148 相棒
緑鋼の剣を構え、巨大な狼の動きに集中する。
少しの反応も見逃さないように……今だっ!
横に飛ぶ、その自分の目の前を巨大な狼の口が通り抜ける。
自分が――まるでもう一人の自分がいるかのように、ゆっくりと時が止まっているような、その瞬間を見つめている。
ここが、ここが! 攻撃の好機っ!
飛びながら緑鋼の剣を振るう。
『不味いのじゃ!』
頭の中に銀のイフリーダの焦ったような声が響く。
振るった緑鋼の剣が――巨大な狼の口に、その歯によって止められる。噛みつき、その刃で緑鋼の剣を止めた巨大な狼がニヤリと笑う。
巨大な狼が、その顔を大きく動かす。
「あ!」
噛みつかれた緑鋼の剣ごと吹き飛ばされる。
体が宙を舞う。
このままだと!
叩きつけられるっ!
吹き飛ばされた自分の体が――何かによって受け止められる。
このゴワゴワの感触は……スコル!
「スコル、助かったよ」
「ガル」
空中で自分を受け止めてくれたスコルは、そのままこちらを口でくわえ、優しく放り投げる。
ゆっくりと着地する。
「ガルゥ」
スコルは、大人しく見ていろと言っているようだ。スコルはこちらの方へと振り返りもしない。
でも、これでは駄目だ。
「違う、違うよ、スコル。スコルに理由があるように、僕にも戦う理由があるんだ!」
緑鋼の剣を構える。
「ガル」
スコルは一瞬だけ、こちらを見て、そして、そのまま巨大な狼の方へと向き直り、駆け出した。
そして、巨大な狼に吹き飛ばされていた。
一瞬だ。
何やってるんだよっ!
『イフリーダ!』
『ふむ』
銀のイフリーダの力を借り、静から動への流れが飛んできたスコルの巨体を受け止める。
吹き飛んできたのが自分の方だったから、何とか受け止めることが出来た。
「ガルゥ」
スコルが小さく唸る。
「スコルは重たいんだからしっかりしてよ」
「ガル」
受け止めたスコルが首を大きく振り動かし、立ち上がる。そして、そのまま巨大な狼へと向かっていく。
「スコル!」
スコルを追いかけるように自分も駆け出す。
しかし、しかし……。
目で追いきれないほどの早さで動くスコルたち。自分では追い切れない。戦いの場にすら立てない。いくら、何とか攻撃が回避出来るようになったとしても、それだけだ。
「スコル!」
スコルがまたしても吹き飛ばされる。一瞬の間にどれだけの攻撃を受けたのか、その体が傷だらけになっていた。ゴワゴワだった青い毛皮が血によって赤く染まっている。
「ガルルゥ」
それでもスコルは唸り、起き上がる。
強大なマナを持った氷の女王へと戦いを挑む。
氷の女王は巨大な狼の首筋を撫で笑う。そうだ、まだ、こいつを戦いの場に引き下ろしていない。まだ、その配下の狼と戦っているような状況だ。
このままでは駄目だ。
またも駆け出したスコルが吹き飛ばされている。スコルは何とか相手の速度に追いすがっているが、それでも、それだけだ。
巨大な狼はスコルをいたぶるように切り刻んでいる。いつでもとどめを刺せるはずなのに、それをしない。
このままでは……。
自分にスコルほどの速度があれば……。
――トメテ……。
!?
