011 癒やしの力
痛みが和らいでいく。
それに合わせて、神法キュアの力なのか、急激な眠気が襲いかかってくる。
「少し眠るね」
『うむ、ソラよ、ゆっくり眠るのじゃ』
自身の体を休ませるために、膝を抱え頭を沈め目を閉じる。雨音を聞きながら、深く、深く、闇の中へと沈んでいく。
目が覚めると痛みは完全に消えていた。ゆっくりと体を動かし、もみほぐし、異常がないかを一つ一つ確認していく。
「イフリーダ、今回の件で一つ学習したよ。魚を生で食べてはいけない」
『うむ。そうみたいなのじゃな!』
「ふぅ。そうだね」
一息つき、覚醒した頭で、自分の側にあった石の短剣を見る。そして自身の左手を見る。
「うん。試してみよう」
石の短剣を使って左手を切りつける。
『ソラよ、と、突然どうしたのじゃ!』
左手から赤い血がにじみ出る。
「確か、こうだったよね」
昨日の夜を思い出し、体の中にある力を生み出そうとする。
しばらくすると傷口がぼんやりとした光に包まれた。それに合わせてゆっくりと傷が治っていく。傷口に瘡蓋が生まれ少しかゆい。
「昨日の感覚を忘れないうちにね、もう一度試しておこうと思ったんだよ。うん、出来た。凄い力だよね。でも、何だろう、この力、治る過程を早送りしているような感じ」
『うむ。生き物の生きる力を強化する神法なのじゃ。光を司る秩序と悠久の女神ローディアが得意とする神法なのじゃ』
「へぇ、そうなんだ」
『うむ。本来は神にマナを奉納することで、その力を借りることが出来るのじゃ』
「確か、最初の時もそんなことを言っていたよね……って、あれ?」
と、そこで急に目眩を覚えた。
「なんだか、体が重い……」
『うむ。神法はマナを使うのじゃ。今までソラの体内に貯まっていたマナが減ったため、その虚脱感がソラを襲っていると思うのじゃ』
「この自分の体の中にマナってものがあるの? いや、あったの?」
『うむ。マナとは生き物が持つ器の中にある心のようなものなのじゃ。言い換えれば、それは生き物の魂なのじゃ』
「魂?」
『うむ。生き物を殺せば、そのマナを奪うことが出来るのじゃ。人は魔物を狩り、そのマナを取り込み、神に奉納して力を授かり、さらに強い魔物を狩るのじゃ』
「なるほど。もしかして、毎日、魚を捕って食べていたから、それで少しはマナがたまっていたのかな。そして、それを今、消費した?」
『うむ。その通りなのじゃ』
「そうなると、もっと生き物を殺さないと駄目ってことだよね」
『うむ』
「そっか……」
そこで思ったのは、ずいぶんと殺伐とした世界だったんだなということだった。力を奪うために生き物を殺さないと駄目な世界。最後の一人になるまで殺し合えって言われているような気分になる。
そこで首を振る。
「うん。どんな世界だって結局は弱肉強食だ。弱ければ喰われるだけ。本質は変わらない」
『ふむ。ソラ、どうしたのじゃ?』
イフリーダが首を傾げる。
「ううん。ちょっと考え事をしていただけ。イフリーダ、考えたんだけど、マナを奉納すれば神から力を授かるんだよね?」
『うむ』
「だったら、こうやって自力で習得するよりも、そっちの方が有利なんじゃないかな? だって、自力習得だと、力を使うためには体内にためていたマナを使う必要があるんでしょ」
イフリーダは首を横に振る。
『ソラよ、それは違うのじゃ。普通は、神の奉納にもマナを消費し、神法の使用にもマナを消費するのじゃ』
「へ? って、ことは奉納分損をするってこと?」
『うむ。さらに自力習得ほどの自由はないのじゃ。それは、その力の行使があくまで神の力を借りる、借りているだけだからなのじゃ』
「そうなんだ。うん、そうだったのか。ずっとイフリーダが説明してくれていたことをやっと理解出来たよ」
『ふむ。それは良かったのじゃ。にしても、魚を切るのに使った短剣で自分を切るのはおすすめしないのじゃ』
イフリーダの言葉で、もし、魚が毒を持っていたら、それが傷口から入った可能性もあったことに今更気付いた。
「う、うん。確かにそうだね。手元にあったから、つい……」
『うむ。して、今日はどうするのじゃ』
イフリーダの言葉に今の状況を思い出し、シェルターから顔を覗かせ、外を見る。
雨は止んでいない。
しかし、雨の勢いはかなり弱くなっており、いつ止んでもおかしくないような状況に変わっていた。
「この天候なら無理すれば火を点けられるかな」
『ふむ。頑張るのじゃ。それともじゃ。ファイアトーチの神法を練習をしてみるのも良いと思うのじゃ』
「うーん、それは自力で何とか出来るようになってからかな」
『ふむ』
「ごめんね。確かに使えたら便利だと思うよ。でも、一個ずつしっかりと段階を踏みたいんだよ」
それにまだまだ生活に余裕がない段階で貴重な癒やしの力の為のマナを消費したくないという気持ちもある。
「もう少し長い目で見て欲しいかな」
『ふむ。了解なのじゃ』
ぽつりぽつりとしずくが落ちる中、木の槍を持ち、湖へと歩いて行く。湖面は静かだ。
木の槍を構え魚影を貫く。
雨のしずくがぽつりぽつりと落ちる中、捕った魚の下ごしらえを行い、木の串に刺す。
雨の中だが、今日も森の中に切り取った魚の頭と取り除いた内臓を捨てる。
家の中に敷き詰めた落ち葉の一つを取り、雨から守るために体で隠す。そして何度か金属片と石を叩き、落ち葉に火を点ける。
起こった火に濡れた落ち葉をゆっくりと近づけ、乾かすように燃やしていく。何度か繰り返し火が強くなってきた後は濡れた枝なども火の中に入れていく。
「うん、この程度の雨なら問題無いね」
雨に負けないくらいに火が大きくなった後は串刺しの魚を並べ炙っていく。
「はぁ、ちゃんとしっかりと火を通そう」
焼きすぎに思えるくらいに念入りに魚に火を通す。
こんがりと焼けた魚をシェルターの中へと持って帰り、美味しくいただく。
「うん、火が通っていると舌が痺れるような感じがなくなるね。美味しいよ」
『ソラよ、舌が痺れるようなものを食べるのは駄目だと思うのじゃ』
「うん。食べてみれば何とかなると思ったんだけど甘かったよね」
『ソラはしっかりとしているようで、うっかりなのじゃ』
食事を終え、一息つく。
「生き返った気分だよね。明日には雨が止んでそうだし、どうしようかな」
『どうするのじゃ?』
「うーん、もっと石が欲しいんだけど、まだざるのような籠が一個だけだからね。せめて背負えるような感じの深い籠が欲しいんだよね。明日は東の森で柔らかい枝を取りに行く感じかな」
『ふむ。了解なのじゃ』
「まぁ、とにかく今日は研ぎで終わりだね。雨だと出来ることが限られるもんね」
その日はポツリポツリと落ちてくる雨のしずくを眺めながら、折れた剣と石の短剣を研いで終わった。
そして膝を抱えゆっくりと眠る。
「明日は晴れているといいなぁ」