102 錬金小瓶
「これはソラのものなのです」
学ぶ赤さんから透明な瓶を受け取る。
見た目はただのガラス瓶にしか見えない。
軽く叩いてみる。堅い。見た目とは裏腹に、ちょっとやそっとのことでは壊れそうにない。
次に学ぶ赤さんがやったのと同じように水を入れてみた。そして、捨てる。
中の水がまるで一つの固体になったかのように、つるんときれいにこぼれ、落ちる。もちろん、地面に落ちた後は、水らしく、濡れて染みを作るだけだ。
不思議な瓶だ。
『イフリーダ、これ、どう思う?』
銀のイフリーダに透明な瓶を見せる。
『ふむ……』
すると、銀のイフリーダの猫耳姿にノイズが走った。まるで何処か遠くから電波状況の悪い何かを受信しているようだ。
『神の酒などの作成に使われる錬金小瓶なのじゃ。これを何故、あのちび助が持っていたのか分からぬが、使い道は多いのじゃ』
神の酒? 錬金小瓶? 謎の単語が出てきた。
いや、それよりも気になる言葉がある。
『ちび助って誰のこと?』
その言葉を聞いた銀のイフリーダは首を傾げていた。
『ちび助? 何のことじゃ?』
銀のイフリーダは不思議なものを見るような瞳でこちらを見ている。
『え? 今、イフリーダがちび助って言っていたよ』
『我が? ふむ……』
銀のイフリーダは腕を組み考え込む。イフリーダ自身、何故、そんな言葉が出たのか分からないようだった。
どういうことだろう?
……。
銀のイフリーダが不思議な存在なのは最初からだ。疑問に思ったところで答えが出る訳でもない。それよりも、だ。イフリーダは、この瓶のことを知っているみたいだから、聞けることを聞いておこう。
『この瓶――錬金小瓶? って、ずいぶんと堅いみたいだけど、盾として使えないかな?』
『ソラは面白いことを思いつくのじゃ』
考え込んでいた銀のイフリーダが顔を上げ、ニヤリと笑う。
『どうだろう?』
『うむ。確かに錬金小瓶は、その用途から堅く作られているのじゃ。強大なマナを持つような存在や迷宮の深層に住むようなもので無ければ壊すことは――ヒビを入れることも出来ないと思うのじゃ』
つまり……。
『逆を言えば、ある程度以上には盾として使えないってことだよね』
『うむ。完全不壊物質ではない故、仕方ないのじゃ』
『それなら仕方ないね』
よく分からないが、仕方ないのだった。
あまり過信は出来ないが、一応、盾として使うことは出来そうだ。
『でも、とりあえずは水筒代わりだよね』
『うむ。それが良いと思うのじゃ』
ただ、中の液体が一気に全部こぼれてしまうので、何回かに分けて使うことが出来ない。これは、水を飲む時が大変そうだ。
口の中で溢れさせない為にも、水を飲む練習をした方が良いかもしれない。
と、瓶についてはこれくらいかな。
「とりあえず外に出ても良いですか?」
学ぶ赤さんに確認を取る。このまま室内に居ると、なんだか閉じ込められているような気分になって、気が滅入ってしまう。
「もちろんなのです」
学ぶ赤さんが頷く。座っていた台から飛び降りて部屋の外に出る。
部屋の外は――ベッド代わりの台が並んだ部屋だった。台の上のいくつかには負傷した蜥蜴人たちが寝ている。
部屋の外は大部屋だった。
「ここは?」
「院の治療施設なのです。ソラは特別に個室だったのです」
どうやら、そういうことだったようだ。
寝ている蜥蜴人たちは、何かで負傷したか、病気になった人たちなのだろう。
と、そこで台の上で横になっている負傷した蜥蜴人の一人がよろよろと起き上がった。
「ヒトシュを院の奥に入れるなんて、何を考えているのです」
何処か、その蜥蜴人には見覚えがあった。
「ヒトシュでもソラは里の危機を救ってくれた恩人なのです。院の女王は私のなのです。私が決めたことに口を出して欲しくないのです」
学ぶ赤さんが、その蜥蜴人の元まで歩き、指を突きつける。
それに反抗するように負傷した蜥蜴人が口を開く。
「権力の乱用なのです」
「あなたに言われたくないのです!」
学ぶ赤さんの言葉がキツい。このままだと言い争いが始まりそうだ。
この負傷している蜥蜴人は……もしかして。
「もしかして、前の戦士の王さん?」
「誰が前なのです。今でも戦士の王なのです!」
負傷した蜥蜴人が――その蜥蜴人は、あの偉そうな蜥蜴人だった。
生きていたんだ。
いや、死んでいて欲しかった訳じゃないけれど……蜥蜴人さんたちは思ったよりも頑丈に作られているようだ。
「生きていたんですね。良かったです」
「この程度では死ねないのです。これからの里には、自分の戦士の王としての力が必要になるのです。ここを去るだろうヒトシュのお前には任せられないのです」
負傷した蜥蜴人は、顔を逸らし、そんなことを言っていた。
「殆ど死にかけだったくせに偉そうなのです」
学ぶ赤さんがため息を吐いている。
「ところで、ここって、自分が入ると不味い場所だったんですか?」
「当然、なのです」
何故か、前の戦士の王さんが答えてくれる。それを聞いて、学ぶ赤さんがもう一度ため息を吐いていた。
「確かに、ここは秘密の場所なのです。ここには多くの癒やしの力の使い手たちが住んでいるのです。私たちの種族以外にはあまり知られたくない場所なのです。しかし、ソラなら大丈夫なのです」
癒やしの力の使い手が貴重だから、知られたくなかったってことなのかな。確かに、もし、戦争になったとして、戦士たちの傷を癒やす施設があったら……うん、そういうことなのだろう。
「何処かと戦争になりそうなんですか?」
一応確認で聞いておく。
学ぶ赤さんは首を横に振る。
「里の危機は去ったのです。今は、これのように神経質に伝統を守る必要も無いのです」
つまり、昔はあったって、ことなんだろうね。
「ソラ、外に出る道はこちらなのです。案内するのです」
学ぶ赤さんが何かを言いたそうに睨んでいる前の戦士の王を無視して歩いて行く。
「えーっと、戦いでは助かりました」
前の戦士の王の方へと向き、一応、一言だけ礼を言っておく。この人とは色々あったけれど助けられたのは確かだからだ。
「戦士の王として当然のことをしただけなのです」
前の戦士の王は顔をぷいと横に逸らし、そんなことを言っていた。
「そうなのです。ソラは気にすることないのです」
前の戦士の王は、学ぶ赤さんのそんな言葉に手を振り上げて怒ろうとして、体が痛んだのか、うっと呻いて、そのまま倒れ込んだ。
「大丈夫なんですか?」
「気にしなくて良いのです。死にかけだったのです。当然なのです」
あまり大丈夫ではなさそうだ。