155 氷の花
太陽の眩しさに目が覚める。
……夢は見なかったようだ。
「ガルル」
自分が動き出しことに気付いたのか、スコルが小さく吼え、大きな欠伸を行う。
「スコル、おはよう」
「ガル」
スコルは少し眠そうだ。
「あ、ああ、まったく……」
そして亡霊は、火の消えた焚き火跡の前で膝を抱えて座っていた。
「亡霊さんもおはようございます」
「何が、おはようだ」
「朝だから、おはようですよ。亡霊さんは眠らなかったんですか?」
「私は眠る必要が無いからな。なんたって亡霊だからな」
亡霊はよく分からないことを言っていた。その割には目に隈ができている。寝付けなかったのかもしれない。
「今日は拠点に帰る予定です。亡霊さんの準備はどうでしょうか?」
「すでに終わっているさ」
亡霊は自慢するように頭の上の獣耳を動かしていた。
「えーっと、では、その、用意した荷物を、そのソリの中に入れて貰っても良いですか?」
「なるほど、ここに入れて、この獣が運ぶのだな」
「獣ではなく、スコルですよ」
亡霊がスコルのことを獣と呼んだ。
ん?
氷の女王との戦いの後、騎士の一人か、と呟いていたような気がしたのだが、もしかすると、あの時の、あの言葉はスコルに対してではなかった? では、何に対して騎士と言ったのだろう?
少しだけ気になる。
もう少し落ち着いて、余裕が出来たら聞いてみよう。
「あ、ああ。スコル、か。スコル、よろしくな」
「ガルル」
亡霊が笑いかけるとスコルは仕方ないなぁという感じで唸った。
「これと、これと、あれと、これと」
亡霊がソリの荷台の中によく分からない金属を入れていく。金属の塊だけではなく、鉱石なども混じっている。何処に隠していたのだろうという数だ。
「後は魔法炉だな」
亡霊が手のひらサイズの四角い箱をソリの荷台にのせる。
「それが魔法炉なんですか?」
自分が見た時は大きな青く光る球体だったはずだが、その面影はない。
「あ、ああ。正確には魔法炉の種だな。この中に魔法炉の種が入っているのさ。これにマナを与えることで炉の炎となるのさ」
よく分からないが、そういうことらしい。
よく分からないが、これで魔法金属の加工が出来るようになるなら、助かるということだ。
「私の荷物はこれくらいだな」
もっと大荷物になるかと思ったが、魔法炉が小さかったこともあり、ソリの荷台には随分と余裕が出来た。
「それでは亡霊さんも、そのソリの荷台の中に乗ってください」
「あ、うん?」
亡霊が首を傾げている。
「亡霊さんもスコルが運びます」
「あ、ああ。え、へ、はぁ!?」
亡霊が驚きの声を上げる。
「いやいや、私を荷物扱いとか……ない。ないよ」
あるよ。
「えーっと、ですね。多分、スコルは、亡霊さんが背中に乗るのは許可しないと思うんです」
「な、なんだと!?」
亡霊がよく分からない言葉を叫び、スコルに取り付けられた鞍に手をのせる。そして、その手がスコルによって振り払われた。そのままスコルが鬱陶しそうに動かした頭によって亡霊が荷台の方へと押される。
「お、押すな、押すなよ」
「と、そういう感じです」
「むむむ」
亡霊が腕を組み唸っている。
『まぁ、我には関係ないのじゃ』
いつの間にか現れた銀のイフリーダがスコルの背にまたがり笑っている。スコルも銀のイフリーダが背にまたがるのは許しているようだ。いや、それともその存在に気付いていないから、なのだろうか。
『イフリーダは特別だからね』
「むむむ、私が荷物だと……」
「今回は我慢してください」
当初の予定では亡霊と一緒に歩いて帰るつもりだった。ただ、城が崩壊していたこともあって、荷台に亡霊をのせて運ぶことが出来るくらいの余裕が出来てしまった。
そう、出来てしまったのだ。
早く帰れるなら、それにこしたことはない。
そう、仕方ないのだ。
「分かった、我慢する」
亡霊が大きくため息を吐き、ソリの荷台に収まる。亡霊の体は大きいが、それでもぴったりと収まった。
「揺れると思うのでしっかりと掴まっていてくださいね」
スコルの背にまたがる。
「それじゃあ、行こうか、スコル」
スコルの首筋を優しく撫でる。
「ガル」
スコルが小さく吼え、駆け出す。
スコルが廃墟の都市を駆け抜ける。
相変わらず恐ろしい速度だ。
一瞬にして廃墟を抜け、雪原地帯に入る。
背後の荷台の方では大きな叫び声が上がっていたが、気にしないことにした。
雪原地帯を抜け、木々が生えた地帯を抜け、崖に向かう。
「お、おい、崖、崖、道がない! ぎゃああああ!」
そして、スコルが崖を飛び降りる。一段と大きな悲鳴が聞こえたが、気にしないことにした。
そのまま駆け抜け、拠点に辿り着いた。
帰ってきた。
スコルは本当に速い。
とても速い。
移動が楽になった。
そして、荷台は、
荷台の方は、静かになっていた。
亡霊はショックで気絶したのだろうか?
『大丈夫かな?』
不安になり、ゆっくりと振り返ると……。
……。
「凄い、楽しかった!」
亡霊は目を大きく開け、楽しそうに、その瞳を輝かせていた。
「えーっと……」
「こんなに楽しいなら荷台も悪くないな!」
満足していただけたようだ。
「それは良かったです」
「あ、ああ! これからも時々はのせてくれよ」
本当に楽しかったようだ。
「戦士の王の帰還なのです」
亡霊とそんなやりとりを行っていると、自分たちの帰還に気付いた青く煌めく閃光さんがやって来た。
「はい、今、戻りました」
そして、その青く煌めく閃光さんの手には白色の花があった。
「それは?」
「戦士の王、花が咲いたのです」
「もしかして、それは……」
「ええ、あの種なのです。花は咲いたのですが、茎には棘もあり、観賞用にしかならないと思うのです」
渡した種から、この白色の花が咲いたようだ。
花だ。
花かぁ。
食べ物ではなかったようだ。
「氷ソウビじゃないか」
荷台にいた亡霊が、そこから身を乗り出す。
「ヒョウソウビですか?」
「あ、ああ。この時代にも残っていたのか、懐かしいな」
残っていた訳ではない。いや、種が残っていたのだから、残っていたで合っているのだろうか?
「亡霊さんのよく知っている花なんですね」
「ああ、よく知っているとも。油をとれば整髪用の薬になるからな。汚れも落ちるし、良い香りなんだぞ」
その言葉を聞き、青く煌めく閃光さんと顔を見合わせる。
「すぐに研究するのです」
「はい、お願いします」
これは良いものが手に入ったかもしれない。
そして、スコルの方を見る。
「ガ、ガルルゥ」
スコルは、この先に待ち受けていることが予見できたのか、不安そうな声で鳴いていた。