099 竜の記憶
眠っていたはずの竜の王の首が動き、ゆっくりとその目が見開かれる。
竜の王はすでに目覚めている!
「急ぐのです」
ゆっくりと下を見ながら降りていた堅い拳さんが、慌てて紐を滑り降りていく。続く自分たちも手を滑らせ、紐を降りる。
手のひらが火傷しそうになるくらい熱くなるが、気にしている場合じゃない。
目覚めた竜の王が大きく口を開く。
そして、周囲に響き渡るほどの音量で叫んだ。
それは何処か悲しいような、何処か切なさの残る叫び声だった。
自分には、その咆哮が何か意味のある言葉のように聞こえた。
いや、違う。
これは、自分が、アレを、意思を持った存在だと思いたいだけの錯覚だ。
今、自分の目の前にいるこれは、強大なマナに縛られた形だけの存在に過ぎない。
……。
あれ?
何で自分はそんな風に思ったんだろう?
夢?
記憶?
あれ?
「ソラ、ブレスが来るのです!」
堅い拳さんが叫ぶ。
そうだ、戦いは始まっている。考え事をしている暇はない。
竜の王が大きく首をもたげ、息を吸い込む。
来るっ!
そして、竜の王の歯と歯がぶつかり合うカチリという音とともに炎の息が吐き出された。炎が周囲の空気を燃やし広がっていく。
堅い拳さんが大盾を構える。
大盾が炎の勢いを防いでいる。
「駄目なのです。持たないのです」
炎の勢いによって金属製の大盾が赤く変色する。大盾の熱が堅い拳さんへと伝わり、その鱗を纏った皮膚から煙が出始めていた。
体が燃えるほどの熱なんて……。
「任せるのです」
学ぶ赤さんが動く。袖口から水筒を取り出し、周囲に振りまく。
そんな量の水を振りまいても焼け石に水にしか……。
「水流と門の神ゲーディア、水門を開き遮る水の壁を作って欲しいのです――ウォーターシールド!」
振りまかれた水が盾となり、大盾を覆う。水の盾は大盾の熱を取り、炎を周囲へと逃がしていく。
そして、炎が止んだ。
二人の力によってブレスを防ぎきった。
竜の王は口の周りに煤のような黒い焦げを残し、動きを止めている。
今が攻撃のチャンスだ。
鉄の槍を堅い拳さんの方へと放り投げる。大盾を持っていた堅い拳さんが慌てて鉄の槍を受け取る。
「少しの間、持っててください」
鞘紐を外し、鉄の剣を引き抜き、両手で持つ。
そして、駆ける。
動きを止めた竜の王の眼前へと飛び上がり、鉄の剣を大きく持ち上げる。
「この一撃でっ!」
――神技スマッシュ。
大蛇の頭を真っ二つにし、蟹の甲殻を切り裂いた強力な一撃。
鉄の剣を振り下ろす。
強力な一撃が竜の眉間にたたき込まれる。
……。
――そして、弾かれた。
竜の眉間には、うっすらと線が引かれたような傷が残っている。だが、それだけだ。
攻撃は通用しなかった。
「そんな……」
竜の王が頭を振り払う。呆然としていた自分は何も出来ず、そのまま吹き飛ばされる。
自分の体が宙を舞う。
このまま叩きつけられたら……!
『ソラ、しっかりするのじゃ』
いつの間にか銀のイフリーダが自分の首に手を回していた。そして、体が勝手に動く。空中で体を捻り、衝撃を流しながら滑るように着地する。
『通用しなかった。イフリーダ、通用しなかったよ!』
『ソラ、しっかりするのじゃ!』
竜の王が再び首を持ち上げる。
次のブレスが来る!
そして、歯と歯がぶつかり合う音とともに炎の嵐が生まれた。
「任せるのです」
堅い拳さんが駆け、自分を守るように大盾を構える。
「水流と門の神ゲーディア、水門を開き遮る水の壁を作って欲しいのです――ウォーターシールド!」
学ぶ赤さんが水を振りまき、大盾に水の膜を作る。
炎と風が周囲を飲み込み舞い踊る。
大盾が炎を防ぐ。
防ぎきった。
「防いだ!」
炎の嵐が去った後も、堅い拳さんは大盾を構えていた。
「それ……」
「もう動かないのです」
堅い拳さんが笑う。大盾を持った腕が黒く変色し、半ばから溶けている大盾と一体化していた。
溶けてる。
防げていない。
「大丈夫なんですか!」
「何度でも防ぐのです。ソラは心配しなくても良いのです」
「そうなのです。と言っても水には限りがあるのです。出来れば早く何とかして欲しいのです」
二人を見て、鉄の剣を持ち上げる。
今が攻撃のチャンスだ。
でも……。
持ち上げた鉄の剣を降ろす。
「自分の攻撃が通じなかったんです」
自分が使える手持ちで一番の攻撃が通用しなかった。
どうすれば、どうすれば、倒せる?
『イフリーダ……』
情けない。
困った時はいつもイフリーダに頼ってしまう。
自分の力は、自分の力だけでは、届かない。
でも、勝たないと……この二人のためにも勝たないと!
『ふむ。ソラよ』
銀のイフリーダが首の後ろに回していた手を離し、自分の前へと歩いてくる。
『ソラよ、よく見るのじゃ』
そして、竜の王を指差し、ニヤリと笑った。
『届いていない? 通じていない? 大丈夫なのじゃ。我が鍛えたソラの力は通じておる』
確かに、さっきの一撃は竜の王の額に傷をつけた。しかし、かすり傷だ。
『でも、あんなちょっと傷がついた程度でっ!』
『ソラは勘違いしておるのじゃ。神技スマッシュは決して必殺の一撃ではないのじゃ。神技の中の一つに過ぎぬのじゃ。攻撃は通っているのじゃ、後は何度でもたたき込むだけなのじゃ』
銀のイフリーダがこちらを見て、もう一度、ニヤリと笑った。
勘違いして……いた?
もう一度、竜の王の眉間を見る。うっすらと傷は残っている。
そうだ。
確かに攻撃は通じている。
一度で駄目なら、何度でもたたき込むだけだ。
一撃必殺にこだわる必要なんて無かったのに、自分の力なんて分かっていたはずなのに、自分は思い違いをしていた。
そうだよ。
勝機が……。
しかし、自分は気付くのが遅かったようだ。
竜の王が首を持ち上げ、次のブレスを放とうとしていた。
二人が作ってくれた攻撃のチャンスを逃してしまったっ!
堅い拳さんを見る。
半ばから溶けてボロボロになった大盾を構えブレスを受け止めようとしている。
「ソラを信じているから大丈夫なのです。任せるのです」
堅い拳さんはそう言って笑う。
無理だ。次は大盾が持たない。
それでも二人は自分の前に立つ。
二人は体を盾にしてでもブレスから自分を守るつもりのようだった。
駄目だ。
そんなのは駄目だ。
でも、どうする?
どうすれば……?