152 スコル便
そして、夢を見る。
何処かここではない場所。
見知らぬ見覚えのある場所。
何処かの遺跡。
苔むした柱の並ぶ部屋。
「私は行きます」
見知らぬ見知った司祭の声に肩を竦める。
「行けばいい」
引き留めたい。
俺の元から仲間が消えていく。
俺は孤独になっていく。
司祭が背を向ける。
だから、俺は、手に持った剣を……。
……。
そこで目が覚めた。
「今のは、夢……?」
夢を見ていた。
あの司祭の姿には見覚えがある。竜の王を倒しに向かった時に見た、その夢の中に出てきた人物だ。
今回の夢は、あの時の夢の続き?
何故、今、この夢を見るのだろうか?
……。
頭を振る。
考えても分からないことを考え続けても意味が無い。気持ちを入れ替えよう。
夢から目覚め、起き上がろうとして、今、自分が居る場所がシェルターの中だと気付く。起き上がったらシェルターを壊してしまう。
ああ、そうか。
拠点に戻ってきた、あの後、疲れてシェルターの中で眠ったのだった。
窮屈なシェルターで膝を抱えて眠る――それが、なんだか懐かしい。
シェルターから顔を出し、外を覗く。
太陽の光がまぶしい。どれくらい眠っていたのだろうか。
体が重い。
すこし――気怠い。
まだ、疲労が残っている気がする。
体をほぐすために伸ばそうとすると声がかけられた。
「やっと戦士の王が目覚めたのです」
そこには呆れるような目でこちらを見ている語る黒さんの姿があった。
「あー、はい。おはようございます」
「もうおはようという時間ではないのです」
太陽は真上にある。お昼を過ぎたくらいかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「そんなに遅い時間には見えないのですが、どれくらい眠っていました?」
語る黒さんが小さくため息を吐き、首を横に振る。
「三日です。三日なのです」
語る黒さんが指を三本立て、こちらに突きつける。
「えーっと、はい。三日ですか?」
「そうなのです。戦士の王は三日も眠っていたのです。休眠期に入ったのかと心配したのです」
「休眠期ですか?」
「そうなのです。多くの食事を取って栄養を確保する前に休眠期に入るのは危険なのです」
「そうなんですね」
確かに、それは危険だ。
「……ヒトシュは休眠期に入らないのです」
語る黒さんが大きなため息を吐き出し、頭を抱えている。
よく分からない。
「それで、えーっと……」
「戦士の王が疲れて眠りについてから三日も経っているのです」
語る黒さんはもう一度説明してくれた。
どうやら、自分は、疲れて三日間も眠り続けていたようだ。
なるほど。三日も眠っていたのか。
だから、こんなにもお腹が空くんだ。
だから、こんなにも語る黒さんが元気になっているんだ。その元気な様子に少し嬉しくなった。
「お腹が空きました」
「すぐに食事の用意をするのです」
語る黒さんが食事を作ってくれるようだ。
確か、院は魔法だけではなく、料理も担当していたはず。となると、語る黒さんが居ない間の、この拠点での料理は大変だったのかもしれない。
しばらく待っていると木の器に入ったスープが運ばれてきた。
「スープだ!」
そうスープだ。
具材はキノコ中心、その中に申し訳程度のお肉が入っている。
「戦士の王が眠っている間に里からの定期便が届いたのです」
スープを一口飲む。少しピリ辛風味だが、お肉の出汁が利いていて美味しい。
「美味しいです」
「それは良かったのです」
スープを飲んでいると炎の手さんがやって来た。
「戦士の王、食べ終わったら来て欲しいのです」
「あ、はい。分かりました。何かありましたか?」
「頼まれていたものなのです」
それだけ言うと炎の手さんは去って行った。この拠点で一番忙しい人だ。やることが多いのだろう。
スープを飲み終え、立ち上がる。その時、少しだけ体がぐらついた。三日も眠っていると足腰が弱るようだ。
「無理をしないのです」
「だ、大丈夫です」
心配そうな顔をしている語る黒さんに笑顔を返し、ふらつく足取りで炎の手さんが待っている場所へと向かう。
「ガルル」
と、そこにはスコルが待っていた。
スコルは何故かキリッとした表情でこちらを見ている。
「スコル、どうしたの?」
「ガルル」
スコルが、まぁ見てろって、という感じで吼える。
何だろう?
「お待たせしたのです」
炎の手さんと見習い職人の走る手さんがやって来る。
二人は、何か、木で作られたソリのようなものを押している。
ソリ……?
荷物を載せる台車のようになっているが、足は輪になっておらず、まっすぐで、滑らせて動かす荷車だ……ったような。
「それは?」
「もう少し待って欲しいのです」
炎の手さんがソリの上にのせて運んでいたものを取り出す。
そして、それをスコルの上にのせ、紐で結んで固定していく。
それは鞍と鐙だった。
「戦士の王がスコル殿の背に乗っているのを見て思いついたのです」
鞍はまだしも鐙もあるんだ……。
鐙があれば、スコルの背中に乗っていても踏ん張ることが出来る。武器が扱える。それに振り落とされる心配が減るだろう。
「ありがとうございます」
「ガル」
スコルが得意気な顔でこちらを見ている。
「まだなのです」
さらに炎の手さんは鞍と鐙を運ぶのに使ったソリを、その鞍に連結させた。
「これで荷物が運べるのです。本当は雪の上での運搬を想定していたのです。溶けるとは思わなかったのです」
あー、うん。吹雪の元凶を倒したから、仕方ないね。
でも、これで、あの廃墟から有用なものが持って帰れそうだ。
……ん?
ちょっと待って。
「ありがとうございます。でも、崖が……」
そうだ。あの都市の廃墟は垂直に切り立った崖の先にある。
「ガルル」
スコルが、任せろ、という感じで吼える。
「今はまだ道を作っている途中なのです。ですが、スコル殿の力を使えば、今でも上り下りは出来るのです」
スコルの力を借りる……?
あの崖を?
このソリを後ろに着けた状態で?
大丈夫なのだろうか。