131 吹雪の亡霊
巨大な城が口を開けて、こちらを待ち構えている。
声の主に導かれるように城の中へと入る。
城の中へと踏み入った瞬間、こちらを追いかけていた鎧たちの動きが止まる。そして、そのまま、こちらへの興味を失ったかのように城から離れていった。
「アレは、この城の中までは追ってこないからな」
謎の声に振り返る。
そこに立っていたのはフード付きの外套を纏った人物だった。かなり背が高い。自分の倍近い背の高さだ。人というよりも巨人だ。
フードを深くかぶっているため顔は見えないが、そこからこぼれ落ちている長くのびた青い髪、そして、体つき、声の感じから、謎のフードの人物は女性のように見えた。
「えーっと、初めまして」
「う、ああ、初めまして」
フードの人物は、少しどもりながらも反応してくれる。言葉が通じている。銀のイフリーダから習った言葉で問題ないようだ。
「自分はソラと言います。あなたは誰ですか?」
「まずは、自分から名前をなの……って、ああ、随分と礼儀正しいな」
フードの人物は腕を組み、感心したように何度も頷いていた。
「答えたくないことなら、それでも良いんですけど……」
「あ、ああ! すまないな。私はこの城に住む亡霊の一人だ」
亡霊の一人? 一人と言うことは他にも誰か住んでいるということだろうか。
「それで、あなたは……」
「ああ。言わなくても分かるぞ。強大なマナに惹かれて、それを奪いに来たのだろう」
フードの亡霊さんが何やら勝手に話を進めて、勝手に納得している。
「いえ、違います」
「そうだろう、そうだろう。だが、その強大なマ……うん?」
確かに強大なマナを得ることは目的の一つだ。しかし、今回の目的ではない。
「友人を探しに来ました」
「友人……だと? こんな廃墟に、なのか」
フードの亡霊さんが腕を組んだまま唸っている。廃墟だと何か不味いのだろうか。
「見ていませんか?」
「見ていない。会話が出来そうな存在はお前が初めてだ。そもそも、お前の声が聞こえなければ、お前と会ってみようとは思わなかったくらいだ」
もしかすると、この人は、自分が外で喋っていた独り言を聞いて、それで声をかけてくれたのかもしれない。
「えーっと、その友人は喋れません。青い毛並みを持った大きな狼の魔獣です」
「なんだと!」
フードの亡霊さんが驚きの声を上げる。
「知っているんですか?」
フードの亡霊さんはゆっくりと頷く。
「それは女王の眷属だな。はぐれの一部が生き残っていたのだな」
「ここで見ていませんか?」
「アレの近くには飼い慣らされたのが沢山いるだろう」
飼い慣らされた?
どうにも話がかみ合っていない気がする。
「探しているのは自分の友人です。女王の眷属を探しているわけではありません」
「しかし、魔獣は魔獣で同じだと思うのだが」
この人と自分の認識は違うようだ。
「違います。探しているのは女王の眷属という魔獣ではなく、友人のスコルです」
フードの亡霊は組んでいた腕をほどき、少しだけ首を傾げる。
「分からないな」
「分かりました。もう一つだけ聞いても良いですか?」
「うん? あ、ああ。答えられることならな」
「この都市の外で、友人の一人が吹雪によって氷漬けになっています。助ける方法を知っていませんか?」
「氷漬け? それは死んでいるだろう。死者を生き返らせるのは無理だな」
……。
質問の仕方が悪かったようだ。
「氷を溶かす方法はありますか?」
「この吹雪の元凶、強大なマナを奪ったアレを倒せば、氷は溶けるだろうな」
強大なマナ。
それが吹雪の原因。
『イフリーダ。どうやら、強大なマナを持った存在を倒す必要が出てきたようだよ』
『うむ。我の思惑通りなのじゃ』
思惑通りなのか。
「分かりました。予定を変更して強大なマナを持った存在を倒しに行きます」
自分がそう言うとフードの亡霊は慌て始めた。
「お、おい。本気で言っているのか。お前は子どもだろう? 最初は、そういった種族なのかと思ったが、どうも違うようだ。見たまま子どものようだが、それがアレを倒すだと、無理に決まっている」
無理かどうかは……、
「やってみないと分かりません」
「馬鹿な。やってみたら殺されるだろうが。そんな寝覚めの悪いことを見過ごせるか」
このフードの亡霊は、悪い人じゃないのかもしれない。
でも。
「それでも行きます」
まずは吹雪の元凶である強大なマナを持った存在を倒す。それから、ゆっくりとスコルを探そう。吹雪が止めば、語る黒さんも助かるし、捜索もし易くなるはずだ。
「せっかく話が出来たのに……子どもには無理だ」
「気にしないでください。いつものことです」
強大な敵に立ち向かうのはいつものことだ。
今までは銀のイフリーダが居なければ勝てなかったような相手ばかりだった。今回もそうなのだろう。
今回も強大で強力な敵なのだろう。
それでも、自分はやるべき事をやるだけだ。
「しかし、お前、その、それだ、その、おんぼろ剣で戦うのか?」
「そうですね。でも、これは自分の友人が鍛えてくれた剣です」
鉄の剣はヒビが入り、壊れかけだ。
しかし、今、手元にある武器はこれくらいしかない。
ここで何か武器が手に入れば、と思ったが、どうやら、この鉄の剣で戦うことになりそうだ。
「お前……」
フードの亡霊は、言葉を詰まらせ、こちらを見ている。フードを深くかぶっているため、その表情は見えない。
「この城に、その元凶が居るんですよね。行ってきます」
「……あ、ああ。分かった。分かったよ」
フードの亡霊が肩を竦める。
「こっちだ、ついてこい」
フードの亡霊が外套を翻し、歩いて行く。
『もしかして案内してくれるのかな』
『ふむ。罠の可能性も考えるのじゃ』
銀のイフリーダの言葉に頷きを返す。
とりあえず、この亡霊の後を追おう。