118 雪
目覚めた語る黒さんがゆっくりと起き上がる。
「戦士の王なのです。ここは、どういうことなのです?」
起きてすぐにしゃべり始めるとか、蜥蜴人さんたちは本当に頑丈なようだ。
「大丈夫ですか?」
起き上がった語る黒さんは周囲を見回し、ゆっくりと頷く。
「何があったんですか?」
「こちらも同じことを聞きたいのです。寝て起きたら今の状況なのです」
語る黒さんも状況がよく分かっていないようだ。
「自分も寝て起きたら、辺りが雪に――今のような状況で、よく分からないんです」
焚き火の側に座った語る黒さんが、もう一度周囲を見回し、そしてこちらを見る。
ん?
どうやら、こちらの手を見ているようだ。
「どうしました?」
「はぁ……良いのです。私は皆を助け出してくるのです」
語る黒さんが長く伸びた法衣の裾を叩き、立ち上がる。
「手伝います」
自分も立ち上がる。しかし、語る黒さんは首を横に振る。
「戦士の王には火を見ていて欲しいのです」
「しかし……」
「大丈夫なのです。私たちの種は戦士の王よりも寒さに強いのです」
そう言うと語る黒さんは雪を踏みしめながら、他の蜥蜴人さんたちを掘り起こしに向かった。
一人、焚き火の側に取り残されてしまった。
周囲は真っ白な雪に包まれ、焚き火の明かりだけが輝いている。
……。
そうだ、火だ。
火を消してはいけない。
『イフリーダ、東の森まで行ってくるよ。火を頼むね』
『うむ? 任せるのじゃ』
昨日の燃え残りだけで燃えているような焚き火だ。いつ、火が消えてもおかしくない。
焚き火をイフリーダに任せて東の森へと向かう。
雪が降り出す気配はない。積もった雪は、そこまで歩くのを邪魔しない。しかし、足元の雪から感じる、突き刺すような、そんな痛みを伴った冷たさは厄介だった。
寒さに震えながら東の森に入る。
東の森の中に雪は見えない。生えている木々が屋根となり、雪が積もるのを防いでくれたのかもしれない。
雪は見えない。
小動物の気配もない。
しかし、足元には霜が降り――凍り付いている。
落ちている枯れ枝も霜が張り付き、冷たくなっているような状況だ。
「ここも、寒い……」
枯れ枝に付いた霜を落とし、拾っていく。
ある程度、集めたところで、急ぎ、焚き火へと戻る。今の布一枚しか着込んでいない自分が耐えられる寒さを超えている。
『うむ。火は大丈夫なのじゃ』
銀のイフリーダが焚き火の横で腰を沈め、両手を広げた謎の姿勢で、こちらを待っていた。
『森も寒かったよ。一日でこんなになるなんて、異常だよ』
拾ってきた木の枝を炙り、水気を飛ばしてから、火の中に投げ入れる。
『む。もう一人も戻ってきたようなのじゃ』
見れば語る黒さんが必死に誰かを引っ張ってきていた。
誰だろう?
「戦士の王、頼むのです。私はすぐに次に行くのです」
語る黒さんは、焚き火の側で引っ張ってきた誰かを手放すと、すぐに次へと向かう。
自分は、火を確保し、語る黒さんが運んできた人が目覚めるまで様子を見る。
日が沈み始める頃には全員の救出が終わっていた。雪の下に埋まったまま眠っていたのに、皆、無事である。いや、少しは寒そうにしていたが、とにかく、皆、無事だ。
蜥蜴人さんたちは、本当に、寒さに強いようだ。
「戦士の王、キノコは無事のようなのです」
「今日はこれを料理するのです」
炎の手さんがキノコの栽培場からキノコを持ち込み、語る黒さんが料理を行う。
彼らは雪を――寒さをものともしない。
普通に食事を終え、焚き火の側で寛いでいる。
「戦士の王、火は自分たちが見ているのです」
「戦士の王は、火の側で休むのです」
戦士の二人が火の番をしてくれるようだ。その言葉に甘え、膝を抱え、目を閉じる。
焚き火のぬくもりが心地よい。
そのまま眠りに落ちていく。
……。
そして、目が覚める。
どれくらい眠っていたのだろうか。
目を開けると……何故か壁が出来ていた。
『壁?』
うっすらと少しだけ向こう側が見える、そんな、透明に近い――白い壁。
軽く叩いてみる。少し固い。
「これは……?」
何だろう?
「あー、叩かないで欲しいのです」
と、そこに声がかかる。
振り返り、そちらを見る。
そこにいたのは炎の手さんだった。いや、炎の手さんだけじゃない、皆の姿がある。
蜥蜴人の皆さんが雪を固めて壁を作っている。
「えーっと、何を?」
「せっかくなので、この雪を使って家を作ろうと思ったのです」
蜥蜴人さんたちは、自分が思っているよりも、ずっとたくましいようだ。
「雪を利用するなんて、思いつきもしませんでした……ん?」
と、そこで気付く。
周囲を見回す。
蜥蜴人さんたちは全員無事だ。
元気に家を作っている。
しかし……。
しかし、だ。
スコルの姿が見えない。
何処にもスコルがいない。
スコルが消えていた。