139 氷の廃墟
金属製の梯子に手を伸ばし掴まる。そして足をかけ、次の段へと手を伸ばす。
亡霊のように体の大きな種族のために作られているからなのか、梯子は、段と段の隙間がかなり大きく作られている。油断すると足を踏み外して落ちてしまいそうだ。
それとも、下りることを重視して上ることをあまり考えていないから段と段の隙間が大きいのだろうか。
自分の小さな体では梯子を登るだけでも一苦労だ。
上は――手の先は暗闇に包まれている。上へと上がれば上がるほど、暗く、闇に包まれていく。ますます梯子から落ちそうだ。
伸ばした手が空を掴む。
「あ!」
すぐに梯子の横棒を掴み、落下を防ぐ。
『一瞬、ひやりとしたよ』
一つ、安堵のため息を吐き出し、また進む。
上へと進む。
手を伸ばせば、伸ばすだけ周囲は暗くなっていく。
梯子の先は暗い部屋になっているのだろう。迷路が明るかった分、違和感を感じる。いや、地下部分だったはずの迷路が明るかったことの方が異常なのかもしれない。
どうやって光源を確保していたのだろうか。
そんなことを考えながら梯子を登り続けていると、いつの間にか梯子は終わっていた。
辿り着いたのは薄暗い部屋だ。四方を壁に囲まれている。
……まさか行き止まり?
暗くてよく見えないが、それでも部屋の中に扉のようなものが存在していないことは分かった。
暗闇の中、よく目を凝らしてみると、部屋の片隅にむき出しの歯車と、そこから伸びた棒のようなものが見えた。
何かの装置を動かすためのレバーだろうか?
装置の前まで歩き、レバーへと手を伸ばす。そのまま掴み、それを傾けようと頑張るが、動かない。
固い、とても固い。
『う、動かない』
『うむ。こういうのはじゃな、コツがあるのじゃ』
暗闇の中、銀のイフリーダの言葉が頭の中に響く。
そして、体が動く。
レバーに体重をかけ、一気に動かす。
一瞬で静から動へと切り替わる爆発力だ。
先ほどまで固くて動く気配のなかったレバーが一気に傾く。
周囲に歯車と歯車がかみ合い動き出す大きな音が響き渡り、そして正面の壁が動き始めた。
壁と壁の間に隙間が生まれ、そこから明かりが漏れ始める。
『隠し通路だね』
壁が動いた先は、亡霊が教えてくれていたとおりの書庫だった。
沢山の巨大な本棚が並んでいる。
ただ、それらの本棚は全て氷漬けになっており、中の本が取り出せないようになっていた。
『迷路は空気穴? くらいしか凍っていなかったのに、ここは氷に沈んでいるんだね。もしかして一定以上の高さから氷漬けになっているのかな』
この階の氷漬けになった本棚は壁沿いに並んでいる。
そう、今、自分が居る場所は一段高い場所だ。作られている手すりの先から、吹き抜けになっている下の階が見える。そして、そちらにも沢山の本棚があるようで、その頭が見えた。
並んでいる本棚――氷漬けになってしまっているが、その中にあるのは沢山の本だ。
しっかりと装丁された本たち。そんな本が沢山並んでいる。これは、それだけの技術と知識があった証拠だ。
この城は、この都市には、非常に高度な文明があったのだろう。
だが、それは全て氷に沈み、人のいない廃墟と化している。
『確か、右に行って、上を目指す……だったよね』
今、自分がいる、吹き抜けの二階を壁沿いに右手側へと進む。
静かだ。
魔獣の気配は……ない。
とても静かだ。
不気味なほどの静けさが、ここが廃墟だということを教えてくれる。
右手側に進む。
そして、行き止まりに突き当たった。
いや、行き止まりというと語弊がある。
氷に包まれた本棚と階段が見えるからだ。しかし、その階段は氷に包まれている。先に進むことは出来そうにない。
『これが亡霊の言っていた道だよね』
しかし、進むことは出来ない。
多分、亡霊が知っていた時代では、この階段は氷に包まれていなかったのだろう。
『仕方ない。他の道を探そう』
氷に阻まれ進めない。ここを進むことは出来ない。それなら、他の道を進むしかない。
仕方なく、来た道を戻り、今度は左側方向へと進む。
吹き抜けになっている二階の壁沿いに左側へと進む。
すると大きな窓が見えてきた。
窓枠には何がはめ込まれていたのか、その跡だけが残っている。透明なガラスがはめ込められていたのか、それとも空気を取り込む開閉扉だったのかは分からない。残っているのは、その残骸だけだ。
そして、その窓枠の先に道が見えた。
上へと続く階段が見える。階段の横幅はとても広く、両手を伸ばした人でもすれ違えるほどだ。
目的地は上だ。
ここで下に降りて、書庫の中の他の道を探すよりも、この階段を上る方が目的地に近づけるはず。
窓枠の外に作られた吹きさらしの階段を上がる。
やはり魔獣の姿は見えない。
静かなものだ。
と、そこで階段の途中に壊れた鎧が転がっているのが見えた。この城の外にあった動く鎧と同じ形だ。しかし、その鎧は外にあったものと同じように壊れてしまっている。
動き出さないか警戒しながら横を通り抜ける。
しかし、鎧は動かなかった。
完全に沈黙している。
亡霊は恐ろしい魔獣が沢山待ち構えていると言っていた。しかし、何処にも魔獣の姿は見えない。
どういうことだろう?
魔獣は何処かに旅立った?
それとも、ここを占拠した魔獣が寿命で死んでしまうほどの年月が経っていた?
分からない。
ただ、戦わなくて済むならば、それが一番だ。
このまま元凶の元まで進むことが出来れば……。
と、そんなことを考えた時だった。
この階段が続く先、書庫と隣接した城の建物側の方から大きな音が響いた。
どうやら、やっと魔獣がお出迎えしてくれるようだ。