154 廃墟の亡霊
足を止めたスコルから降り、都市の残骸の中を自分の足で歩く。
土だ。まだ草は生えていないが、むき出しの土だ。
綺麗に舗装されていた地面が無くなり、むき出しになっている。
スコルとともに廃墟を歩く。
「スコル、大丈夫?」
「ガル?」
スコルは首を傾げている。
舗装されていない道だ。そんな道を、ソリを引っ張りながら歩くのは大変かと思ったのだが、どうやら問題ないようだ。ソリは地面を滑るように、スコルに引っ張られている。それがスコルの負担になっている様子はない。これも炎の手さんの技術なのだろうか?
『それにしても、どういうことだろう』
廃墟をスコルとともに歩く。
都市が凍り付いていた時に見えた道の端にあった溝は影も形もない。どれだけの年月が経てばこんな風になるのだろうか。
道とも言えない道を歩き、城を目指す。
あれだけあった動く鎧の残骸も消えている。
しばらく都市を歩き続けると大きな下り坂が見えてきた。すり鉢状になった下り坂――その先には城があるはずだった。
しかし、そこに残っていたのは城を形作っていたであろう柱の残骸だけだった。殆ど形が残っていない。
そして、その中に見覚えのある姿を見つけた。
坂を駆け下りる。
「遅かったじゃないか」
それは亡霊だった。亡霊が崩れた柱に寄りかかり座っている。そんな何処か疲れた様子の亡霊がこちらに気付き手を上げる。
「無事だったんですね。良かった。それで、これはどういうことなんですか?」
「これ……? あ、ああ。そうだな。ソラが強大なマナを解放したことで閉じ込められていた時が動き出した結果だろうな。私も、同じように、その環に帰ると思っていたが、ソラの剣が私を貫いた時に、その理から外れてしまったようだな」
亡霊が、疲れた表情のまま、小さく笑っている。
「そういうことだったんですね」
よく分からないが、そういうことのようだ。
「そういうことだったんだよ」
疲れた表情で座り込んでいた亡霊が肩を竦める。
「それで、亡霊さんは、この廃墟と一緒に死にたかったんですか?」
それは聞くべきことではないのかもしれない。それでも、仲間として迎えたい人だから――だからあえて聞いてみた。
「あ、ああ。そうできれば美しかったんだけどな。私は逃げた身だからな。ふふ、今、自分だけでも生き残ることが出来てほっとしているよ。そして、そんな自分に嫌悪感を抱いているのさ」
亡霊の表情の意味が分かった気がする。自分が住んでいた場所が朽ちていく姿を見ながら、一人生き延びてしまった、その気持ち――複雑だろう。
「でも……」
うん、でも、だ。
「生き延びることは大変です。きっと、それは悪いことじゃないはずです」
人が持つ、生き延びたいって純粋な気持ちが悪いことの訳がない。朽ちていく廃墟に、その命を捧げるのは、一見、綺麗に見えるかもしれない。でも、それは生きることからの逃げだ。自分には、そちらの方が間違っている気がする。
「そう言って貰えると少し救われた気がするよ。ソラには助けられてばかりだな」
亡霊が笑う。先ほどまでの力ない笑みとは違い、何処かぎこちないが、それでも、何かを吹っ切ったかのような微笑みだった。
「しかし、この都市が朽ちてしまったのは残念ですね」
「ん?」
「いえ、この都市に有用なものが残っていれば活用しようと思っていたからです」
「あ、ああ……あ? ソラは盗賊だったのか?」
亡霊が驚いた表情でこちらを見る。だから、首を横に振って否定した。
「違います。この城には書庫がありました。その知識が引き継げる、残せると思ったんです」
凍り付いていた本棚の本を読むことは出来なかった。
広い書庫だった。そこを埋め尽くすほどの本、どれだけの知識が眠っていただろうか。本当にもったいない。
「そうか。だが、喜べ、ソラよ。魔法炉と一部の金属は確保済みだ」
「本当ですか!」
「あ、ああ、本当だ。ソラに力を貸すと決めたからな。これだけは守り通したのさ」
良かった。
亡霊の無事も確認出来た。これだけでも嬉しいが、さらに嬉しいものが残っていた。
「で、お前は何をしようとしているんだ?」
だから、ソリの中から木片とお肉を取りだした。
「え? 食事の準備ですけど……」
そろそろ日が落ちる。
いくらスコルが恐ろしい速度で駆けたと言っても、時間や距離を無視している訳じゃない。出発したのは昼過ぎという遅い時間だったということもある。
今日はここで一泊して、明日出発になるだろう。
日が落ちる前に食事の準備を行うのは必然だ。
「そうか、食事か。食事かぁ」
亡霊は何か苦虫でもかみつぶしたような顔をしている。
よく分からない。
とりあえず木片を削って火を点ける。そして運んでいた肉を焼く。料理とも言えない簡単な調理を行い食事にする。
スコルと一緒の食事を終え、眠ることにする。
「そっかー、そっかー」
亡霊はよく分からない表情をしている。
が、それを無視してスコルを枕代わりに横になる。スコルの天然の毛皮はゴワゴワしていて獣臭かった。拠点に戻ったら今度こそ体を洗ってあげよう。
「ガルゥ」
眠りに落ちていく中、何処か嫌そうなスコルの声が聞こえた気がした。
……本当に、良かった。
「私はもう少し、こう、再会を……」
亡霊の声も聞こえた気がした。