130 氷の城
広場を抜けた後も道なりに進む。
その道の至る所に壊れた金属鎧が転がっていた。腕だけのもの、頭部分だけのもの――ここで何かの戦いがあったのは間違いないようだ。
転がっている大きな金属鎧たちは全身が氷に包まれ、その中身は、よく見えない。見える範囲からの想像になってしまうが、中には何も入っていないようだ。
『これ、転がっているの大きな全身鎧だけだよね。中の人は、戦って……逃げたのかな』
道を進めば進むほど、転がっている鎧の数は増えていく。
『この鎧は守っていた側なのかな、それとも攻めていた側なのかな』
どちらにしても、この先が目的地になりそうだ。
「あ!」
見えたのは大きな下り坂。すり鉢状になっている。まるで蟻地獄だ。
そして、そのすり鉢状になった下り坂の先に、巨大な城が見えた。
城から放射線状に道が、坂が、延びている。もしかすると、あの城が、この都市の中心部なのかもしれない。全ての道が城に通じているという感じだろうか。
城から見れば、道が延びている。こちらから見えれば、全ての道が城に集まっている。
『道が城に集まっているね』
集まっているのは道だけではない。
城の上部に空気の渦が出来ている。風を、空気を吸い込んでいる。
『渦が出来るくらいに周囲の風を吸い込んでいるのに、何も感じないよ。自分が吸い寄せられるような感じや息が苦しくなる感じがないね。まるで風だけを選んで吸い寄せているみたいな、不思議な感じだよ』
不思議な現象だ。
『でも、だから』
あの城の中に吹雪を起こしている元凶が待っているのかもしれない。
『進もう』
城を目指し、坂を下る。
その途中にも氷に包まれた金属鎧たちが転がっている。やはり、その鎧の中には何も入っていないように見える。
『ここも同じ。なんで壊れた鎧だけが転がっているんだろうね』
坂を下りながら、金属で作られた全身鎧を覆っている氷の一つを叩いてみる。
固い。
とても固い。
そして、不思議なことに、あまり冷たくない。
氷というよりも何か透明な容器のようだ。
……容器?
壊れた全身鎧は氷のような容器に包まれている?
かつて使っていたであろう、巨大な剣や棍棒は、氷に包まれず、そのまま転がっている。
もしかして!
『壊れていないから、氷に入っていない?』
改めて周囲を見回す。
氷に包まれていたのは何?
建物や、この鎧。下水は凍っていた?
でも、凍り付くほど、ここは寒くない。
おかしい。
おかしい、おかしい、おかしい。
『これ、もしかして、さいせ……』
と、その時だった。
氷に包まれていた全身鎧の兜部分、その面頬の奥が赤く光った。
『生きてる!』
氷にヒビが入り、全身鎧が動く。包んでいた氷を動き出した小手が突き破る。そして、周囲に転がっている棍棒を拾い、そのまま氷を砕き、立ち上がる。
動き出した鎧に呼応するかのように、周囲の鎧たちも赤く光り始めた。
次々に氷が砕け、全身鎧が動き出す。
『中に何も入っていなかったのに!』
『ふむ。これらはマナで動く鎧じゃな』
自分の後ろから、のんきな様子で銀のイフリーダが現れる。
『それってどういうこと!?』
蘇った鎧たちが転がっている武器を拾う。
『つまりは鎧姿の魔獣なのじゃ』
そういうことらしい。
『これ、こちらに襲いかかってくる流れだよね』
『うむ。敵と見なされているようなのじゃ』
鎧の多くが壊れた姿のままだ。腕がない、足がない――様々な姿だ。
『逃げよう』
足部分がなく、せっかく武器を持っても、その場から動けない鎧もいる。しかし、数が多い。
何体いるのか想像出来ないくらいの数だ。
それらが蘇ろうとしている。
『ソラ、気を付けるのじゃ!』
銀のイフリーダの言葉。そのすぐ後に、巨大な槍が飛んできた。槍は自分の目の前に突き刺さる。
蘇った金属鎧の一つが、こちらに槍を投げてきたのかもしれない。
『逃げよう!』
戦うにしても、こちらには武器がない。あるのは壊れかけの鉄の剣だけ、無理だ。
『ふむ。どちらに逃げるのじゃ』
逃げる先――目指す場所。
『あの城まで逃げるよ。武器を探そうにも建物は全て氷に覆われていたから。でも、あの城は氷に包まれていない。中には入れるよね』
城を目指し、坂を駆け下りる。
その周囲では次々と鎧が目覚め始めている。
よく分からないが、この氷は――氷のようなものは、この鎧や建物を再生させていたのだと思う。氷に包み、壊れた箇所を修理していた。そんな感じじゃないだろうか。
建物の中には入れなかったけれど、もしかすると、中では人が眠っていたのだろうか。
いや、今は考えている場合じゃない。
逃げないと。
『ソラ、矢じゃ!』
空から無数の矢が落ちてくる。
蘇った鎧のどれかが弓を使ったのかもしれない。
慌てて、転がるように空からの矢を回避する。
そして、その逃げた先に剣を持った鎧が待ち構えていた。
巨大な鎧の剣が振るわれる。
腰に差した鉄の剣に手が伸びる。しかし、その手が止まる。
相手の剣は巨大だ。壊れかけの鉄の剣では受け流せない。
伸ばした手を、腰に身につけたもう一つの方へ。
それを掴み、握る。
そして、迫る巨大な剣を『錬金小瓶』で受け流した。
手が痺れるほどの衝撃――しかし、錬金小瓶は壊れていない。何とか受け流せた。
慌てて立ち上がり、すぐに駆ける。
駆け下りる。
『本当に数が多い!』
城が、
巨大な城が目の前に迫る。
あそこまで逃げ延びれば!
「こっちだ!」
と、そこで城の中から大きな声が聞こえてきた。
城の中に誰かがいる?
声が――こちらを呼ぶ声を目指し、駆ける。