129 氷の都
放たれた鉄の剣の一撃が、雪を、氷を、風を切り裂く。
空気が真っ二つに裂ける。
しかし、足りない。
必殺の一撃にはほど遠い。
想いだけでは届かないっ!
「語る黒さん、必ず助けます!」
氷の像と化した語る黒さんに話しかけ、そのまま、もう一度、鉄の剣を構える。
『ソラよ、任せるのじゃ』
銀のイフリーダの言葉。
体が動く。
鉄の剣の刃を下向きに構え、そのまま雪の上を駆ける。雪に足が沈むよりも速く、次へと踏み出す。まるで雪の上を滑るように駆ける――駆け抜ける。
真っ二つに別れ渦巻く風と雪の壁と壁の隙間を抜け、立ち塞がる氷の前に立つ。
鉄の剣が煌めく。
下から上に、鉄の刃が放たれる。
氷の壁は厚い。向こう側が見えないほどの厚さだ。鉄の剣の刃の長さよりも厚いだろう。
それを斬る――斬った。
放たれた一撃が、衝撃となって氷の壁を抜ける。
『放たれる剣の衝撃――これが、神技ソードインパルスなのじゃ!』
一撃。
しかし、その衝撃は剣にも大きな傷を作る。さらに深く、大きなヒビが入ってしまった鉄の剣を鞘にしまう。
『剣が……』
『ソラよ、見るのじゃ』
氷の壁に一筋の線が入る。
線が氷の壁一面に広がっていく。
そして、氷の壁が砕け散った。
『イフリーダ!』
こちらの肩越しに顔を覗かせていた銀のイフリーダが頷く。
『このまま抜けるのじゃ』
自分も頷き、もう一度、凍り付いた語る黒さんの方を見る。
語る黒さんは氷の壁を指差したまま氷像と化している。普通の生き物なら、まず生きていないような状況だ。
それでも、それでも!
寒さに強い人たちだから、雪が降っても気付かずに眠っていたような人たちだから、生きていると信じる。
「行ってきます。必ず戻ってきます」
氷を溶かせば助けられるのか、それとも元凶となっている存在を倒せば助けられるのか――分からない。
だから、まずは出来ることを。
元凶を倒す。
『うむ。ソラよ、急ぐのじゃ。新しい氷の壁が作られようとしているのじゃ』
砕けた部分から新しい氷が生まれ始めている。
この氷の壁は中の存在を守るためのもので間違いない。
だから!
砕け散った氷の壁に手をかけ、駆ける。
氷の壁の向こう側へ――駆け抜ける。
そして、氷の壁の向こう側へ。
『これが、壁の向こう側!?』
そこは、
そこは――氷に包まれた都だった。
巨大な都市が、沢山の建物が、かつては大きな文明を築いたと思わせる建物が、並んでいる建物の全てが、その一つ一つが――氷に包まれている。
かつては人が住んでいたであろう残骸。
人の気配は――無い。
無人の――廃墟だ。
『氷の都?』
『うむ。氷に閉ざされ滅びたように見えるのじゃ』
この廃墟の何処かに元凶が隠れている?
『正直、氷の壁を越えたら、すぐに元凶が現れると思っていたから、少し残念だよ』
『ふむ。確かに、なのじゃ。しかし、逆に、これは好機なのじゃ。今は手持ちの武器が少ないのじゃ。この廃墟を探せば何か見つかると思うのじゃ』
『うん。そのための時間が出来た、と。準備するための時間が出来たと思うことにするよ』
銀のイフリーダの言葉に頷く。
戦う為の武器は必要だ。沢山の建物が並んでいる。きっと何かあるはずだ。
語る黒さんのこと、スコルのこと、焦る気持ちはある。でも、だからこそ、しっかりと準備をするべきだ。
氷に包まれた廃墟を歩く。
建物と建物の間に作られた道の端には水を流すための道が作られている。もしかすると下水道に繋がっているのかもしれない。しかし、今は、それすらも凍り付いている。
『ここでは、何かが高度な文明を作っていたのかな』
並んでいる建物の背は高く、四角い金属を積み上げたような造りだ。どうやって作ったのか想像出来ない。
しかし、そんな建物も完全に氷に包まれており、中に入るのは難しそうだった。
『周囲は氷に閉ざされているのに、あまり、寒くないね。それに雪も降っていない。でも……建物に入れないと、何かを見つけることも出来ないよ』
この氷の元凶を探した方が良かったのだろうか。
しかし、その元凶が隠れている場所も分からない。
今の方針で間違っていないはずだ。
道を歩き続けると広い場所に出た。
この氷の都の広場なのかもしれない。
そして、そこには、凍り付いた巨大な金属の鎧が転がっていた。鎧の残骸だ。中に人の姿は――人だったものの姿は見えない。
鎧の大きさは自分の三倍くらいはある。巨人がこの鎧を着込んでいたのだろうか。
ここで何かと戦い、敗れた?
そして、氷に封印された?
鎧の残骸に近づき、よく調べてみる。何か強い力で、牙で噛みつかれたような痕がある。
『もしかして、スコルが?』
『ふむ。それにしては年代を感じさせるのじゃ』
確かに、この傷は、ここ最近ついたものとは思えない。
最低でも数年は経ってると思えた。
何かと戦って残骸になって、それからゆっくりと凍っていった?
巨大な鎧の残骸の近くには巨大な棘付きの棍棒が転がっていた。
『メイスだね』
造った人の腕が良かったのか、素材にしている金属が良かったのか、そのまま使えそうな良い状態で残っている。
『でも、さすがに、これは自分が使うには重すぎるよ』
人が扱える大きさじゃない。
何かの戦いの残骸。
ここで何があったのだろうか。