012 雨の次の日
覚醒する。
目覚めてすぐにシェルターから外に出て天気を確認する。
「晴れた!」
長く続いた雨が止んでいた。
雨のなごりか地面はぐちゃぐちゃだ。しかし、それも、まぶしいほどの陽光が降り注ぐ今であれば昼頃には乾いて無くなっていそうだ。
ぐちゃぐちゃとした地面を布製の靴を汚しながら歩いて行く。
「この靴も何とかしないと……よく分からない布製だから、いつ破れてもおかしくないよ」
『ふむ。素足も悪くないものなのじゃ』
「猫姿のイフリーダはそうかもしれないね」
いつものように魚を捕り、火を起こし――火を起こす燃料として使うために落ち葉や枯れ枝を取ろうと東の森の中に入ったところで異変に気付いた。
東の森が騒がしい。
「どうしたんだろう?」
『小型の魔獣が騒いでいるようなのじゃ』
「魔獣ってことは体内にマナ結晶を持っている生き物だよね?」
『そうなのじゃ』
「うーん。となると、出来れば狩った方がいいんだよね?」
『もちろんなのじゃ』
「そっかー。でも、とりあえず今は食事にするよ。その後で狩りを頑張ってみるね」
火を起こし、下ごしらえをした魚を焼き、その合間に折れた剣と石の短剣を研ぐ。地面がぬかるんでいるため、今日の学習はお休みだ。
焼いた魚を食べて、少し休憩した後、本日の活動を始める。
ざるにしか見えない手作りの籠を抱え、石の短剣と木の槍を手に持って東の森の中へと入る。今日は折れた剣はお休みだ。
東の森へと入り、雨によって湿り気を帯びた落ち葉を踏み、枯れ枝を踏み折り、進んでいく。今日の東の森は何か小さなものが蠢いている雰囲気が満ちている。
「あいたっ!」
急に踏みしめた足の裏に鋭い痛みが走る。普段通りに歩いていたつもりが、何か変なものを踏んでしまったらしい。
痛みが走った足を持ち上げてみると、その足にとげとげがついた緑の球体が刺さっていた。
「何だ、これ?」
『ふむ。ここらの木の種子に見えるのじゃ』
「へ? って、まさか!」
周囲を見回す。
すると雨が降る前の森では見えなかった棘の球体があちこちに落ちている。
「長く続いた雨で実が木から落ちた?」
『ふむ。そうかもしれないのじゃ』
「集めよう!」
とげとげしい外皮に覆われた緑の種子を集めていく。
「この籠を持ってきていて良かったよ!」
ざるにしか見えない手作りの籠に種子を乗せていく。
『ソラよ!』
と、そこでイフリーダの激しい声が頭の中に響く。
その声を聞いた瞬間、ざるから手を離し、何も考えずにその場から飛び退く。イフリーダからの注意、それは以前にも聞いたことがあったからだ。
そして、先ほどまで自分が居た場所に、何かの鋭い針のようなものが刺さっていた。すぐに木の槍と石の短剣を手にする。
『ソラよ、魔獣なのじゃ』
イフリーダが注意する方向、そこに小さな生き物がいた。手のひらサイズの小さな黄色い毛皮の小動物。それが尻尾を逆立て、その尻尾を大きく膨らませていた。
『ソラよ、次が来るのじゃ』
小動物の大きく膨らんだ尻尾から何かが射出される。
「痛いっ!」
飛んできた何かが手に刺さる。それは鋭い針のようになった毛だった。刺さった毛を引き抜き、木の槍を構える。
小動物は落ち葉に隠れるようにしながら素早く動く。その姿を追い切ることが出来ない。もぞもぞと動いていた落ち葉の辺りに突きを放つ。しかし、そこには小動物の姿はなかった。
「厄介だ」
そして、落ち葉の中から小動物がひょこりと顔覗かせる。小動物は尻尾を大きく膨らませていた。
左手で目と顔だけ守り、針を飛ばそうとしている小動物を目掛けて、今まで練習してきた鋭い突きを放つ。
守っていた左手と首の辺りに鋭い痛みが走る――が、手に持っていた木の槍にはしっかりとした手応えがあった。
ゆっくりと左手を降ろすと、木の槍に貫かれた小動物の姿が見えた。小動物はピクピクと体を震わせ、命の鼓動を爆発させている。小動物は必死に木の槍から逃げようと手足を動かしもがくような運動を繰り返していたが、深く刺さった状態では、その願いは叶いそうになかった。
木の槍を片腕に抱え、自分の体に刺さっている針を抜くことにする。左手、次に首の辺りを抜く。そして首の辺りの針を抜くと、勢いよく血が噴き出した。
すぐに癒やしの鼓動を思い出し、回復させる。首の辺りが光に包まれる。
『ソラよ。すでにキュアの神法を自分のものにしているのじゃな! 素晴らしい習熟なのじゃ』
「ううん、生きるのに必死なだけだよ。出来なければ死ぬだけだからね」
神法キュアの力か、吹き出していた血はすぐに止まった。しかし、神法を使った反動か、それとも血を失ったからか、軽い目眩を覚える。それでも頭を振り、無理矢理、意識を保つ。
「ふー、はー、大丈夫」
ゆっくりと深呼吸をした後、木の槍を見てみれば、貫かれた小動物は動きを止めていた。
「魚以外では初の獲物だね」
『初の魔獣狩りなのじゃ』
「そうだね。この小さいのでも、魔獣だから、中にマナ結晶を持っているんだよね?」
『そうなのじゃ』
「これで少しはイフリーダの助けになるかな」
木の槍に小動物を刺したままざるのような手製の籠を拾う。そして、散らばってしまった棘付きの種子を拾おうと手を伸ばす。その伸ばした手の近くに針が刺さった。
「へ?」
飛んできた針の方を見る。
そこには先ほどと同じような見た目の小動物の姿があった。
「まさか、もう一匹?」
『ソラよ、見るのじゃ!』
見れば木の上にも、落ち葉の中にも、たくさんの――それこそ数え切れないほどの小動物の姿があった。
「もしかして、復讐? それとも、この種子に手を出したから?」
小動物たちは尻尾を膨らませ、こちらを威嚇している。
『ソラよ、どうするのじゃ?』
「逃げる」
いくつかの棘付きの種子を乗せた手製のざるのような籠、小動物の刺さった木の槍、石の短剣を持ち、回れ右をする。
そして、棘付きの種子を落とさないように気をつけながら駆け出す。逃げる。
森を抜ける。
追いかけてくる気配はなかった。あの小動物は森から出られないのかもしれない。
「ふぅ、本当に油断が出来ないよね」
『うむ。どのような場合でも油断は危険なのじゃ』
「その通りだね」
ざるの上に乗った種子を数える。
「1、2、3……それでも11個もある。あの小動物が狙っていたくらいだから、中は問題無く食べられるだろうし、うん、これで雨の日でも空腹に困ることはなさそうだ。これはラッキーだよ!」
『良かったのじゃ』
木の槍に刺さった小動物も見る。
「それにマナ結晶も。上手く処理できるか自信はないけど、頑張ってみるよ」
『うむ。今は小さなマナ結晶でもありがたいのじゃ。よろしく頼むのじゃ』
「今日は思わぬ収穫で忙しくなりそうだね」
魔獣テイルスクワラー
尻尾を膨らませ針のような毛を射出して襲いかかってくるリスのような魔獣。
一番の脅威はその数である。