101 竜の財宝
目が覚める。
自分が目を開けると、そこには心配そうな様子でこちらを見ている学ぶ赤の顔があった。
「ソラが目覚めたのです」
「ここは……?」
目覚め、周囲を見回す。何処かひんやりとした石に似た壁の部屋。今、自分が居る場所は、竜の王と戦った渓谷の洞窟ではないようだ。
「ここは院の奥にある治療施設なのです。気絶していたソラを堅い拳が運んできたのです」
「院の治療施設?」
ここは蜥蜴人の里のようだ。片道の距離を考えれば、自分は最低でも三日は眠っていたことになる。
「そうなのです。突然、倒れて目を覚まさなかったので心配したのです」
体を起こし、軽く体を動かして調子を確かめる。少し、体が重い気もするが問題無く動く。
「院の総力を上げて癒やしの力を使ったのです。体は無事なはずなのです」
そういえば最初に出会った時も、癒やしの力が使えると学ぶ赤さんが言っていた、と思い出す。体は問題なさそうだ。
「どれくらい眠っていたのでしょうか?」
これで一年経っているなんて言われたらどうしよう、なんて思ってしまう。
「二日なのです。里の恩人であるソラに何かあったら大変なのです。堅い拳たちとともに眠らず走り続け、戻ってきたのです」
よく見れば学ぶ赤さんは眠そうな表情だ。かなり無理をして里まで戻ってくれたのだろう。
「すいません、ありがとうございます。もう大丈夫です」
お礼を言い、ベッドのようになっている台から降りる。
『体を無理矢理動かして無理をしすぎたようなのじゃ』
いつの間にか、自分が寝ていた台の上に銀のイフリーダがちょこんと座っていた。銀のイフリーダは何処か少しだけ悩んでいるような様子でこちらを見ている。もしかすると自分が二日間眠っていたことを気にしてくれているのかもしれない。
『いや、自分が頼んだことだから、この結果は仕方ないよ。イフリーダの力が無ければ勝てなかったんだ、これからも指導の方をよろしくだよ』
『うむ。分かったのじゃ』
銀のイフリーダはまだ少し思案顔だったが、それでも口だけを歪ませ、ニヤリと笑い、頷いた。
『そう言えば、強大なマナを手に入れたのに、姿が変わらないね』
『何じゃ、ソラは我に成長して欲しかったのじゃな。まだまだ力が足りぬ故、当分は省エネモードなのじゃ。次に大きくなるのは四つ集め終わった頃なのじゃ』
銀のイフリーダは、期待しているのじゃぞ、なんて言いながらピクピクと猫耳を動かしていた。
「ところで、あれからどうなったのでしょうか?」
自分は気絶してしまったため、竜の王を倒した後、どうなったか分からない。
「里の皆に脅威が去ったことは伝えたのです」
「そうですか」
と、ここで学ぶ赤が、こちらに笑いかける。
「里を救ってくれたソラのために、宴の準備を初めているのです。まだ準備を始めたところなので、もう少し待って欲しいのです」
「宴……ですか?」
と、そこで自分のお腹が鳴った。宴と聞いて食べ物を連想してしまったようだ。二日間も眠っていたのだ、お腹の中が空っぽになっている。これは仕方ない。
「宴よりも先に何か食べる物を持ってくるのです」
学ぶ赤さんが食べ物を取りに行ってくれるようだ。
『うん、これで良かったんだよね』
『うむ。どちらにせよ、強大なマナは必要なのじゃ。それで蜥蜴に恩が売れれば儲けものなのじゃ』
『そうだね。倒したことで恨まれるより、ずっと良いよね』
ベッドのような台の上で座って待っていると、学ぶ赤さんが焼きキノコの乗った器と水の入った器を持ってきた。
「急いで用意出来たのはこれだけなのです」
キノコ料理だ。
やっぱりキノコだ。
これは変わらないらしい。
もう飽きてきたかなと思っていた焼きキノコだが、空腹が最高のスパイスとなり、ぺろりと食べてしまう。悔しいけど、美味しかった。
「今は宴の準備とは別に堅い拳が飛竜の討伐を行う戦士たちを編成しているのです」
「え? 休んでいる訳じゃないんですか? 大丈夫なんですか?」
意外だ。戻ってすぐに、そんな行動を起こしているなんて――それに、その飛竜の脅威にさらされていたから、竜の王に生け贄を捧げていたと思っていた。
「飛竜が集団で襲ってくるから危険なのです。統率を失ってバラバラになった飛竜を一匹ずつ処理するのならば、院と戦士の力が集まれば何とかなるのです」
「そうなんですか?」
闘技場で戦っていた様子を見た限りでは不安しかない。
「一匹を何日もかけて追い込んで倒すのです。そうやって少しずつ飛竜の数を減らしていけば、いつかは脅威が消えるのです」
気の長い話になりそうだ。
でも、そういった倒し方が出来るようになったのも竜の王を倒したからこそ、なのだろうか。
「そうそう、ソラに見せたい物があったのです」
学ぶ赤さんが長く伸びた袖の中から、それを取り出した。
慌てたような、何処か、これが本題と言いたそうな、そんな急な話の振り方に、何だろうと注目する。
それは細長い口の付いた透明な瓶だった。何か実験にでも使いそうなガラス瓶に見える。
「それは何です?」
「ファア・アズナバール様の住処で見つかったのです。財宝なのです。これは凄いのです。はやくソラに見せたかったのです」
学ぶ赤さんが身を乗り出すような勢いで一気に喋った。
ガラス瓶が財宝?
竜の王が守っていた宝がガラス瓶?
「えーっと、珍しい物なんですか?」
この里ではガラス瓶が珍しいのだろうか。
「そうなのです」
と、そう言うが早いか、学ぶ赤は手に持っていたガラス瓶を思いっきり地面に叩きつけた。
「え、何を!?」
ガラス瓶が割れて粉々に――なっていない。ガラスだと思われた瓶は何事もなかったように、地面に転がっている。
「残念ながら、まだ持って帰って少ししか試していないのです。それでも、どうやっても壊すことが出来なかったのです」
壊れない?
学ぶ赤が透明な瓶を拾う。
「そして、もう一つがこれなのです」
そのまま持ってきていた器の水を透明な瓶に注ぐ。
「水が入りましたね」
水筒代わりになるってこと?
そして、学ぶ赤は、すぐに中の水を捨てた。
「え? どういう?」
「見るのです」
学ぶ赤さんが目の前に透明な瓶を持ってくる。
「透明な瓶ですね」
「中に水が残っていないのです」
「え、ええ」
水を捨てたのだから、当然だろう。
「違うのです。まったく残っていないのです」
「え? それって、どういう……」
そこで、もう一度、透明な瓶を見る。
中に水が残っていない。
普通は残っているはずの水滴など、しずくがまったく付着していない。
「これは?」
顔を上げ、学ぶ赤の方を見る。
「そうなのです。中で液体が反発しているのか、瓶に液体がくっつかないのか、入っていた中の液体が、全て、するりと落ちるのです」
何だ、これ?
「これなら容器を汚すことなく、色々な液体を入れ変えることが出来るのです」
それは、毒薬を入れた後で、飲み水を入れても大丈夫ということだ。試したくはないが、そういうことだろう。
もしかすると学ぶ赤は研究家タイプなのかもしれない。戻ってきてから、あまり時間も無かったのに、これだけ調べているのは、さすがだった。
「液体の持ち運びに便利なのです」
学ぶ赤はそう言っている。だが、自分が注目したのは、もう一つの特性だった。
『壊れないって、どれくらいの力まで耐えられるんだろうね』
最強の盾?