143 少女と狼
この氷で作られた少女の彫像が吹雪の元凶なのだろうか?
その姿は騎士のマナ結晶の中に残っていた少女とよく似ている。その少女自身か、親族を元にして作った彫像なのだろうか?
椅子に座った少女の彫像しか置かれていない、その簡素な部屋の中へと入る。部屋には窓もなく、ここで行き止まりだ。
これが元凶……?
少女の彫像へと手を伸ばすと、こちらが触れるよりも早く、粉々になり、光となって消えた。
少女の彫像が光の粉となって消えた。
まるで自分が扉を開けたことで元の時間に戻ったかのような、一気に時間が流れてしまったかのような、そんな崩れ方だった。
そして、少女の彫像が消え、床の上に、金属製の輪っかが残る。
腕輪……だろうか?
大きさ的には腕にはめるのがちょうど良いと思えるくらいだ。
腕輪に手を伸ばす。
その腕輪に手が触れた瞬間、その中に残っていた記憶が甦る。
……。
――無数の狼に囲まれた少女。
襲われているのではない、そこにあるのは微笑みだ。
くつろぎ、少女に甘えている狼たち。
少女が、その狼の体を優しく撫でる。
そこで記憶は途切れた。
『今のは……?』
『ふむ。どうしたのじゃ?』
いつものようにいつの間にか隣に立っていた銀のイフリーダが心配そうな顔でこちらを見る。
銀のイフリーダには自分が見た記憶が伝わらなかったようだ。
自分だけが見た記憶。
あれは、あの少女は、騎士が見せた記憶の中にあった少女だ。
そして、狼たち。
少女の彫像が残した腕輪を手に取る。
その記憶の中に居た狼たちの前足には、これと同じ装飾が施された腕輪がはめられていた。
狼が身につけていた腕輪……?
しかし、大きさが一回りくらい違う。記憶の中の狼は、普通の狼と同じ大きさだった。この大きさだと、もっと大きな――そう、スコルくらいの大きさの狼でないと、サイズが合わない。
……スコル。
そう、スコルだ。
スコルなら、この腕輪が合いそうだ。
……。
スコルは、何故、この城に来たのだろうか?
この寒さ、この吹雪の始まりとともに姿が消えた理由は何だったのだろうか?
何か関係があるのだろうか?
分からない。
拾った腕輪を背負い袋にしまう。分からないが、これは重要なものなのだろう。
……。
進もう。
ここは行き止まりだ。
部屋の外に出て、尖塔を下っていく。その途中、この尖塔に入る時に使った窓の残骸から外を見る。
城の上空では、変わらず、冷たい空気が渦巻いている。
吹雪は止んでいない。
この腕輪が吹雪に関わる何かかと思ったが、特に関係があるものではなかったようだ。
となれば、本殿に戻り、そこを探索するしかない。
この尖塔は本殿から伸びている形で作られている。このまま尖塔を下っていけば、本殿の中に入ることが出来るはずだ。
と、そこで亡霊の言葉を思い出す。
『元凶は玉座に、王の間に居座っているはずだ』
……。
そうだ、王の間だ。
尖塔に王の間があるはずがない。
何故、ここに元凶が待っていると思い込んでしまったのだろうか。確かに亡霊は、上を目指し、進めと言っていた。しかし、それは、地下よりも上の、上層階に王の間があるという意味だったはずだ。
何故?
まるで、何かに誘われるように思い込んでしまった。
尖塔に何かあると思ってしまった。
あの種を拾った場所から、外に出て、この尖塔の姿を見た瞬間、あそこに向かわないと駄目だと思い込んでしまった。
あそこに向かう必要があると思い込んだ。
しかし、実際にあったのは氷で作られた少女の彫像と腕輪だけ。
いや、それが重要なのか?
分からない。
分からないが、これには何か意味があるはずだ。
自分を誘い込んだ何かは、これを自分に渡したかったから――だから、呼び寄せたのではないだろうか。
そして、自分を呼び寄せた、その何かの意思には悪意を感じない。
それに、だ。
もし、何か自分に悪いものが、自分に攻撃を仕掛けていたのなら、銀のイフリーダが反応しないのはおかしい。この不思議な銀の少女なら、自分の異変に気付いてくれているはずだ。
だから、これは必要なことだったんだ。
遠回りしてしまったが、必要なことだったと思い込む。
そして、進む。
尖塔を下り続ける。
……。
ただ、ただ、下る。
そして、その階段の途中で道が途絶えた。
あるのは壁だ。
『行き止まり……?』
この尖塔から本殿までは繋がっているはずだ。外から見た形では間違いないはずだ。しかし、あるのは行き止まりだけ。
おかしい。
行き止まりの壁を叩いてみる。壁は薄く、向こうは空洞になっているようだ。
『誰かが、この道を塞いだ?』
誰も尖塔へと進ませないように道を塞いだ? そういえば、尖塔の中にあった部屋には窓も何も無かった。まるで何かを閉じ込めるかのような……。
侵入できる場所は、あの騎士が守っていた窓くらいしか無い。唯一の進入口には、それを守る騎士がいた。
……この尖塔は何なんだろう?
異常だ。
いや、今は、それよりも、だ。
緑鋼の剣の柄頭で壁を叩く。何度も叩くと、壁の一部が崩れた。
思っていたとおり、向こうに通路があるようだ。
ある程度壊れたところで思いっきり蹴り飛ばした。
壁が崩れる。
これで先に進める。
ここから先は城の本殿だ。
ここに王の間があるはずだ。
ここに元凶が待っているはずだ。
そして、そこにはスコルも待っているはずだ。
急ごう。