105 帰還
学ぶ赤さんが移住希望者の十人を連れてきた。
「連れてきたのです。まずは、この十名をお願いしたいのです」
十人の蜥蜴人さんたちが並ぶ。そして、彼らの自己紹介が始まった。
「まずは名乗らせて欲しいのです。『炎の手』と呼んで欲しいのです。職人をやっているのです」
最初に名乗ったのは、竜の王と戦った時に武具を作ってくれた職人さんだった。今、自分が持っている鉄の剣も補強された木の弓も、この『炎の手』さんが作ってくれたものだ。
と、そこで気付く。
名前?
思わず学ぶ赤さんの方を見る。すると何故か得意気な様子で頷いていた。
「ソラの治める地に移り住むにあたって、必要だと思い新しい名前を考えたのです」
学ぶ赤さんは、考えたと言い切った。やはりあだ名だったのだ。
「戦士の王の里には必要だと、院の女王から聞いたのです」
炎の手さんがそんなことを言っている。
確かに自分でも分かる名前があれば便利だ。でも、学ぶ赤さんの得意気な様子を見ていると、ただ名付けたかっただけなんじゃないだろうか、という疑問が湧いてくる。
「自分は『走る手』なのです。今は見習いの職人なのです」
そう名乗ったのは職人の作業場で出会った見習いの蜥蜴人さんだった。ちょっと背が低く、他の人たちよりも肌がつるつるとしている。鱗が生える前なのかもしれない。
「私は『語る黒』なのです。院の一人なのです。よろしくなのです」
次に名乗ったのは、そこそこ長めの袖をひらひらと優雅に動かしている蜥蜴人さんだった。院の一人ということなので、学ぶ赤さんの部下? になるのだろうか。何故か、おほほほと楽しそうに微笑んでいる。
「『喋る足』なのです。戦士なのです」
「『働く口』なのです。同じく戦士なのです」
竜の王と戦う為の旅で一緒だった荷物持ちをやってくれた戦士の二人だった。
「『笑う指』なのです」
「『眠る指』なのです」
二人がほぼ同時に名乗る。蜥蜴人さんの外見からは性別が分からないが、もしかすると兄弟や姉妹なのかもしれない。
「『重い目』なのです」
「『重い拳』なのです」
同じように二人が名乗る。職人や院、戦士の関係者ではないようだ。民間人みたいな扱いの人たちなのだろうか。
「私は『青く煌めく閃光』なのです」
最後の一人が名乗る。見れば、片方の腕を前に回し、綺麗なお辞儀をしていた。
何故か、この人だけ名前が凄く長かった。
「えーっと、学ぶ赤さん、何故、一人だけ名前が長いんですか?」
思わず学ぶ赤さんに聞いてしまう。
「そういう名前だからなのです」
そして、返ってきた答えがこれだった。深く考えない方が良いのだろうか。
謎だ。
……。
あー、うん。
最後の最後で不意打ちを食らったけど、ぼうっとしている場合じゃないよね。
こちらも挨拶を返すべきだよね。
「ソラです。よろしくお願いします」
改めて並んだ十人を見る。
職人の『炎の手』さんと『走る手』さん。
院の『語る黒』さん。
戦士の『喋る足』さんと『働く口』さん。
民間人? の『笑う指』さんと『眠る指』さんに『重い目』さんと『重い拳』さん。
そして、謎の『青く煌めく閃光』さん。
この十人が最初の移住希望者だ。
何はともあれ、これで人が揃い、準備が終わった。
後は船に乗って出発するだけだ。
蜥蜴人さんたちの里にある船は、あまり大きなものではなく、一艘に全員が乗ることが出来ない。分かれ、用意された二艘の船に乗り込む。
こちらの船には学ぶ赤さんが、向こうの船には語る黒さんが乗る。それとは別に、向こうの船には、二人の袖がそこそこ長い蜥蜴人さんが追加で乗り込んだ。櫂も帆も付いていない船だ。院の方々が魔法の力で動かすのだろう。
「それでは行くのです! 水流と門の神ゲーディア、水門を開き水の流れを動かす力を授けて欲しいのです――ウォーターストリーム!」
学ぶ赤さんのかけ声とともに呪文が唱えられる。
向こうの船でも三人が同じように呪文を唱え、船を動かす。てっきり一人が力を使い、残りの二人は交代要員かと思っていたが、どうやら、違っていたようだ。
学ぶ赤さんの魔法的な力が、向こうの三人分と同等ということなのだろうか。魔法的な力には詳しくないので、よく分からない。よく分からないが、学ぶ赤さんに聞くと、嬉しそうに自慢されそうなので、それは止めておいた。
船が動き、薄暗い洞窟を抜け、湖へと出る。
そして、湖を渡る。
懐かしい道のりだ。この里に来るために学ぶ赤さんと二人で湖を渡ったのが、ずいぶんと昔のように感じられる。
『あの時は大変だったよね』
『ソラには良い経験になったのじゃ』
湖の魔獣と出会うこともなく、船は何事もなく湖を進み、翌日の朝には拠点へと辿り着いた。
懐かしの拠点だ。
何も変わっていない。以前と同じ、出発する前の、そのままの姿だ。
船を陸地に止める。
学ぶ赤さんと院の二人は船に残るようだ。
「ソラ、申し訳ないのですが、私の作った壺を持ってきて欲しいのです」
学ぶ赤さんも一緒に来たのは、どうやら、自分が作った壺を持ち帰りたかったからのようだ。
「自分で取りに行かないのですか?」
学ぶ赤さんは何処か不安そうな表情で首を横に振った。
「また、船を壊されたら困るのです。ここで見張っているのです」
船を壊されたことが心の傷になっているようだ。
「分かりました。持ってきます。でも、船に乗っていたら、一緒に沈められませんか?」
「もし、また、あれが現れたのなら、私の力ですいすいと躱して見せるのです」
学ぶ赤さんは、なんだか無駄に力強く拳を握りしめている。
陸地に上がる。
懐かしの拠点だ。
と、そこへ何か大きなものが走ってきた。
「ガルル」
スコルだ。
大きな青い狼の魔獣、スコルだ。
「ガルル」
スコルは船の前で、自分たちの前で止まり、小さく唸りながら頷く。約束通り、しっかりとこの拠点を守ってくれていたようだ。
「ただいま、スコル」
「久しぶりなのです」
「ガルル」
三人で挨拶を交わす。
と、妙に後ろが騒がしい。
「ひぃ、魔獣なのです」
「喰われるのです」
見れば、スコルの姿を見た蜥蜴人さんたちが混乱状態に陥っていた。
自分は、その様子に、ああ、そう言えば、学ぶ赤さんも最初はこんな感じだったな、と思い出していた。