013 調理
まずは狩猟した小動物を捌くことにする。
木の槍から動かなくなっている小動物を引き抜き、まな板代わりの石の上に置く。さらに金属製の兜に水を汲み、石の短剣を洗って準備をする。
「さて、どうしようかな。魚とは違うし……確か、最初は血抜きをするんだったかな。でも、血を抜かない方が栄養はありそうな気がするんだけどなぁ。もしかして、血を抜くのって美味しさの為なのかな」
動かなくなっている小動物の首筋に石の短剣をあて、そのまま横に動かす。そこそこの切れ味しかない石の短剣をのこぎりのように何度か動かすと小動物の首が半分ちぎれた。しかし、血は流れ落ちない。
「血が抜けないね。う、うーん、思っていたよりも小動物を捌くのは抵抗があるかな」
ちぎれた首筋から石の短剣を差し入れ、皮を剥ぐ。指を入れ、思いっきり引っ張ると自分が考えていたよりもあっさりと小動物の皮が剥がれた。しかし、よく見れば剥ぎ取った皮の裏側にお肉がごっそりと残っている部分もあった。
「これは後で削り落とした方がいいのかな」
剥いだ毛皮はとりあえず家の上に置く。
「乾燥用の棚も欲しいなぁ。欲しいものがいっぱいだよ」
そこから、あまりじっくりと見ないように薄目で確認しながら、お腹の方へと石の短剣を刺し込む。そこから半分に開き、手を差し込んで内臓を引きちぎる。
『ソラよ、それじゃ、それなのじゃ』
その内臓の中には、小さな緑色の石があった。
「イフリーダ、これがマナ結晶? でも色が違うような……」
『ソラよ、それで間違いないのじゃ。色が違うのは、その魔獣の属性が違うからなのじゃ』
「属性?」
『ふむ。ソラに説明を忘れていたのじゃな。ソラには神の話をしたと思うのじゃ』
「確か火を司る女神とか、光を司る女神とか、神法や神技を使う時に力を借りるんだよね」
『うむ。火や炎、光や闇、水や風、世界――ソラには世界が分かると思うのじゃ。世界には数々の属性があるのじゃ。その生き物が、どの属性を強く持つかによって、マナ結晶は色を変えるのじゃ』
「それで――そうか、属性が違うから、これは青じゃなくて緑なんだね。あれ? でも神に属性があるのなら、イフリーダにプレゼントするマナ結晶も君と同じ属性の方が良い? えーっと、イフリーダにも好みの属性とかがあるの?」
『ふむ。ソラの気持ちは嬉しいのじゃ。確かに神の中には、好みの属性を持っているものもいるのじゃ。しかし、我は好き嫌いがないのじゃ』
「良かった。じゃあ、これを」
銀の猫の姿をしているイフリーダに緑色のマナ結晶を渡す。イフリーダはそれを口でくわえ、そのまま飲み込んだ。
『うむ。神技か神法、一回分くらいなのじゃ』
「そっかー。もっと集めないと、だね」
『うむ。ソラはまだまだ成長途中なのじゃ。ソラの無理をしない範囲で頑張って欲しいのじゃ』
「分かったよ」
内臓をもって東の森まで歩く。威嚇行動にならないか、少し心配しながら、内臓を森の中に捨てる。
「まぁ、あの小動物よりも強そうだから、大丈夫かな」
小動物の処理の続きに戻る。
小動物の背中から木の串を刺し、起こした火で炙る。
「ちゃんと火を通せば食べられるよね」
『うむ。多分、大丈夫なのじゃ』
次に拾ってきた棘付きの殻に覆われた種子を取る。
「トゲトゲだね」
『とげとげなのじゃ』
とげとげの上から石で叩く。思いっきり叩くが棘の殻は割れない。何度も、何度も石で叩きつけると、やっと殻にヒビが入った。
「硬いね」
『固いのじゃ』
外皮に入ったヒビに指を入れ、こじ開ける。中には茶色い種子が円になるように6個ほど入っていた。
「殻の中に殻があった気分だよ」
茶色い種子の一つを取り、石で叩き潰す。こちらは簡単に割れる。中には白い実が入っていた。殻が砕け、中からこぼれ落ちた白い実の一部を取り、食べてみる。
「青臭い……」
残った5つの茶色い種子をそのまま火の中に入れる。
「今日は豪勢な食事になりそうだよ」
小動物の肉に火が通る間の時間を使って、他の棘付きの種子の処理を行う。棘付きの外皮を割り、中の茶色い種子を取り出していく。
「保管する入れ物も欲しいなぁ」
処理した種子は、とりあえず落ち葉で包みシェルターの中に置いておく。
その後、小動物の肉に充分に火が通ったのを確認して取る。一口、囓る。
……。
「あまり美味しくない」
肉は少し固くなっているが、火はしっかりと通っているようだ。
「うん、とてもジューシィだ」
ただ、噛みしめて口の中に広がる味はとてもあっさりとしており、物足りない。
何かが足りない。
「もっと美味しくなるはずなのに、何でなんだろう」
『ふむ。魚とは違うのじゃな』
確かに味は薄い。それでも貴重な食料だ。しっかりと残さずに食べる。
次に火の中から、木の枝を使って5個の茶色い種子を取り出す。火の中に直接入れていたのに、茶色い種子は5個とも燃えていなかった。
一つを手に取る。
「熱っ、熱い」
熱くなっていた茶色い種子をお手玉のようにぽんぽんと跳ね上げる。ふー、ふーと茶色い種子に息を吹きかける。
茶色い種子の端を掴み力を入れると、殻がぽんと裂けた。中の白い実を取り出し口に含み、ゆっくりと噛みしめる。
その瞬間、ほろりと目からしずくがこぼれ落ちた。
『ソラ、どうしたのじゃ。何か痛いのじゃな!』
「違う、違うんだよ」
首を横に振る。
「美味しかったんだ!」
その後、残りの種子を夢中になって食べた。
5個の茶色い種子を食べ終え、残った種子に手が伸びそうになり、それを無理矢理抑え込む。
これは貴重な食料だ。
「感動するほど、美味しかった!」
思いっきり立ち上がる。
「甘い。甘みがあった! 久しぶりに甘いものを食べたんだよ!」
そのまま焚き火を囲んで踊るように、舞うように、飛び跳ねる。
「楽しくなってきたよ!」
『うーむ。ソラよ、その食べた物の中に毒でも入っていたようにしか思えないのじゃ』
ああ、楽しい。
楽しい気分のまま、仰向けに倒れ込む。
そのまま目を閉じる。
「うふふふ、あははは、楽しいなぁ。美味しいなぁ」
仰向けになったまま、笑う。
……。
そして、気がつくと、朝日が昇っていた。
目が覚め、昨日の自分がどのような状況だったかを思い出す。
『ソラ、目覚めたのじゃな』
「う、うん。昨日は、あの種子を食べたら急に楽しくなってきて……」
『ソラよ、大丈夫なのじゃな?』
「うん、もう落ち着いたよ」
落ち葉で包んだ種子の方を見る。
「もしかして、これが原因か」
あれはまるで酔っ払ったような状況だった。
「せっかく保存できる食料が手に入ったと思ったのに、上手くいかない」
右手を強く握りしめ持ち上げる。
『ソラよ……』
「うん、分かってる。分かってるよ」
ゆっくりと振り上げた右手を降ろしていく。
「そうだよね、うん。少しずつ、ゆっくりと良くしていこう」