138 城内へ
「吹雪の元凶を倒しに行ってきます」
簡単な食事を終えて立ち上がる。
「近くまでは案内するよ」
亡霊も立ち上がる。
「しかし……」
そこまで頼って良いのだろうか。武器を作って貰っただけでも充分な助けになっている。
「気にするな。それにお前だけだと道が分からないだろう? 素直に頼れば良いのさ」
亡霊が笑い、フードをかぶり直す。
「分かりました。案内をお願いします」
亡霊とともに、かつては倉庫だった鍛冶場を出て、迷路を進む。
細長い道と分岐が続く複雑な迷路だ。確かに案内がなければ、ここの攻略は時間がかかったことだろう。
「本当に複雑な迷路ですね。同じような風景が続くので、進んでいない気分になってきます」
それに同じような風景は気も滅入る。こんな場所に一人で、迷い続けてしまったら……おかしくなってしまうかもしれない。
「複雑に見えるが、実は簡単な迷路なんだよ。コツさえ掴めば、迷うことはないな」
こちらの言葉に亡霊が反応する。自分との会話に付き合ってくれるようだ。
単調な繰り返しの中での会話は良い気分転換になる。ありがたい。
「コツですか? それは、壁に手を当てて、とかですか?」
よくある迷路の攻略法だ。
しかし、亡霊は首を横に振る。
「この迷路は途中で離れているからな、その方法では先に進めない。一層、二層、三層と層が作られて、層と層の間は離れている。その方法だと同じ層をぐるぐる回ることになる」
亡霊の言葉。
しかし、本当にそうだろうか?
層と層の間を伝っている壁がないなんてあり得るのだろうか?
それに、そうだったとしても、層の出口と層の入り口にはたどり着けるはずだ。そこから移動すれば攻略できるはずだ。
「この迷路の攻略はもっと単純だ。進む時は中央に向かえばいいんだよ。逆に出る時は外側を目指せばいい」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。
「この迷路は複雑に作りすぎて、逆に単純になってしまっているのさ。限られた場所の中に道と道の分岐路を作りすぎて、分岐路に入っても何処かで道が繋がっているからな」
「それって、どういう……」
「方向感覚を失わなければ、目指しているものがある方向に進めば、少し遠回りしてもいずれたどり着ける迷路ってことだな」
亡霊は笑っている。
そんな単純な方法で攻略が出来る?
しかし、よく考えてみよう。
周囲を壁に囲まれ、狭く細長い道。さらに無数の分岐路だ。上から見ることが出来れば、確かに、迷わず進むことが出来る単純な迷路なのかもしれない。しかし、実際に歩いて、まっすぐ、その方角に進めるだろうか? 何度も続く分岐に方向感覚が失われてしまう気がする。
そんな、分かっていても迷ってしまう迷路じゃないだろうか。
コンパスのようなものでもあれば、話は別だと思うが、進む上で目印となる起点が無いのは、それだけで難易度を一気に上げる。
「それでも迷いそうです」
「そうだな。お前たちはそうかもしれないな」
亡霊は笑っている。
もしかすると亡霊の種族は、そういう、方角を知るようなことが得意な種族なのかもしれない。
しばらく迷路を歩き続け、やがて部屋の中央に大きな筒が見える場所へと辿り着いた。大きな筒は天井までのびている。
「ここが目的地だ」
「迷路は複雑なのに、入り口は一つなんですね」
亡霊が頷く。
「さっきも言ったが、この迷路は単純なのさ。今は出口が丸見えになってしまって無意味になってしまったが、かつては出口が秘匿されていたからな。逃げる時に、何処から逃げ出すか分からない方が重要だったんだよ」
そういうものなのだろうか。
亡霊が部屋の中央にある、天井までのびた大きな筒へと進む。そして、手を触れる。
すると大きな筒の一部が動き、中から梯子が現れた。
「この梯子を登れば城内だ。中は、こことは違い魔獣が動き回る危険な場所だ。覚悟はいいか?」
亡霊の言葉に頷く。
覚悟?
覚悟をしているから、ここまで来た。
自分のわがままで迷惑をかけた人がいる。助けたい人がいる。会って確認したい友人がいる。
とっくに覚悟は出来ている。
「大丈夫です」
進もう。
「そうか」
亡霊の雰囲気が変わる。
「分かった。ここから先は……私は進むことが……出来ない」
亡霊が絞り出すような、そんな苦しげな声で言葉を続けた。
何か、この先に進むことに対して考えてしまうような、精神的な心の傷を抱えているのかもしれない。
「はい。大丈夫です。助かりました」
「あ、ああ。すまない」
亡霊が何かを振り払うように頭を振る。
「吹雪の元凶は玉座に、王の間に居座っているはずだ。ここを出れば城の書庫に出る。書庫を出た後は、まずは右手側に進め。その後は、上を目指し、進むんだ」
「分かりました。右手側に進んで、上ですね」
筒の中に入り、梯子に手を伸ばす。
「あ、ああ。無数の強力な魔獣が待ち構えているはずだ……」
と、そこで亡霊が呟いた。
「あ、はい。そうですね」
……。
「お前は……魔獣が怖くないのか? 見ていないから分からないのか? 外にいるあれら人形よりも凶悪な魔獣なんだぞ」
亡霊の声は、少しだけ震えていた。
「勝てるかどうか分からない魔獣に挑むのは、確かに不安です。でも、魔獣と戦うことには慣れていますから」
「分かっていないから、そう言えるんだ。逃げることしか出来ない、そんな力を前にしたことがないから……」
分かっていない、か。
確かに自分は分かっていないのかもしれない。
それでも……。
「自分はやるべき事を、出来ることをやるだけですから。だから進みます」
亡霊からの返事はない。
亡霊は下を向き、口を閉ざす。
……。
自分は進むだけだ。
梯子に手をかけ、登る。
後は元凶を倒す。
そして、語る黒さんを助けて、スコルを探す。
それだけだ。