133 迷路の意味
改めてフードの亡霊の案内で通路の迷宮を歩いて行く。
「ここは何をするための通路だったんですか?」
歩きながら聞いてみる。
「何を? あ、ああ! ここは迷路だ」
迷路?
「迷路ってどういうことですか? てっきり下水道跡や地下搬入路かと思ったんですが……」
それを聞いた亡霊は大げさに手を振って否定する。
「違う、違う。本当に迷路だ」
迷路?
本当に迷路って……。
「何で城に迷路があるんですか?」
城の中に迷路があるなんて、意味が分からない。
「迷わせるためだな」
いや、まぁ、迷路だから迷わせるためなのは当然だと思う。しかし、こちらとしては存在している理由を教えて欲しかった。
そのまま迷路を歩いて行く。
迷路というだけあって、分かれ道が多く、複雑に分岐している。
そんな迷路を歩く。
歩きながら、理由を教えてくれないのかな、と思っていると、急に亡霊が口を開いた。
「ここは、な。元々は地下にあったんだよ」
城の地下に迷わせるための迷路?
それは、もしかして……?
「別に悪い奴が根城にするために作ったわけじゃないからな。侵入者を阻むためでもないぞ」
亡霊が喋りながら歩く。その歩幅が徐々に大きくなっていく。
早い……。
「理由は簡単だ。逃げるためだ」
大分、歩く速度が速い。早くなっている。こちらは駆け足でないと追いつけない。
「城が攻められ、王族が逃げることになった時、追っ手を振り払うためだな」
フードの亡霊は夢中になって話している。一つのことに夢中になると、周りが見えなくなるようだ。こちらに合わせたものではない、自分の歩幅でがんがん進んでいる。
話を聞くよりも追いかけることが優先になってしまう。
「それで、だな。うん……?」
「ちょっと待ってください。もう少しゆっくり歩いて貰って良いですか?」
またはぐれてしまっては洒落にならない。
「あ、ああ。小さいと不便だな。やはり、私が担いだ方が良いと思うぞ」
「それは遠慮しておきます」
フードの亡霊は随分と自分本位な人のようだ。というよりも、人に合わせることになれていないという感じだろうか。
「それで、どこまで話したかな」
「王族が逃げるための迷路だというところです」
「あ、ああ! そうだったな。ここは、そういう迷路なんだよ」
王族が逃げるための迷路。
その迷路の道順を知っている、このフードの亡霊は何者なのだろうか。
何故、そんなことを知っているのか。
何故、その迷路に隠れているのか。
この亡霊は、一人で何をやっていたのだろうか。
「そういえば、天井に穴が空いている場所があるようですが、あれは何でしょう」
あの穴を見て、下水や搬入路かな、と予想していたが、どうも考えていた用途と違うようだ。
「うん? 穴? あ、ああ、分からないな」
分からないのか。
「わ、私も全てを知っている訳じゃないからな。多分、そう、多分だが、空気穴じゃないか? 今は風を吸い取られて凍ってしまっているけどな」
空気穴?
風を吸い取る?
駄目だ、情報が足りない。
「と、ついたぞ」
と、そこでフードの亡霊の足が止まった。
どうやら目的地に辿り着いたようだ。
結構な距離を歩いたと思う。この城の、この階層は全て迷路になっているのかもしれない。それだけの広さがあったように思う。
「ここが目的地ですか?」
通路の先に扉が取り付けられていた。
「ああ、そうだ」
フードの亡霊が扉を開ける。
そこは……異質な部屋だった。
「さっき王族が逃げるための迷路だと話しただろう。ただ、逃げるにしても物資が必要になる。ここは、そういったものを保管していた倉庫を改造したものだ」
物資保管庫?
確かに話は分かる。
着の身着のまま慌てて、この迷路に逃げ出したとしても、そういった倉庫があれば、便利なはずだ。ただ、こんな迷路の中にあると維持するのは大変そうだが。
「あれは何でしょう?」
ただ、今現在、この部屋には、その倉庫だった面影はない。
部屋の中央には、上下から伸びる柱に支えられた巨大な青く光る球体が置かれており、その周囲には、折れ曲がった剣や棍棒などの武器類が転がっている。
倉庫というよりも廃棄物処理場だ。
そして、一番、気になるのは、その青く光る球体だ。
「あれか? あれを見たことがないのか。あれは魔法炉だ。倉庫の邪魔なものを捨てて、私が入れたんだよ」
魔法炉?
またよく分からない言葉が出てきた。
「魔法炉とは何ですか?」
「そうだな。魔法の炉だな」
よく分からない。
「それで、ここに案内した理由は? てっきり吹雪の元凶のところに案内してくれているのかと思っていました」
「何の準備も無しに案内するわけがないだろう?」
そう言って亡霊がフードを外す。
そのフードの下から覗いた人の顔。
その頭の上にぺたんとした獣の耳がついていた。