147 反撃
残った三匹の青い狼たちが飛びかかってくる。
素早く緑鋼の剣を鞘に収め、構える。
迫る青い狼たち。
緑鋼の剣を抜き放つ。
――神技アルファクラスター!
放たれる無数の斬撃が、飛びかかってきた青い狼たちを切り刻む。
飛びかかってきた青い狼たちは、その飛びかかってきた姿のまま、吹き飛び、地面に転がる。
そして、動きを止めた。
「……やるじゃないか」
力なく座り込んでいた亡霊が呟く。
「行ってきます」
まだ体が重い。動くだけで意志がくじけそうになる。
だけど、
だけど、それがどうしたっ!
「あ、ああ……まか、せた……」
亡霊が満足そうな笑顔を浮かべ、目を閉じる。
任された。
うん、任された。
スコルと戦っている無数の青い狼たちのもとへ駆ける。その中心に居る、巨大な狼の元へ、その背に乗っている吹雪の元凶へと駆ける。
近づけば近づくほど体が震える。
重くなっていく。
それでも駆ける。
「スコル!」
緑鋼の剣を持ち上げ、駆け出したその勢いのまま、目の前の青い狼に叩きつける。
――神技スマッシュ。
青い狼と戦っているスコル。青い狼とスコルの姿はそっくりだ。同じ種族なのかもしれない。
それでも自分には、どれがスコルで、どれが敵か――分かる。
スコルは輝きが違う。
こちらに気付き、飛びかかってきた青い狼へと緑鋼の剣を叩きつける。
スコルはこいつらとは違う。
緑鋼の剣を振り回し、青い狼を牽制する。
スコルの戦いは美しい。
意志の輝きが違う。
元々はスコルも、こいつらと同じ強さだったのかもしれない。
飛びかかってきた青い狼に肩を噛みつかれる。その青い狼に顎下から緑鋼の剣を突き刺し、そのまま持ち上げ、投げ飛ばす。噛みつかれた肩から赤い血が噴き出す。
こいつらは弱いっ!
こいつらと今のスコルは違う。
スコルはこいつらを圧倒している。
「ガルルゥ」
スコルが小さく唸る。それは何故、ここに来たんだと言っているように感じた。
「スコルを仲間だと思っているからだよ。勝手にいなくなったら心配するじゃないか」
青い狼に緑鋼の剣を叩きつけ、飛びかかってきた青い狼を転がって躱し、目の前に居る青い狼に緑鋼の剣を叩きつける。敵はいくらでも居る。
斬り放題だ。
「ガル」
スコルが小さく吼える。それは好きにしろ、と言っているようだった。
まったく、こっちは心配しているんだから、少しは、それに答えて欲しいものだ。
飛びかかってきた青い狼を斬る。青い狼の爪によって腕が切り裂かれる。反撃とばかりに緑鋼の剣をたたき込む。
数が多い。
スコルが戦い続けて倒しているのに、自分も参戦して倒しているのに、数が減っている気がしない。
それでも戦う。
戦い続ける。
意志を強く持ち、受けた傷を神法によって癒やし、戦う。
敵の数は多い。でも、無限じゃない。倒し続ければ、倒し続ければ、いつかは勝てる。
いつかは自分の刃が氷の女王に届くはずだ。
玉座の間は広いが、それでも広さは限られている。そこにいる、こいつらの数は限られている。
多く見えるだけだ。
だから剣を振るう。
剣をたたき込む。
戦う。
戦い続ける。
そして、それは動いた。
四つ足で座り込み、こちらの戦いを見ていた巨大な狼。その背にいる氷の女王が巨大な狼の首筋を撫でる。
巨大な狼が立ち上がる。
大きい。
スコルたちだって普通の狼と比べたらかなり大きいのに、それよりも一回り以上は……大きい。
立ち上がっただけで、この玉座の間が一気に狭くなったように感じる。
巨大な狼が吠える。
まるで空間が歪んだかと錯覚するような咆哮だ。
そして、その一瞬でスコルが吹き飛んでいた。
元々、スコルが戦っていたはずの場所に、巨大な狼の姿がある。
巨大な狼が、周囲の青い狼ごとスコルを吹き飛ばした?
