153 廃墟
スコルに取り付けられた鐙に足をのせ、そのまま一気に背中へと飛び上がる。
「ガルル」
スコルが任せろという感じで吼える。
スコルは頭を下げ、今にも駆け出しそうな勢いだ。
「もう少し待って欲しいのです」
しかし、そこへ炎の手さんが待ったをかける。
そして、連結されたソリの上から一本の両手剣を取り出す。
それは、自分が、石の廃墟で骨の王から手に入れた石の両手剣だった。
「その剣は……?」
「この剣は、スコル殿のための武器なのです」
炎の手さんがスコルの鞍に石の両手剣を差し込む。鞍の裏側に鞘が作られているようだ。
「ガルル」
スコルがそうだったという感じで頷いている。
「この位置なら、スコル殿が自力で取り出せるのです」
「スコルの武器?」
「そうなのです。スコル殿には爪や牙など天然の武器があるのです。それでも、もっと上の破壊力を生み出すために、この剣なのです」
「なんとなく分かりました。でも、なんで剣なんですか?」
そうなのである。大きな狼の姿をしているスコルなら、人用の剣よりも、もっと似合った武器があるはずだ。
「ガルル」
スコルが頭を横に振る。
「スコル殿が、自分で用意したのが、その剣なのです」
確かに、スコルには石の両手剣を運んで貰ったことがある。その時に気に入ったのだろうか。
「スコル殿が、その武器を使うことを望んだのです。だから、扱えるように、持ち運べるように工夫したのです」
スコルの意志。スコルが、この石の両手剣を使うことを、引き継ぐことを――望んだ?
……。
「分かりました。うん、そうだね。その石の両手剣はスコルのものだよ」
スコルの首筋を撫でる。
「戦士の王、これもなのです」
走る手さんが何処かに隠し持っていたであろう、それを取り出す。
それは小ぶりの袋のようにも見えた。
「これは?」
「戦士の王に頼まれていた水筒なのです」
水筒だった。
「中には綺麗な水を入れておいたのです」
しかも、しっかりと水入りだ。
「もちろん、食料も後ろの荷物の中に入っているのです」
準備が良い。
ここまで準備をされたら……。
『もう行くしかないよね』
『うむ。そうなのじゃ』
銀のイフリーダは、いつの間にか、ちゃっかりとスコルの背に乗っている。何処か楽しそうだ。
「戦士の王なら、すぐに動くと思っての準備なのです」
炎の手さんが笑う。
「戦士の王の行動力を知っているからなのです」
走る手さんは苦笑しているような顔でこちらを見ている。
「皆の中では、僕は、そういう感じなんですね」
「そういう感じだと思っているのです」
炎の手さんは大きく口を開けて笑っている。
「そうですね。はい、その通りです。助かりました」
自分も笑い、頷く。
そして、スコルの首筋を撫でる。
「スコル、行こう」
「ガルル」
スコルが頭を下げ、体を低くする。
そして、そのまま一気に駆け出す。
「行ってきます!」
一瞬にして風景が流れていく。
炎の手さんと走る手さんの姿が消える。後ろへと流れていく。
後ろを振り返る。スコルの後ろに連結されたソリは無事だ。スコルの速度が速すぎるのか、少し宙に浮いている。確かに、この状態なら足に輪が付いていないソリでも大丈夫かもしれない。
……ただ、止まる時が怖い。
「ガルルゥ」
目の前に切り立った崖が迫る。
そして、その崖を、スコルは駆け上がった。垂直の崖を駆け上がっていく。スコルの速度があるからこそ可能な技だ。
『スコルは凄いな』
スコルを褒めて撫でてあげたいが、その移動があまりにも早すぎて、風の抵抗が強すぎて、口を動かすことも、手を動かすことも――出来ない。
崖を登り切り、一瞬にして木々が生えた地域へと踏み入る。
スコルが木々を躱し、駆ける。激しく左右に振られるが、後ろに取り付けたソリはぶれずについてきている。炎の手さんは、このソリを上手くスコルと連結させたようだ。さすがは職人の技術と言うべきなのだろうか。
木々が生えた地域を抜ける。
雪原地帯が迫る。
と、そこでスコルの走る速度が少しだけ落ちた。
「ガルル」
スコルが周囲を威嚇するように吼える。
見れば、前方の雪が少し盛り上がっている。
一つ、二つ、三つ……。雪が盛り上がり、こちらへと迫る。
スコルが駆けながら、頭を動かす。そして、鞍に取り付けられた石の両手剣の柄を咥え、器用に引き抜く。
スコルが石の両手剣を咥えたまま駆ける。
盛り上がった雪から、灰色の獣が飛び出す。
スコルが石の両手剣を咥えたまま、飛び出した灰色の獣と交差する。そして、そのまま駆ける。
スコルは駆けながら、器用に、咥えていた石の両手剣を鞍の裏側にある鞘へと戻す。
振り返れば、飛びかかってきていた灰色の獣たちは真っ二つになり、飛び散っていた。
その倒された魔獣たちすら、一瞬にして流れていく。
スコルが駆けていく。
雪原を駆けていく。
帰りの時にも思ったことだが、苦労した過程が一瞬で流れていくのは、何というか、なんとも言えない気持ちになる。
そして、氷の廃墟が見えてきた。
いや……。
氷の廃墟だった場所だ。
そこに、自分が探索した時の面影はなかった。
廃墟が、本当に廃墟になっている。
以前は、氷に包まれていたが、それでも都市としての形は残っていた。
しかし、あれから三日ほどしか経っていないはずなのに、そこには、何年も――数百年でも経っているかのような廃墟しかない。
建物の残骸。
うっすらと、ここに建物があったと教えてくれるような、その程度しか形が残っていない。
駆けていたスコルの速度が落ちる。
ゆっくりと、歩くような速度に変わっていく。
何で、こんな一気に廃墟に……?
自分たちが離れている間に何があったんだろうか。
亡霊は無事なのだろうか。