010 神法
翌朝、目が覚めた後も雨は降り続けていた。
「ここは雨が多い地域なのかな」
『ふむ。そういったことはなかったと思うのじゃ』
「そっかー。となると、たまたまなのかな」
シェルターの中で雨が止むのを待つ。
ただ待っているのも時間がもったいないので折れた剣を研ぐ。地道な作業の成果か、欠けていた部分の刃が削れ鋭さが増している。
「まだ一部だけど、ますます便利に使えそうだよ」
『削りすぎて折れる可能性もあると思うのじゃ』
「その時はその時だね」
『ふむ。ソラよ、その折れた剣が大切だと言っていたように思ったのじゃが、今はあまり困っていないように見えるのじゃ』
「そうだね。あの時は石が手に入る前だったからね」
『ふむ。石をどうするのじゃ?』
小川で拾った鋭く尖った石を取り出す。
「これこれ、これが重要なんだよ」
鋭く尖った石に硬めの石をぶつけて削り刃を作っていく。
『ふむ。昨日も、その石をカンカンと叩いてたのじゃ。それをどうするのじゃ?』
「うん、これで大まかな形になったかな」
水をかけて研石代わりの石の上にのせ上下に動かす。叩き削った鋭い石を折れた剣と同じように研ぐ。
『もしかして、ふむ。そうなのじゃ。石の刃を作ってるのじゃな!』
シェルターの片隅で丸くなっているイフリーダに頷きを返し、研ぎを続ける。
「雨が止むまでこれかな。この雨の中だと食料の確保が出来るか分からないから体力を使うことはしたくないしね」
刃が鋭くなるように削り、研ぎ、時々、持ち上げて状態を確認する。
ある程度、刃物として活用できそうなくらいに鋭くなったところで手に持ち振ってみる。
「短いけどナイフみたいには使えそうだね。今度からはこれを使って魚が捌けそうだよ」
『ふむ。石にもこのような活用法があるのじゃな!』
「うん、質の良い石が見つかって幸運だったよ」
もう一つ、石を取る。
『予備を作るのじゃな』
「ううん、これはまた別のかな」
こちらも叩き削り形を整える。しかし、こちらは先ほどの石の短剣と比べれば、かなり荒い段階で止めることにする。
「これ以上削って脆くなっても困るし、ここまでかな。にしても雨が止まないね」
『空気を見るに、今日は一日雨やもしれぬのじゃ』
「そうだね。もう少し待っても雨が止まないようなら今日はもう眠ることにするよ。空腹を我慢して作業を続けるのも辛いしね」
しばらく待っても雨が止むことはなかった。
シェルターで膝を抱え目を閉じる。体力を消耗しないように、そのまま眠る。
夜中に一度、目が覚め、外を確認してみるが、雨は止んでいなかった。
雨は降り続けている。
次の日も雨は止まなかった。
「困った」
『ソラよ、顔色が悪いのじゃ』
「そうだね。空腹で、ちょっとキツいかな。雨でも魚は捕れると思うけど、火が使えないからね、捕った魚を生で食べるしかないかな」
『うむ。それが良いのじゃ』
「そう言えば、森の中で食べられそうな木の実や果物を見かけなかったけど、どうしてなんだろう」
雨に濡れながら木の槍を手に持ち、湖へと歩いて行く。
「こんなことなら、雨の時でも火が使えるように何か屋根になるようなものを急いで作っておくべきだったよ。休む場所を優先したのは失敗だったかなぁ」
湖は雨のしずくでその湖面を大きく揺らしている。昨日からずっと雨が降り続いているのに湖の水が氾濫しないのは、何処かに流れ出ているからだろうか?
降り続ける雨の中、木の槍を構える。湖面が揺れ、見えにくくなっている魚影を探し、突きを放つ。湖面を突き抜け、深域に刺し込まれた木の槍を引き抜く。しかし、そこには何も無かった。
「狙いを外した」
もう一度、木の槍を構え、突きを放つ。イフリーダから教えて貰った神技スラスト自体は、もう自分のものとしている。
「もう一度だ」
木の槍を構え、雨のしずくを反射している湖面に突きを放つ。確かな手応え。
持ち上げた木の槍の先端には、いつもの魚が刺さっていた。
「ほっ、良かった」
雨の中を、急ぎ、駆け、シェルターへと戻る。
雨雲で太陽を遮られ、薄暗いシェルターの中、まな板代わりの石を置き、先日作った石の短剣で魚を捌いていく。
『ソラよ、手が震えているようじゃが、我は心配なのじゃ』
「大丈夫、ちょっと雨に濡れて寒くて震えているだけだから」
魚の頭を落とし、内臓を取る。その後、石の短剣をのこぎりのように使って白身を切り分ける。
「思っていたよりは切れるけど、綺麗に切り分けるのは難しいね」
白身は一部が潰れぐちゃぐちゃになっている。
その一枚を取り、口に含む。舌が痺れるような味。あまり噛みしめず、飲み込む。
『ソラよ、食べるのも辛そうなのじゃ』
「大丈夫、大丈夫。何処かの国では魚を生で食べるって聞いたこともあるからね」
もう一枚、白身を取り、口に含む。やはり舌が痺れるような味。無理して飲み込む。
「う、うん。大丈夫、大丈夫、美味しいよ」
『ソラよ、顔が引きつっているように見えるのじゃ』
「大丈夫だよ。お腹に入れば同じだからね」
魚を食べきる。
雨は止みそうにないので、そのままシェルターの中で膝を抱えて目を閉じる。
夜中、急激な痛みに目が覚める。
「痛い、痛い、痛い」
『ソラ、どうしたのじゃ』
「急に体が、痛い、痛い」
体の痛みに耐えるように歯を食いしばる。どれだけ耐えても痛みが引くことはない。
「こんな、こんなことで……痛い、痛いよ」
痛みで考えることも喋ることも出来ない。そんな自分の前に、真剣な表情のイフリーダが立つ。
『ソラよ。これは重要なこと故、しっかりと聞くのじゃ』
「う、うう、痛い、痛い」
頭の中に響くイフリーダの声が大きくなる。
『生き物には、生きようとする力が、自身を回復させる力があるのじゃ』
「痛い、痛い」
『神法には、その生きる力を強くし、傷や病を治すものがあるのじゃ』
「痛い、痛いよ」
『それが神法のキュアなのじゃ』
「う、うう」
『ソラよ、しっかりと聞くのじゃ。今の我では力が足りず、ソラに、その神法を使うことが出来ないのじゃ。しかし、その力は、ソラ自身が持っている力を使ったものなのじゃ』
続く痛みの中、イフリーダの言葉を理解しようと、歯を食いしばる。
「う、うん」
『すでにソラには、その力を使う下地があるということなのじゃ!』
痛みに耐え、頷く。
『ソラの中にある、その力の流れを理解し、癒やしの力を思うのじゃ!』
頷く。
痛みの中、イフリーダの言葉を反芻し、考える。
力、
癒やしの力、
そんな力が自分の中に?
考える。
ああ、そうだった。
いつだってイフリーダは自分を助けてくれたんだった。
信じる。
出来るはずだ。
癒やしの力を、
自分の中にある力を、
……。
……。
明るい。
自分の体がうっすらと輝いている。
「こ、これ、これ……は……?」
その光とともに痛みが引いていく。
『ソラよ、それが神法キュアなのじゃ!』