『動いたのが見えなかった。それに、仲間ごと吹き飛ばすなんて……』
と、その瞬間だった。
自分の体が緑鋼の剣を盾のように構えた姿のまま吹き飛んでいた。
『ソラよ、油断しないのじゃ!』
体が勝手に動き、滑るように着地する。
攻撃……された?
先ほどまで自分が立っていた場所に巨大な狼の姿がある。
緑鋼の剣を構えている自分の姿を見る。銀のイフリーダが、巨大な狼の攻撃を防いでくれた?
『見えなかった、見えなかったよ!』
『ソラよ、次じゃ!』
また自分の体が吹き飛ぶ。
体が勝手に動き、緑鋼の剣を盾のようにして、巨大な狼の攻撃を防いでいるが、それでも体が軋む。吹き飛ばされている。
『イフリーダでも回避出来ない攻撃なんて!』
銀のイフリーダが力を貸してくれても剣を盾のようにして防ぐことしか出来ない速度。自分は何も分からないまま吹き飛ばされている。
『ソラが、あれの攻撃を意識できなければ……我でも回避するのは難しいのじゃ』
『でも……』
またも体が吹き飛ばされる。あれの攻撃を食らい続けながらも、致命傷になっていないのは銀のイフリーダが力を貸してくれているからだ。それでも限界はある。
このままでは……。
「ガルルッ!!」
そこでスコルが吼えた。
吹き飛ばされたスコルが立ち上がり、吼えた。それは、お前の敵はこっちだと言っているかのような咆哮だった。
こちらを見ていた巨大な狼がスコルの方へと振り返る。
その瞬間、巨大な狼の姿が消えた。
そして、スコルの姿も消えていた。
違う場所に二匹の姿が現れる。
スコルがヤツの攻撃を回避した?
『見えない、見えないよ』
戦いの速度の次元が違う。スコルは何とか追いすがっているようだが、スコルの姿が現れる度に傷が増えていた。このままではなぶり殺しにされる。
『ソラよ、よく見るのじゃ』
『でも戦いが見えないよ』
そう、自分には見えない。
『動きには必ず静と動があるのじゃ。動になるためには静が必要なのじゃ』
確かに巨大な狼の攻撃の後は、その姿が見えている。しかし、やつが攻撃に移った時には――その瞬間には、やつの姿が一瞬にして視界から消えている。
『そして、静から動に移る時、必ず、その予兆はあるのじゃ』
予兆……?
人も魔獣も生き物だ。静の姿のまま動くことは出来ない。必ず静から動へと変わる予兆がある?
銀のイフリーダの言っていることは分かる。
でも……。
『それが分かり、ソラが意識するようになれば、そこに我が力を貸せば回避出来るはずなのじゃ』
でも……。
うん。
やるしか無いんだよね。
「うおぉぉぉ、こっちだ! こっちだよ!」
吼える。
スコルと同じように叫ぶ。
スコルを追い詰めていた巨大な狼の動きが止まる。
ゆっくりとこちらへと振り返る。
見ろ、見ろ、見ろ。
やつの動きを、その一瞬を。
やつの肌が、毛がふわりと動く。
今っ!
自分の意志が、背中に居るはずの銀のイフリーダへと伝わる。
そして、体は横に飛んでいた。横へと飛び、転がる。
すぐに立ち上がり、緑鋼の剣を構える。
目の前には巨大な狼。
回避した。
ヤツの攻撃を回避した。
だが、まだ回避しただけだ。
反撃はこれからだ!
難しいとは言っても無理とは言っていないのじゃ!