110 生活
目が覚める。
シェルターの外に出て、周囲の様子を確認するが、蜥蜴人さんたちはまだ起きていないようだ。多分、いつものように昼前に起きてくるのだろう。
というわけで、目が覚めた後は作業の開始だ。
昨日、持って帰ってきた若木の表面を鉄の剣で削る。鉄の剣を、こういった作業に使うのは、少しだけ勿体ないかなと思ったが、他に使えそうなものが石の短剣と石の斧しかないので仕方ない。
鉄製だけあって、石の短剣よりも綺麗にすいすいと削れる。
表面を削り終えた後は、少し振り回して感覚を確かめ、長さを調整するため手頃な場所で切断する。
長さを調整した木の棒の先端に切り込みを入れ、そこに鋭く尖った錬金小瓶の破片を差し込む。錬金小瓶の破片が簡単に抜けないよう差し込んだ木の棒の周りに紐代わりのツタを巻き付け補強する。
木の棒の握り部分にもツタを巻き付け、手が滑らないようにする。
『これで完成かな。どう、新しい槍だよ。かなり丈夫な錬金小瓶の破片を使ったから、これなら役に立つんじゃないかな』
それを見た銀のイフリーダが疑わしそうな様子で首を傾げる。
『ふむ。確かに錬金小瓶はかなり丈夫なのじゃ。しかし、他はそうではないのじゃ』
『えーっと、つまり?』
銀のイフリーダが猫耳をぴくぴくと動かし、完成した槍を指差す。
『他の部分が耐えきれず崩壊するのじゃ』
『えーっと、錬金小瓶の丈夫さに木や縛っているツタが保たないってこと?』
銀のイフリーダが頷く。
『うむ。もともと錬金小瓶は武器として作られたマナマテリアルではないのじゃ』
『マナ……マテリアル?』
何のことだろうか。
『うむ。マナマテリアルなのじゃ。マナマテリアル自体が完結したマテリアル故、何かと何かを合わせるような、そのような他の用途に向かぬのじゃ。それ故の丈夫さなのじゃが……』
イフリーダの言っていることの殆どが理解出来ない。
『ごめん、イフリーダ、言っていることが理解出来ない。用途が限られる? でも、硬さを利用したり、鋭さを利用することは出来るんじゃないかな』
『ふむ……』
銀のイフリーダは腕を組み考え込む。昨日といい、今日といい、何処かイフリーダの様子がおかしい。
『とりあえず試してみるよ』
そんなやりとりを行っていると蜥蜴人さんたちが起きてきた。
「今日も一日頑張るぬぉです」
妙に張り切っているのは語る黒さんだ。
「あ、戦士の王、着ている物を出して欲しいのです」
蜥蜴人さんの一人がこちらにやって来た。これは重い目さん、かな。
「あー、えーっと、着ている物ですか?」
「そうなのです。今日は洗濯をするのです」
洗濯?
そうだ、洗濯だ。
今、自分が着ている服の袖を掴み、匂いを嗅いでみる。あまりよろしくない。これではスコルの毛皮についてあまり偉そうなことが言えない。
「あ、はい。お願いします」
シェルターに戻り、新しい服に着替える。着替える服がある幸せ。質素な、袖が長いだけの法衣のような服だけど、それで充分だ。これだけでも蜥蜴人さんたちと交流して良かったと思う。
「洗い終わった服が乾いたら、お渡しするのです」
重い目さんが笑う。何処かふんわりとした優しい感じの人だ。女の人ぽいが、どうなのだろう。蜥蜴人さんたちは見た目で区別が付かないので、凄く不安になる。女の人ですか、って聞く訳にもいかないしね。
「戦士の王なのです」
「戦士の王も狩りに行くのです」
戦士の二人もやって来た。どうやら、これから狩りに行くようだ。新しい槍の性能も試したいし、ご一緒することにした。
「新しく加わった二人は参加しないんですか?」
「あの二人は木を切るのです」
「戦うにはまだ早いのです。木を切るのも重要なのです」
なるほど。
戦士の二人が指を差す。そちらを見てみれば、起き出した新しく加わった二人が鉄の斧を担いでいる。
と、そうだ。
「すいません。狩りに行くのは少しだけ待ってもらえますか?」
「分かったのです」
「分かったのです。院の語る黒もゆっくりしているのです。待つのです」
二人が頷く。
籠に入った若木ごと手に持ち、炎の手さんのところへ向かう。
「戦士の王、どうしたのです」
「これをどうぞ。余裕があれば、この木を使って槍を作ってもらえると嬉しいです。余った木は好きに使ってください」
炎の手さんは目の前に置かれた若木を手に取り、状態を確認している。
「分かったのです」
ただ炎の手さんも忙しいはずだ。完成はいつになるか分からない。
「それと、もし石が必要なら、西の森に沢山落ちています。魔獣は現れないと思いますが、不安なようならスコルが助けてくれると思います」
「ありがたい情報なのです」
炎の手さんが、驚いたような顔で頷いていた。職人の炎の手さんなら石の重要性を分かってくれると思ったが、予想通りだったようだ。
「お待たせしました」
戦士の二人のところへ戻る。
「待っていないのです」
「院の語る黒も今来たところなのです」
見れば語る黒さんも集まっていた。
「私は遅れていないのです。この二人が早いだけなのです」
語る黒さんは少しだけ長い袖を振り回している。とりあえず揃ったようだ。
四人で東の森へ踏み入る。
そして、すぐに小動物が姿を現した。まるで、こちらの動きを監視していたかのような現れ方だ。
戦士の二人が素早く弓を構え矢を番える。
そして、放つ。
矢が小動物に刺さる。しかし、予想していた通り、一撃では倒せない。そこに次々と矢が刺さる。小動物は、ハリネズミのように矢だらけになり、そこで動かなくなった。
「倒したのです」
「さっそく回収するのです」
戦士の一人が倒した小動物を素早く回収する。回収した小動物を入れる籠でもあった方が良いかもしれない。後で作ろう。
「次が来るのです」
そう言いながら、語る黒さんが動く。手に持っていた水筒から水を放ち、呪文を唱える。学ぶ赤さんと同じ呪文だ。
水の盾が生まれ、飛んできた針を防ぐ。
「助かったのです」
戦士の二人が胸をなで下ろしている。
今度は自分の番かな。
新しい槍を持ち、駆ける。そして、そのまま針を飛ばしてきた小動物へと突きを放つ。
鋭い一撃。
槍は普通に小動物を貫いた。
使える。問題無く使える。イフリーダが不安になるようなことを言っていたが、問題無く槍として使える。
その後も戦い続ける。語る黒さんが攻撃を防ぎ、自分ともう一人が攻撃し、一人が倒した小動物を回収する。上手く連携している。
しかし、六匹目を倒した辺りで連携が崩れてきた。小動物の数が増えすぎて対処できなくなってきたのだ。矢を放つのに精一杯で倒した小動物の回収も難しい。
これは決壊してしまう。
「ここまでです!」
戦士の一人が叫んだ。
「どうするんですか?」
「逃げるのです!」
そう叫ぶのが早いか、三人は逃げ出した。こちらがあっけにとられ、置いてけぼりにされるくらいの早さだ。
「へ? え? え? えーっ?」
慌てて自分も逃げ出す。
なんて思い切りの良さだ。