115 鉄の槍
三本の鉄の槍を抱えるように持ち、戦士さんたちのところへと向かう。
「戦士の王なのです」
「手に槍を持っているのです。一緒に狩りに行くのです」
戦士の二人は弓を掲げてやる気十分だ。これから狩りに行くところだったようだ。
しかし、今回は、その弓を使わない予定だ。
「二人には、この槍を使って貰います」
二人は首を傾げている。
「槍なのです」
「狩りに行くのです。狩るのです」
首を傾げている二人に鉄の槍を手渡す。
「槍なのです」
「鉄で作られた槍なのです。戦士の王も同じ鉄の槍を持っているのです」
鉄の槍を受け取った二人は首を傾げたままだ。
今回、自分は、錬金小瓶の破片で作った槍ではなく鉄の槍を持っている。使い方を教えるなら、破片の槍ではなく、同じ武器の方が良いと思ったからだ。
でも、だ。
『あれ? 二人に言わなかったかな』
『うむ。理解していないようなのじゃ』
「えーっと、弓を使っていると、どうしても矢を消費してしまいますよね」
「そうなのです」
「いくつか回収していても、どうしても使えない矢が出てくるのは当然なのです」
二人はうんうんと何度も頷いている。矢の場合は鏃に使っている鉄部分の加工が難しいという問題だけではなく、ここでは羽が手に入らない、という問題もある。もしかすると鏃よりもそちらの方が問題かもしれない。どうしても、里からの輸入に頼るしかない。
「というわけで槍を使います。これからの狩りでは槍を中心に使えば矢の消費は抑えられるはずです」
二人は手に持った鉄の槍を傾けたり、物珍しそうにくるくると回してみたりしている。
「槍なのです」
「鉄で作られた槍なのです」
二人は手渡されたものが、本当に槍なのかどうかを確認しているのだろうか。
それは槍です。
「里では槍ってあまり使われてないんですか?」
二人とも槍を知っているし、職人である炎の手さんが槍を作ってくれたことから、槍がまったく使われていないということは無いはずだ。
しかし、二人は首を傾げている。
「戦士の武器は弓なのです」
「槍はあまり好まれていないのです。戦士としては敵に近寄られるのは好ましくないのです」
蜥蜴人さんたちは離れたところから戦うのが好みのようだ。それでも槍なら剣や短剣よりも距離を取って戦えるはずだ。
……。
もしかすると戦士全体の話ではなく、単純に働く口さんが好ましくないと思っているだけかもしれない。
「今後のことを考えたら、矢の消耗を抑える意味でも槍を扱えるようになった方が良いと思います」
「分かったのです」
「戦士の王に従うのです」
戦士の二人は槍を持って頷いている。槍を扱うことに忌避感があるわけでは無いようだ。
『うん、良い感じだよね』
この鉄の槍が折れてしまったとしても、とりあえずは木の棒の先端を尖らせた杭のような原始的な槍を作って使うことも出来る。この鉄の槍で学んだ応用が利くはずだ。槍の扱い方を学んで損はない。
「それでは槍の使い方ですが……」
そこで自分の手が止まってしまう。教え方が分からない。よく考えてみたら、自分は、人に教えられるほど、槍が使いこなせているという訳じゃない。イフリーダに少しだけ技を教えて貰った程度だ。
『イフリーダ、どうしよう。どう教えたら伝わるかな』
『うむ。我に任せるのじゃ』
なんだか、困った時のイフリーダ頼みになってしまっている。
銀のイフリーダは、楽しそうににょほほとよく分からない笑みを浮かべている。
『ソラよ、我の言葉通り、こやつらに伝えるのじゃ』
そして、体が勝手に動いた。いつの間にか、銀のイフリーダが背中から首へと手を回している。
体が動き、鉄の槍を強く握る。
『まずは、こう握り、構えるのじゃ』
「まずは自分と同じようにお願いします。この通りに握って、同じように構えてください」
戦士の二人が頷く。
「構えたのです」
「ここを、同じように握って……分かったのです」
すぐに二人が鉄の槍を構える。凄くそれっぽい感じだ。戦士として戦ってきただけあって、コツというか、戦いに対する体の動かし方が上手いのかもしれない。
『ふむ。意外とやるのじゃ、では――神技スラスト!』
銀のイフリーダの言葉とともに体が動き、空気を貫くような鋭い突きが放たれる。
『さあ、ソラよ。同じようにやれと伝えるのじゃ』
銀のイフリーダは楽しそうに、笑っている。いきなり技を放つとか無茶苦茶である。
「えーっと、今のは……」
「凄いのです」
「まるで授かった力のようだったのです」
戦士の二人は驚いた様子でこちらを見ている。そして、すぐに、こちらの真似を始めた。
「凄いのです」
「同じようには出来ないのです。こう、音というか、纏っているものが違うのです」
二人は、なんだか楽しそうな様子で突きを繰り返している。
『イフリーダ……、これ』
『うむ。やる気があるのは良いことなのじゃ。もう一度技を見せるのじゃ!』
体が動き、鋭い突きが放たれる。
「凄いのです」
「同じように出来るようになりたいのです」
そんな戦士二人の様子を見て、いつの間にか背後から隣に来ていた銀のイフリーダが満足そうに頷いている。
『見て、繰り返し練習することが大事と伝えるのじゃ』
「えーっと、見て、繰り返し練習することが大事です」
二人の戦士は素直に頷く。
『握りは右に』
「握りは右に」
『腕を伸ばすように』
「腕を伸ばすように」
『貫くように』
「貫くように」
銀のイフリーダの言葉を伝えていく。
二人は頷き、繰り返し突きを放つ。
『うむ。その突きを一日千回繰り返すのじゃ』
「えーっと、一日千回繰り返し……って、え?」
銀のイフリーダの言葉をそのまま伝えようとして、その言葉の意味に気付く。一日千回とか無茶だ。
「千回なのです」
「頑張るのです。最初は難しくても、必ずやり遂げるのです」
しかし、戦士の二人はやる気だ。
無茶としか思えないのに、これだけやる気なのは、戦闘に――狩りに対する姿勢が自分とは違うからなのかもしれない。
『このまま狩りに行くのじゃ。実戦も大事なのじゃ』
銀のイフリーダは森を指差し、ニヤリと笑った。
「とりあえず実戦も大事なので、これから狩りに行きますか?」
「頑張るのです」
「槍に慣れるのです。これで獲物を仕留めるのです」
戦士の二人はやる気十分だ。鉄の槍を持って、振り回してみたことで、戦いへの手応えを感じたのかもしれない。
戦士の二人と東の森へ向かう。
「待っていたのです」
と、その東の森の入り口には、語る黒さんの姿があった。
「私も狩りに行くのです」
語る黒さんも狩りに来るようだ。
「久しぶりなのです」
「最近は来ていなかったのに、どういう心境の変化なのです」
戦士の二人は首を傾げている。
「あなたたちの戦いに不安がなくなったから参加しなかっただけなのです。院は私一人、忙しいのです」
語る黒さんは、最近の狩りには参加していなかったようだ。自分も自分の作業ばかりで参加していなかったので気づかなかった。
「えーっと、それで、なんで、今回は参加を?」
「職人の……炎の手に言われたのです。探知するような力を授かるようゲーディアに願って欲しいらしいのです。そのマナを得るため狩りに行くのです」
そういうことらしかった。
探知するような力……どんな感じなのだろうか。そういえば学ぶ赤さんも何かを感知して、この拠点にやって来ていた。それも何かしらの力だったのだろうか。