111 木材
戦い、狩って、勝って、小動物の数が増えて対処しきれなくなったら逃げる。逃げたら回収した小動物から矢を引き抜き、再利用して、また狩って……何度も繰り返す。
狩りは、それなりに順調だ。矢の数に限りがなければ何とかなりそうだった。
『それが一番の問題なんだけどね』
集めた小動物の肉と湖から引き上げた蛇肉で晩ご飯を作る。
今までと変わらない肉の肉による肉料理だ。
「今日も肉で嬉しいのです」
蜥蜴人さんたちには大好評だ。飽きないのだろうか。
しかし、その食事の手が止まっている人がいた。炎の手さんだ。
「どうしました?」
「木材の加工に苦労しているのです」
炎の手さんは、小さくため息を吐いていた。鉄の道具を使っても、この辺りの木の加工は大変なようだ。切り倒す時点でも、一日がかりでやっとの代物だから仕方ないのかもしれない。もっと道具が良ければ、加工のし易さも変わってくるのだろうが……でも、鉄以上の道具となると、ちょっと思い浮かばない。
結局、時間がかかったとしても今ある道具で頑張るしかない。
翌日、炎の手さんのところに行くと、木の板を組み合わせて何かを作ろうとしていた。
「板ですね」
頑張って削ったのか、かなり不格好だが、木が板状になっている。
「地道に頑張ったのです。ただ、どうしても時間がかかってしまうのです。追いつかないのです」
木の板の必要量に対して生産量が追いつかない。やはり、どうしても時間がかかってしまうのが問題のようだ。それでも他に方法がない以上、地道に頑張るしかない。
「ところで何を作っているんですか?」
炎の手さんは、数少ない木の板を組み合わせて、何やら蓋のようなものを作成している。
「蓋なのです」
蓋で合っているようだ。
「完成したのです。さっそく向かうのです」
炎の手さんは完成した蓋のような物を持って歩く。そして、そこには深く掘られた穴があった。
「これは?」
「走る手に掘らせていたのです」
穴だ。
自分くらいなら隠れることが出来そうな、そんな、そこそこ深く広い穴だ。
炎の手さんが穴の上に完成した木の蓋をかぶせる。サイズはちょうど良い。
「問題なさそうなのです」
「これは何をするものなんですか?」
炎の手さんに聞いてみると、小さく頷き、何かを持ってきた。
それは樹皮が付いたままの木片だった。よく見れば、ところどころにくり抜かれたような穴が開いている。
「これをこの中に入れるのです」
穴あきの木片を掘った穴の中に入れ、蓋を閉める。
「後は何日か放置するのです」
もしかして……。
「これ、食用キノコですか?」
「そうなのです。暗くジメジメした場所で育つ品種なのです。まずはお試しなのです。上手くいけばキノコの種類を増やしていくのです」
なるほど。これでキノコが育ってくれば、食事に困ることは減るはずだ。
「育って欲しいですね」
自分の食事改善のためにも是非、育って欲しい。
「そうなのです。次は鉄なのです」
「あ、もし良ければ、自分が作った窯も使ってください」
炎の手さんが頷く。
「ありがたいのです。とはいえ、あの窯では火が足りないのです。製鉄は出来ないのです」
製鉄が難しいではなく、出来ない、のようだ。あくまで土器を焼くための窯で製鉄用じゃないからね。これは仕方ない。
「それよりも祠なのです!」
と、そこへ自分たちの背後から大きな声がかかった。
振り返り、そこにいたのは……語る黒さんだった。
「えーっと、狩りの方は良いんですか?」
「今日は休憩なのです。まずは祠なのです。皆の力の向上にもなるのです!」
語る黒さんは強く拳を握りしめ、語る。何故、そこまで祠というものにこだわるのかが分からない。それに、何故、それが皆の力の向上になるのかも分からない。
「分かったのです。次はそれを作るのです」
炎の手さんが仕方ないという感じで息を吐き出す。
なんだろう?
本当によく分からない。
『イフリーダ、祠って分かる?』
『ふむ。神の力を授かる場所なのじゃ』
自分の言葉に答えるように、ひょこんと銀のイフリーダが現れた。
そう言えば、イフリーダが、出会った時に、この世界では神から力を授かり、借り受け、神技や神法を使えるようになるって言っていたような気がする。
『もしかして、マナを奉納して神技や神法を使えるようにする場所?』
銀のイフリーダは頷く。
『うむ。そして、ソラには必要がない場所なのじゃ』
必要がない……?
『神技や神法がマナを奉納するだけで使えるようになるなら、便利なんじゃないの?』
そこで銀のイフリーダはニヤリと笑った。
『ふむ。ソラは我にマナを渡すよりも、奉納を優先するのじゃな。これまで助けてきたのに薄情なのじゃ』
確かに、そうだった。
よく考えてみれば、自分は、マナ結晶をイフリーダに渡して技を教えて貰っている。つまり奉納するのと変わらないはずだ。それなら、よく分からない神に奉納するよりもイフリーダを頼るべきだ。
「社を建てるのです」
語る黒さんの急かすような応援の声が聞こえる。自分がイフリーダとのやりとりを行っている間も、炎の手さんの手は動いていたようだ。
炎の手さんが残った少ない木材を使って、何かを作っている。
木の板と木の板が組み合わさり、どんどんと形になっていく。
それは、とても小さく、おもちゃのような大きさだ。
形になっていく、それを眺め続ける。
『さすがは職人だけあって手慣れているよね。見ていて飽きないよ』
『ふむ』
自分とは違い、銀のイフリーダはすぐに見飽きたようで、適当にぶらぶらと歩いている。
そして、数時間の作業を終え、ついに祠が完成した。
完成した祠は、形だけはしっかり家という感じだが、その大きさは、手のひらよりも少し大きいくらいしかない。
「小さいのです。これでは大きな力が授かれないのです」
自分と同じように完成を見守っていたはずの語る黒さんは袖をフリフリと動かしながら、そんなことを言っている。作成途中で大きさくらいは気付きそうなものだが、何を見ていたのだろうか。
「仕方ないのです。木材にも限りがあるのです。それに、この木材は加工が難しく、大きなものを作ろうと思うと、どうしても時間がかかってしまうのです。今はこれで我慢して欲しいのです」
「分かったのです。我慢するのです」
語る黒さんは、そう言うが早いか、少しだけ長い袖の中から何かの像のようなものを取り出した。そして、そのまま祠の中に納める。
「これで水流と門の神ゲーディアの分社が完成なのです!」
どうやら、これで完成のようだ。