ロッテ 8話
婚約を承知してから、リーズロッテの元には毎日贈り物が届くようになった。それは華美なものではなく、大抵が花束であり、時々人気の菓子や紅茶の茶葉などだ。
花の中には昔シャルと散歩したときに見た野花のようなものも混じっていて、リーズロッテはその時の事を思い出して懐かしく感じた。
しかし、その日はいつもと違っていた。いつものように届いた花束の横にベロアの赤い箱を見つけたとき、リーズロッテはとても嫌な予感がした。しかし、もう届けられているのだから送り返すわけにもいかない。そもそも、自分は贈り主が誰なのかすらまだ知らないのだ。
リーズロッテて恐る恐るその箱を開けて中を覗くと、すぐにバシッと閉めて箱ごと机の脇に寄せた。
「ロッテ様、どうなさいました?」
リーズロッテの様子がおかしいことに気付いた侍女のステラは不思議そうにリーズロッテを見つめた。
「信じられないくらい豪華なアクセサリーがチラッと見えたわ。本当に信じられないくらいに、よ?」
リーズロッテは眉間の皺を伸ばすように指の甲でぐりぐりと押した。侍女のステラはリーズロッテとベロアの箱を交互に見つめていたが、「失礼します。」と言ってその箱を開けた。
「まあ!素晴らしいですわ!!」
赤いベロアの箱の中にはブルーサファイアとダイヤモンドのネックレスと耳飾り、髪飾りのセットが入っていた。大粒のサファイアの周囲をダイヤモンドが埋め尽くしており、ちょっとした屋敷ならば丸ごと買えそうな程の品物だ。
きっと自分の婚約者はお金が腐るほどある年寄り貴族なのだとリーズロッテは勝手に予想した。
「ロッテ様。お手紙が入ってます。」
宝石箱を見つめていたステラは箱の蓋の裏側に付いている品質保証書に便箋が挟まっているのを見つけた。リーズロッテは首をかしげたが、それを受け取るとペーパーナイフで封を開けて中を確認した。
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愛しのロッテ
デビュタントは是非これを付けてきて欲しい。
ドレスもプレゼントしたいから、後日職人を君の屋敷に送ろう。
君との再会が待ちきれないよ。
愛をこめて 君のシャル
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リーズロッテはそれを見た瞬間、部屋を飛び出した。忘れる筈も無い、力無くも美しいシャルの字だった。
礼儀作法など忘れて走ってお父さまの執務室に向かった。そしてノックもせずに勢いよく扉を開けた。
お父さまは突然の娘の乱入に目を丸くしていたが、リーズロッテはそんなことは構わずにお父さまに詰め寄った。
「お父さま!私の婚約者は誰なのです!?」
「だから、それはあちらの意向でまだ言えないと言っただろう?」
お父さまはリーズロッテに有無を言わせないように、不愉快そうに眉間に皺を寄せた。しかし、リーズロッテは尚も食い付いた。
「では、『Yes』か『No』だけで結構です。私の婚約者の名前は『シャル』ですか?教えて下さい!」
「答えは『No』だ。これで満足かい?」
お父さまは無表情にそう言うと、「ロッテ。淑女が屋敷を走るなど言語道断だ。私は仕事中だから戻りなさい。」と諭してきた。リーズロッテは呆然として、何も言い返すことが出来なかった。
リーズロッテの婚約者は『シャル』ではない。
では、何故婚約者からの贈り物にシャルからの手紙が入っていたの?シャル、あなたは一体何者なの??
リーズロッテは色々な事がわからなくなった。
***
リーズロッテのデビュタントのドレスはそれはそれは素晴らしい仕上がりだった。それは王族のドレスも手掛ける高級服飾店に発注されたものだった。
極上のシルクを使った完全オーダーメイドの純白のドレスはまるでウエディングドレスのようであり、その胸元と耳元には件のブルーサファイアのアクセサリーが飾られた。
そして、美しく結い上げられたダークブラウンの髪にも、同じブルーサファイアの髪飾りが飾られた。
お兄さまにエスコートされて王宮の広間にリーズロッテが入ったとき、その場にいた誰もがリーズロッテに見惚れるほどだった。
「まあ、あの方はどなた?」
「可憐な花のようですわね。」
歩く度にまわりがこそこそと自分のことを話しているのが聞こえて、リーズロッテは緊張のあまり脚が震えそうになった。
その時、一際大きな響めきが聞こえてリーズロッテはそちらの方向を向いた。ゆっくりと近づいて来るのは長身で凛々しい美形の青年。一目で上質とわかるダークブラウンのフロックコートが憎らしいほど様になっていた。金糸のような美しい髪に吸い込まれそうな蒼い瞳。
「なんで?シャル・・・」
その青年はリーズロッテの前で立ち止まった。お兄様がリーズロッテを促してリーズロッテが一歩前にでると、彼はリーズロッテを取って指先にキスを贈った。
「ロッテ。私は約束しただろう?恥ずかしくない自分になって、君に会いに行くと。」
シャルはリーズロッテを見下ろすと柔らかく微笑んだ。身長は更に伸びて頭1つ以上違っていた。そして、その表情に2年前のあどけなさはもう無かった。
「貴族じゃないって言ってたわ。」
「ああ、貴族じゃない。でも、もうすぐ貴族になるよ。」
シャルが握ったままだったリーズロッテの手を強く握りぐいっと引っぱると、リーズロッテはバランスを崩してシャルの胸に抱き寄せられるような格好になった。まわりから女性達の黄色い悲鳴が上がった。
「可愛いロッテ。君には話さないといけないことが沢山ある。」
「ええ。わからない事だらけだわ。何が何だか・・・」
「そうだね。でもこれだけは先に言わせて。愛している。どうか私の妻になって。」
ずっと焦がれていた人のぬくもりに包まれながら頭上から囁くように落ちてきた言葉に、リーズロッテは目頭が熱くなるのを感じた。
次話からシャル視点に移ります。色々とネタばらししていきます。