117 寒さ
ふらふらになりながら、東の森を抜ける。体の節々が痛い。
今日はもう寝よう。
「お帰りなのです。大量なのです」
と、そこに声がかかる。呼び止められた声の方へ振り返ると、そこには足踏みをしている青く煌めく閃光さんがいた。
「なんだか、青く煌めく閃光さんがぐらぐらしているように見えます」
「ぐらぐらしているのは戦士の王の方なのです」
青く煌めく閃光さんは片手を頭にのせ、やれやれという感じでため息を吐いている。そんな上半身とは違い、下半身は足踏みを繰り返したままだ。
何をやっているのだろうか、と、その足元を見る。
どうやら一生懸命、何かを踏みしめているようだ。
「それで、一体、何を……して……?」
駄目だ、喋るのも面倒になってきた。
「狼食い草を踏んで、繊維をほぐしているのです」
青く煌めく閃光さんはつるつるの頭を掻き上げながら、指を振っている。その足は狼食い草の上で足踏みしたままだ。
「そうだった……んですね」
とりあえず青く煌めく閃光さんに手を振り、シェルターへと歩いて行く。
「戦士の王、この肉はこちらで処理しておくのです」
「私に任せるのです」
「戦士の王の肉は残しておくのです」
三人の声を聞きながら、シェルターの中に入る。そして、そのまま膝を抱えて目を閉じる。
ああ、そろそろ体を伸ばして、ゆっくり眠れる場所が欲しい。木の板が余っているようなら、今度、頼んでみよう。
そんなことを考えながら眠りにつく。
……。
闇。
……?
そして、驚くほどの寒さに目が覚める。
『寒い、寒い、寒い!』
寒さで体が動かなくなったかと思うほどだ。冷え切った体を無理矢理動かして飛び起き、シェルターから外に出ようとする。
……!
いつの間にかシェルターの入り口に壁が出来ている。ただ、その壁はあまり固くはないようだ。
壁を叩き壊し、無理矢理外に出る。
そこは異世界だった。
白に――辺り一面が真っ白に塗りつぶされている。
「何だ……これ?」
シェルターを押し潰しそうな勢いで積もっている『それ』を掬う。
『冷たい。凄く冷たいよ』
本当に何だろう、これ。
こんなにも冷たいものが拠点を覆い尽くしているなんて、どういうことだろう?
昨日、自分が疲れて眠って……それから何があったのだろうか?
『これは雪なのじゃ』
いつものようにいつの間にか自分の隣には銀のイフリーダが立っていた。
『これが雪!? 道理で寒いと思ったよ』
掬った雪を強く握りしめてみる。すると少し硬くなり、そのまま手のひらの熱で溶けて水になった。
『雪を握りしめた手が痛い。ヒリヒリするよ』
それにとても寒い。
何度も言うけど、とにかく寒い。
シェルターの中は、壁が出来ていたことで、ある程度、暖かさが残っていたようだ。外はとにかく寒い。
積もっている雪の厚さは手のひらくらいしかないようだ。そこまで深くない。
これなら……。
雪を踏みしめ進む。踏み出した足が足首ほどまで沈んでしまうが、歩けなくなるほどじゃない。
真っ白な世界を見回すが、蜥蜴人さんたちの姿は見えない。
……何処に?
『寒い!』
とにかく寒い。
『彼らを探すよりも、まずは暖まらないと、このままだと寒さで死んじゃう』
焚き火があった辺りまで歩き、雪を掻き分ける。すると積もった雪の中から焚き火の跡が現れた。
「火、火、火」
石の短剣と金属片を打ち合わせ、火花を作る。しかし、凍り、冷たくなっている枝には火が点かない。
「燃えない。火が、寒い……」
焦りと寒さで手が滑る。それでも、何度も、何度も、火花を作る。しかし、どんなに頑張っても火が点かない。
「不味い、不味い……」
どんなに頑張っても火は点かない。
『ソラ、神法を思い出すのじゃ!』
珍しく焦った様子の銀のイフリーダの言葉を聞き、ファイアトーチの神法を思い出す。
『た、たしか、こうやって……』
以前の状況を思い出し、何とか再現しようと頑張る。
しかし、どうしても、どうやっても火はおこらない。
『ソラ!』
銀のイフリーダの強い言葉が頭の中に響き、体が勝手に動く。
『ファイアトーチ!』
体の中をマナが駆け抜け、小さな火が起こる。そして、凍っていたはずの木の枝が燃え始める。
起こった火は周囲の雪を溶かし、埋まっていた焚き火の残骸に火を点け、大きくなっていく。
「火……だ」
ここまで火が大きくなれば簡単には消えないだろう。
「あ、暖かい。生き返った気分だよ」
『うむ。どうもソラは火の神法と相性が悪いようじゃ。習得まで長い道のりになりそうなのじゃ』
『あー、うん。イフリーダ、助かったよ』
火は暖かい。しかし周囲は雪に包まれたままだ。寒さがなくなったわけではない。
『このまま、ここで暖まっているだけだと不味いよね』
雪が積もった原因は分からない。
今は、その状況でどうするかを考えるべきだ。
周囲を見回す。
一面が白――雪景色だ。
寒さに耐え、雪を踏みしめながら進む。
「確か、みんなが眠っていたのは、この辺りだったよね」
蜥蜴人さんたちが、普段、眠っていたと思われる場所まで歩く。
その場所も、当然のように白い雪に包まれている。
「ここが、ここに……」
周囲を見回すと、一面の雪の中に、少しだけ膨らんだ場所が見つかった。
「これは!」
慌てて雪を掻き分ける。すると、その下から蜥蜴人さんと思われる、うっすらと鱗の生えた腕が見えた。
さらに雪を掻き分けると少しだけ袖の長い蜥蜴人さんの姿が現れた。
「語る黒さんだ!」
雪の下から現れた語る黒さんは目を閉じ、その体はとても冷たい。まるで死んでいるかのようだ。しかし、かすかに呼吸音が聞こえる。
『生きてる!』
語る黒さんを雪の下から引っ張り出し、焚き火まで引き摺っていく。
『これで、どうにか……』
しばらくすると語る黒さんが、まるで冬眠から目覚めるようにゆっくりと目を開けた。
『生き返った!』
こんな雪に埋まっていても生きているなんて、蜥蜴人さんたちの体はずいぶんと頑丈なようだ。
『……でも、生きていてくれて良かったよ』
他の蜥蜴人さんたちも急いで助けだそう。