
『こやつ、チョロいのじゃ』
いつものようにいつの間にか隣に立っている銀のイフリーダの言葉に、少しだけ苦笑する。
『チョロいとか言ったら駄目だよ。こちらは力を貸して貰う立場なんだからね』
『ふむ。そういうことにしておくのじゃ』
銀のイフリーダは何処か楽しそうだ。
「それで、ここには蜥蜴人さんの鍛冶職人も居るんですが、その方と協力して貰いたいと思っていますが、どうでしょう?」
「あ、ああ。私一人じゃないのか……」
亡霊は何処かがっかりした様子だ。
「えーっと、亡霊さん、こっちです」
とりあえず炎の手さんのところへ案内しよう。
「ふーん。まぁ、行こうじゃないか。その鍛冶士がどの程度か知らないが……」
何処か不機嫌そうな亡霊を連れて炎の手さんのところへ向かう。
炎の手さんはいつも作業を行っている場所に、いつものように変わらず、そこに居た。
「炎の手さん、ちょっと良いですか?」
「戦士の王、どうしたのです」
炎の手さんは木を削っているところのようだ。作業に夢中なのか、こちらには振り返らず、そのまま返事をしている。
いや、それくらい忙しいのかもしれない。
「炎の手さんに紹介したい人を連れてきました」
と、そこでやっと炎の手さんの手が止まった。
「戦士の王、どういうことなのです?」
そして、振り返り、亡霊の存在に気付いて、少し驚いていた。
新しいヒトシュ? を見て驚いているのだろうか。
そして、炎の手さんを前にした亡霊は、何処か、不安そうな顔をしていた。
「こちらは職人の炎の手さんです」
だから、自分が紹介をした。
「わ、わ、私はまだ力を認めた訳じゃないから……」
亡霊は何かよく分からないことを呟いている。本当によく分からない。
「こちらは魔法金属を扱う鍛冶士の亡霊さんです」
だから、自分が紹介をした。
「作ったものを、仕事を見せて欲しいのです」
炎の手さんが、その手を亡霊の方へと伸ばす。
「い、イマは、持ってナイ……」
何だろう、亡霊の言葉が片言になっているような気がする。
「それならここにありますよ」
だから、持っていた緑鋼の剣を鞘ごと炎の手さんに渡した。
「これはここで作った……いや、なるほどなのです」
炎の手さんが、鞘から緑鋼の剣を引き抜く。
そして、亡霊の方を見る。
「鍛冶は誰に習ったのです?」
亡霊が気圧されるように一歩下がる。
「ど、独学……」
そして、何か口の中でぼそぼそと呟いている。
「腕は悪くないと思うのです」
その炎の手さんの言葉を聞いた瞬間、亡霊の雰囲気が変わった。ぱあっと輝いてるようだ。
「本当か! 聞いたか、ソラ、どうだ!」
そして、何故かこちらの手をとり、振り回す。
「いや、あの、その、良かったですね」
亡霊は嬉しそうだ。
「ただ、仕事が雑なのです。色々と雑念が入っているのが、迷いがこもっているのが見えるのです。鍛冶の師が居ればもう少しマシなものに出来たと思うのです」
「むぅ」
こちらの手を振り回していた亡霊の動きが止まった。
「迷うなら自分の仕事が間違っていないと自信が持てるまで向き合うのです」
「むぅ」
亡霊からは、何処か拗ねたような、そんな雰囲気が漂い始めた。
「しかし、この剣の金属と加工は知らない技なのです」
「あ、ああ! それが魔法鍛冶の……」
「こちらが教えることが出来るものも、教えて貰えるものもあると思うのです。だから協力できると思うのです」
炎の手さんが微笑む。
「あ、ああ。もちろんだ。私に任せるのだな!」
何故か、亡霊は得意気だ。
その姿を見て炎の手さんは苦笑していた。
鍛冶士としては炎の手さんの方が上手のようだ。
『そして、だよ。亡霊さんのチョロさに心配になるよ』
『ふむ。ソラもこやつをチョロいと思っているのじゃな』
銀のイフリーダの言葉には苦笑を返すことしか出来ない。
とりあえず炎の手さんと亡霊は上手くやっていけそうだ。