015 失敗
目が覚める。
火起こし、魚捕り、餌やり、食事――いつもの日課を終え、完成した籠を背負う。そして手に石斧と石の短剣を持つ。
『ふむ。今日はどうするのじゃ』
「西の森に入るよ」
『うむ。了解なのじゃ』
銀の毛皮を持った猫姿のイフリーダとともに西側の森へと入る。こちら側の森は変わらず湿気を帯びた空気を持ち、地面はぬかるんでいた。
『こちらは下がぐちゃぐちゃなのじゃ。我の足が汚れそうじゃ』
言葉とは裏腹にイフリーダはぬかるんだ足元を気にせずに、そこがまるで自分の宮廷か何かのように我が物顔で歩いている。
しばらく森の中を歩き、聞こえてきた小川の流れる音と記憶を頼りに、そちらへと向かう。前回、石を集めるために何度も往復をしたので道を間違えることはない。
『ふむ、今日も石を集めるのじゃな!』
「その通りだよ」
小川に辿り着いた後は楽しい石拾いだ。
手頃なサイズの石を拾い、背中の籠に入れる。あまり小さすぎるサイズは籠の隙間から落ちそうなので、ある程度は大きなサイズの石を拾う。
「大丈夫そうだ」
『ふむ。ソラよ、頑張るのじゃ』
イフリーダは小川の水にちょこんと前足をつけ、自身が思っていたよりも冷たかったのか、その足をすぐに引っ込める。そして、また恐る恐ると前足を伸ばし水につける、そんなことを繰り返していた。
大きな石、中ぐらいの石、様々な石を拾い続け、背中の籠が重くなってくると、背負い紐が肩に食い込んできた。
「痛い。これは作り方を間違えたかも。戻ったら作り直しだね」
痛みと重さ、その両方を考慮して、一度拠点へと戻ることにする。
「さあ、イフリーダ戻るよ」
痛みを我慢し、石を運ぶ。
歩く。
ぬかるんだ足元に気をつけながら、拠点を目指し、森の中を歩いて行く。
「あっ」
肩に食い込んでいた紐がちぎれ、籠が落ちる。中に入っていた石が周辺に散らばる。
「籠は!?」
すぐに籠の状態を確認する。自分が思っていたよりも木の籠は丈夫だったらしく、傷などはついていなかった。ただ、籠に取り付けていた背負い紐は完全にちぎれており、再利用は出来そうにない。
「はぁ」
一つ、ため息を吐き、散らばった石を拾って籠へと戻していく。散らばった石を集め終えた後は、その上に石の短剣と石斧も乗せ、その籠を抱きかかえて持つ。
「分かっていたけど手で持つとずいぶんと重いんだね」
少しよろめきながら、ふらふらとした足取りで拠点へと戻る。
「紐がちぎれたのが拠点近くで良かったよ」
石の入った籠を置き、そのまま座り込む。大きく息を吸い、吐き出し、呼吸を整える。
『ふむ。少し休んだら、また次の石を集めに戻るのじゃな』
首を横に振る。
「この籠を直さないと次は無理だよ」
ゆっくりと立ち上がる。
「背負い紐を作り直したいから、今度は東の森だね」
籠を壊さないように気をつけながら、籠の中の石を外に出していく。
「なんだかんだで結構な数が運べたよ」
拾ってきた石を積み上げる。
「さて、と。時間は有限だからね。急いで出発しないと」
石斧と石の短剣を手に持ち、ざるのような手製の籠を抱え持つ。いや、本当の籠が出来た以上、これはただのざるだ。ざるを手に抱え持つ。
そのまま東の森へと向かう。
石斧を構え、並んでいる木の一つへとスイングする。石斧は木に刺さり、小さな傷を作る。石斧を引き抜き、今度は、その傷跡に石の短剣を差し込む。そして、そのまま無理矢理、木の皮を剥ぐ。出来るだけ細く長くなるように剥いだ木の皮を、折りたたむようにしてざるに乗せる。それを3度ほど繰り返し、拠点へと戻ることにする。
その途中で出来るだけ、太さのある木の枝を拾う。太さ重視で、形や長さは気にしない。
「今日は、もう作業で終わりだね」
拠点に戻ると、まずは先ほど拾った太めの木の枝を杭のように地面へと突き刺した。そして、その杭へとUの字になるように先ほど剥いだ木の皮を通す。通した木の皮の両端を持ち、右側の下へ左側を通し、そこから上になるように輪を作り、作った輪に右側を通して結び目を作る。そのまま両端をもって捻っていく。
不格好な木の皮がねじ込まれて編み紐へと姿を変えていく。
『ふむ。細くなったのじゃ』
「うん。そのままだと強度が足りなかったようだからね。編んで強度を高めているんだよ。一見、細くなったように見えるけど、丈夫さでは段違いだよ」
ねじ込んだ先も結び目を作りほどけないようにする。
「木の皮で作った編み紐だね」
同じものを三つ作成する。そして、乾燥させていた小動物の毛皮を取りに行く。
「もったいないけど仕方ない」
小動物の毛皮を石の短剣で切り裂き半分にする。半分にした小動物の毛皮の上と下に切り込みを入れ、そこに先ほど作成した編み紐を通す。同じように、残った半分にした小動物の毛皮にもう一本の編み紐を通す。これで同じようなものが二つ作成出来たことになる。
その作成した編み紐を籠に通し、三本目の紐を使ってHの字になるように結びつける。
「これで完成だ」
空っぽの軽くなった木の籠を背負ってみる。紐に通している小動物の毛皮を動かし、一番重さがかかるであろう、負担の大きそうな場所へと動かす。
「うん、これなら痛くない」
そのまま少し動いてみる。
「今度こそ、大丈夫そうだ」
『ふむ。それでは、ソラよ。もう一度、石を拾いに行くのじゃな』
イフリーダの言葉に少し考える。
そして、空を見る。日が大分傾いている。もうすぐ日が暮れる時間だ。今から石を拾いに行けば、戻ってくる時には夜になっているだろう。
「暗闇を歩くのは危険かな。今日は、ここで研ぎでもしているよ」
『ふむ。ならば日が落ちるまでは学習なのじゃ』
「うん。今日も、この世界の文字と言葉を教えてよ」
『うむ。ソラは、我という教師に感謝するのじゃ』
「それは、もう、毎日感謝しているよ。今もだよ」
『うむ、なのじゃ』
石斧の紐がほどけていないかなどの手入れを行い、石の短剣、折れた剣を研ぎ、その作業を行いながら文字を、言葉を学ぶ。
「人里に降りるなら言葉は必要だよね」
『そうなのじゃ。迷宮の近くに人の都があるはずなのじゃ』
「迷宮か。どんなところなの?」
『それは、ソラがもっと成長してからなのじゃ』
「そっかー。早くイフリーダの期待に応えられる存在になりたいね」
『うむ、期待しているのじゃ』
明日、晴れたら、もう一度石を拾いに行こう。そう予定を立てながらシェルターの中で膝を抱えて目を閉じる。
「まだ先は長いなぁ」