頭の中に何かの言葉が浮かんで……そして、消えた。
思わず銀のイフリーダの方を見る。いや、違う、これは、銀のイフリーダの言葉じゃない。
――ナガレヲ……。
言葉。
そこで思い出す。
「スコル!」
もう一度、スコルへと呼びかける。
そして、背負い袋から腕輪を取り出す。
そうだ、この腕輪は……。
そうか、託されていたんだ。
「ガルル」
巨大な狼に倒されていたスコルが、立ち上がる。そして、こちらを見る。
「スコルの腕輪だ!」
スコルが腕輪を見ている。その瞳は悲しそうに揺れていた。
スコルの戦いの理由は分からない。スコルとこの地の因縁なんて分からない。
でも、これはスコルに必要なものだ。
スコルがこちらへゆっくりと歩いてくる。
その様子を氷の女王はゆっくりと眺めている。それは何をしても無駄だと感じさせる王者の威圧だった。
氷の女王を乗せた巨大な狼は、こちらを嘲るように見ている。
その余裕を叩き潰す。必ず覆す。
「ガル」
やって来たスコルがゆっくりと前足を上げる。
スコルが、ここに着けろと言っている。
スコルの前足に腕輪を取り付ける。
「ガル」
スコルが目を閉じ、頭を下げる。
この行為に何の意味があるのか分からない。これで何かが変わるわけでもない。でも、これでスコルの中の、中にあった棘は消えたはずだ。
スコルが頭を上げる。
その顔は、顔には強い意志がみなぎっていた。
「スコル、一緒に戦おう」
「ガル」
スコルが小さく吼え、自分を咥え、そのまま放り投げた。
自分の体が宙を舞う。
そして、そのままスコルの背に落ちる。
「ガルル」
スコルが落ちるなよ、という感じで吼える。
「分かったよ」
スコルに本当の意味で認められた気がした。
スコルと本当の相棒になった気がした。
いや、違う。気がしたんじゃない、本当にそうなったんだ。
自分はスコルの首筋を撫でる。
「ガル」
そして背負い袋から小瓶を取り出し、それを緑鋼の剣で割る。中の液体が緑鋼の剣のボコボコになっている刃へと流れ落ちていく。
「ガルル」
スコルの体力は限界だ。いや、すでに限界を超えている。いつ倒れてもおかしくない。
「僕がスコルの刃になるよ。だから、スコルは、そのまま……」
スコルが頷き、体勢を低くする。
自分は緑鋼の剣を水平に構える。まるで槍のように、スコルの刃となるように構える。
「いっけえぇぇぇぇ!」
スコルが飛び出す。
駆ける。
まるで弾丸だ。
一瞬にして視界が飛ぶ。
『イフリーダ!』
『うむ。任せるのじゃ!』
巨大な狼とスコルがすれ違う。その一瞬にイフリーダの力を借りて緑鋼の剣を動かす。緑鋼の剣が巨大な狼を掠める。
浅いっ!
スコルがまるで制動機でもついているかのように急旋回を行う。スコルの足が、自身の勢いに負け滑る。
そして、そのままもう一度駆け出す。
もう一撃っ!
巨大な狼が、こちらを見ている。
嘲笑を浮かべ、スコルの突撃を潰そうと待ち構えている。
でもっ!
スコルが飛ぶ。
一瞬、巨大な狼の動きが鈍った。
巨大な狼が驚きの顔を作る。
それは一瞬。だが、この速度の戦いで、その一瞬は必死の致命。
スコルが、その刃と化した自分とともに巨大な狼を貫き抜ける。
巨大な狼が、驚きの表情を浮かべたたまま、崩れ落ちる。
用意していた毒。
戦いに置いて毒は卑怯かもしれない。それでも、こいつに勝つためには必要だった。
巨大な狼が、立ち上がろうとして、そして、そのまま倒れた。
もう動かない。
氷の女王が、崩れた巨大な狼のその背から、ゆっくりと降りる。
スコルもこの一撃で力尽きたように動かなくなっている。それでもゆっくりと顔を動かし、何とか戦おうとしている。
自分もスコルの背から降りる。
「スコルは、ここで見ていて。後は……僕が、この元凶を倒す!」
緑鋼の剣を構える。あれだけの勢いで突撃したのに刃こぼれ一つ無い。
頼りになる相棒だ。
『後はあやつだけなのじゃ!』
銀のイフリーダの言葉に頷く。
これで終わりだ。
真の仲間!