134 獣人
「耳が……」
亡霊の頭には犬の耳のような獣耳がくっついている。人の耳がある場所は青い髪で隠れてしまっているが、そこには何も無いように見えた。
「ん、耳がどうした? あまり珍しいものでもないと思うが」
ぺたんとなっていた犬耳がぴょこんと起き上がり、ぴょこぴょこと動いている。
あまり珍しくない……?
自分の隣に立っている銀のイフリーダを見る。
『む? どうしたのじゃ』
少女姿の銀のイフリーダの頭の上には猫耳が存在している。猫の尻尾も生えている。
……自分が知らないだけで、あまり珍しくないのだろうか?
「すいません、失礼なことだったら申し訳ないのですが、尻尾は……?」
「あ、ああ。尻尾が見たいのか。しかしなぁ」
亡霊は、頬を掻き、何処か照れたような反応を返している。今は見えないが尻尾もあるようだ。尻尾を人に見せるのは恥ずかしいことなのだろうか?
「あ、いえ。尻尾が見えなかったので気になっただけです」
犬耳の亡霊が、ああ、という感じで手を叩く。
「作業の邪魔になるから服の下にしまっているだけだよ。尻尾が燃えたら困るからな」
どうやら、尻尾を見せるのが恥ずかしいというよりも、服を脱いで取り出すのが恥ずかしかったようだ。
「それで、改めて聞くんですが、ここに案内した理由を教えてください」
犬耳に驚いて余計な話をしてしまった。
「簡単なことだ。お前が持っている、そのおんぼろ剣を出しな」
「おんぼろ剣ではありません。自分の使い方が悪くて壊れかけているだけです。それで、この剣をどうするつもりですか?」
この鉄の剣は、壊れかけているが、それでも、今、自分が持っている唯一の武器だ。この他には、肉を捌くための小道具である石の短剣と飲み水が入った錬金小瓶しかない。
唯一の武器である、この鉄の剣を渡してしまっても良いのだろうか?
「鍛え直してやるのさ。長い、長い、飽きるほどの刻の中で、その手慰みに魔法鍛冶を行っていたからな。それなりの腕はあるつもりだ」
魔法鍛冶?
魔法炉という言葉も出ていた。
魔法とは何だろうか。
銀のイフリーダが使う神法とはまた別の力なのだろうか。
「魔法炉という言葉もありましたが、その……魔法とは何でしょうか?」
その言葉を聞いた犬耳の亡霊は大きく口を開けて驚いていた。
「おいおい、魔法を知らないのか? どれくらい経ったのか分からないが、今の時代には魔法がないのか?」
今の時代は、と言われてもよく分からない。
「神に力を授かったり、神の力を借りたりするのが魔法でしょうか?」
「神? ああ、神官連中がマナを集める時に使う誤魔化しだな」
「では、違うものなんですか?」
「同じだよ。魔法は人が持っているマナを使った法だな。神官連中が神の力だと謳っているからな、それに反する力としての魔だ。そのマナの力を使って武器を鍛えるのが魔法炉だ!」
よく分からない。
よく分からないが、分かったことがある。
どうやら、この亡霊は、自分の武器を鍛えようとしてくれている、ということだ。
「分かりました」
この亡霊を信じてみよう。
壊れかけの鉄の剣で何処まで戦えるか分からない。他に自分が使えそうな武器も見つからなかった。
この亡霊の親切を信じて頼んでみるのも悪くない。
「よろしくお願いします」
壊れかけの鉄の剣を亡霊に手渡す。
「確かに預かった」
亡霊が鉄の剣を受け取り、その状態を確認する。
「ところで、亡霊さんは、なんで自分を助けてくれるんですか?」
「気まぐれだな! 私の気まぐれに感謝するのだよ」
「ありがとうございます」
その気まぐれに感謝の言葉を伝える。
「あ、ああ。うん、そうだ。感謝するように」
亡霊は、こちらから顔を背けてそんなことを言っている。その亡霊の頭の上にある犬耳は、大きく立ち上がり、ぴょこぴょことせわしなく動いていた。
悪い人ではないのかもしれない。
「はい、感謝します」
鉄の剣を渡し、改めて、元倉庫だった部屋を見る。
床には折れ曲がった剣や棍棒などの武器類が転がっている。その多くがどれも大きく、自分が使うには無理そうな代物ばかりだ。
そして、一つ気付いたことがある。
転がっている武器のどれもが、壊れている。
まともな状態の武器が一つも無い。
……。
早まったかもしれない。
大丈夫なのだろうか。
悪い人ではないのかもしれないが、鍛冶の腕はどうなのだろうか。
そこを全く考えていなかった。
「あのー……」
「うん、どうした?」
壊れかけの鉄の剣の状態を確認していた亡霊がこちらへと振り返る。
自分は周囲に転がっている武器を見る。そして、亡霊の方を見る。
亡霊と自分の視線がぶつかる。
自分はもう一度、周囲に転がっている武器を見た。
「えーっと、その、あの」
好意に対して言って良いのか迷う。
「ん、んん、んー!?」
亡霊は自分が転がっている武器を見ていることに気付いたようだ。
「こ、これは、あれだな!」
亡霊が慌てて落ちている武器を蹴り飛ばし、部屋の端っこに追いやった。
「わ、私の腕が悪いからじゃないぞ。武器の研究の結果だ……そう、その結果だ。作り直したり、変わった武器を作ってみたりした結果の残骸だ」
慌てている、そんな様子を見ていると不安になる。
任せて良かったのだろうか。
いや、頼んだ以上、信じるしかない。
「はい、信じていますから大丈夫です」
武器の完成までどれくらいかかるか分からないが、信じて待とう。
最悪、武器の形になっていれば何とかなるはずだ。