124 狩り
しばらく北へ歩き続けると、さんさんと照りつけていた太陽に陰りが生じ始めた。雲が太陽を覆い隠し、一段と寒さが増す。
そして、雪と風は吹雪になる。
まばらに生えている木々を盾に進むが、荒れ狂う雪と風は冷たく――痛い。吹雪が視界を閉ざし体の熱を奪っていく。
毛皮のマントに包まり、一歩一歩、確実に歩いて行く。
「語る黒さん、ついてきていますか?」
「大丈夫なのです」
自分の後方、少し後ろから語る黒さんの声が聞こえる。
これ以上、吹雪が強くなるとはぐれてしまう可能性も出てくる。早めに、何処か吹雪から身を守れる――隠れることが出来る場所を探すべきだ。
足が重い。
進めば進むほど吹雪が強くなっていく。
まるで、この吹雪が何かを守っているかのようだ。
戻るべきか進むべきか。
一度戻って吹雪が止むのを待つべきか。しかし、戻っても吹雪が止む保証はない。進めば吹雪を抜けられるかもしれない。
どちらが良いのか決めることが出来ず、ただ、吹雪の中を進む。
吹雪。
この吹雪では周囲の雪から家を作るなんてことも出来ない。野営をする時の寒さ避けとして考えていた方法の一つが潰れてしまった。
何処か隠れる場所。
避難する場所……。
「戦士の王、アレを見るのです!」
吹雪の中、語る黒さんが大きな声で叫ぶ。
「見えません。何がありますか?」
しかし、自分には何も見えない。吹雪によって視界が閉ざされてしまっている。
「洞窟なのです!」
目を凝らし、何とか、それを見ようとするが、自分の目には何も見えない。
見えるのは、吹雪が作る白い闇だけだった。
「見えません! 案内を頼んでも良いですか?」
「任せるのです!」
洞窟の中に隠れることが出来れば、この吹雪をやり過ごせるはずだ。
語る黒さんの案内で洞窟を目指す。
歩き続け、そして、自分の目にも洞窟が見えてきた。
岩壁を削って作られた、人の背丈ほどしかない小さな入り口。天然の洞窟ではない。
語る黒さんと一緒に駆け込むように洞窟の中へと入る。
洞窟は薄暗く、吹雪から逃げるように、奥へ、奥へと続いている。
「奥に進みましょう」
「分かったのです」
雪と風が吹き込んでいる洞窟の入り口でぼーっと立っているわけにもいかない。奥に進むべきだ。
「この奥に、この洞窟を作った存在がいるかもしれません。気を付けて進みましょう」
そして、安全かどうかも分からない場所で休息は出来ない。安全確認をする必要がある。
「分かったのです」
出来れば、それが、こちらと敵対しない存在であれば良いのだが……。
洞窟は薄暗い。入り口部分からは細く長い道が続いている。
「戦士の王、足元に気を付けるのです」
「はい、分かりました」
暗闇に強い語る黒さんの目を頼りに洞窟を歩く。こうなると暗闇を照らすものが欲しくなる。何か良いものがないか、拠点に戻ったら炎の手さんに相談してみよう。
しばらく進むと少し広い場所に出た。
「魔獣なのです」
「……ですね」
そして、そこには大きなかぎ爪を持ち天然の毛皮に包まれた魔獣が丸くなって眠っていた。
「眠っているようなのです」
「いえ、こちらに気付いたようです」
眠っていた魔獣が、こちらに気付き、ゆっくりと目を開ける。そして、立ち上がる。
大きい。自分の背丈の三倍以上ある。少し広い場所に出たと思ったのに、それが急に狭くなったように感じる。
魔獣がこちらを威嚇するように吼える。
「襲ってくるのです!」
「はい。話し合いが……出来るような感じじゃないですね」
この魔獣からすれば、自分たちは無断で住処に入ってきた侵入者だ。こちらに襲いかかってくるのは、当然の権利だ。
しかし、それでも、自分たちは、この魔獣にやられてあげるわけにはいかない。
吹雪から身を守るために――生き延びるために、だ。
「戦います」
「分かったのです」
鞘紐を外し、鉄の剣を引き抜く。
語る黒さんが呪文の詠唱を始める。魔法の力の発動には呪文を唱える必要があるため、相手の行動を見てからでは、どうしても間に合わない。先読みして、唱えておくしかない。
「出来れば、殺したくないのですが……」
その、自分の言葉を聞いた語る黒さんが呪文の詠唱を止めた。
「戦士の王は甘いのです。これは生き残るための戦いなのです。戦士は生きるために戦い、それを糧とするのです」
魔獣が襲いかかってくる。
振り下ろされたかぎ爪を鉄の剣で受け流す。恐ろしい力だ。受け流さなければ、叩き潰されて死んでいただろう。
「戦わなければ死ぬだけなのです!」
語る黒さんが叫び、呪文の詠唱を再開する。
戦わないと――死ぬ。
次々と振るわれるかぎ爪を受け流していく。
その通りだ。
分かっている。
戦うしかない。
自分の利のため戦う。
生き残るために戦う。
『うむ。戦うのじゃ。魔獣はマナを糧とし、喰らう存在。敵対するだけなのじゃ』
『そうだね。スコルのことがあったから、仲良くなれるんじゃないかって……それに、住処に勝手に入ってきたこちらが悪いから、ね』
『違うのじゃ。これは人に仇なす魔獣を倒す狩りなのじゃ』
いつの間にか隣に立っていた銀のイフリーダ。その言葉は、正直、詭弁だと思った。
でも、それで良いのかもしれない。
生きるために狩る、それだけだ。
小難しいことはいいから、敵を倒そうぜ!