ロッテ 6話
リーズロッテの友人のヴィアンヌ様には幼いときに決められた婚約者がおり、そのお相手はフィスラー候爵家の嫡男のドルエン様だった。フィスラー候爵家はこの国有数の由緒正しい名門貴族であり、ドルエン様のお母さまは現国王の妹君でもある。
そのドルエン様がスバル地区の治水事業に指揮官として赴任しているのだと聞いたとき、リーズロッテはいても立っても居られなくなってヴィアンヌ様から色々な事を根掘り葉掘り聞き出した。
ヴィアンヌ様によると、この度の治水事業には多くの貴族の子息達が指揮官として赴任しており、その最高指揮官は第三王子のシアルヴァン殿下が着任しているという。
この人事に多くの貴族は驚いたという。現国王陛下には4人の妃と8人の王子がいた。そして、国王の相続権は長兄が継ぐのでは無く、議会の指名制となっている。そのため、この国では古くから最近に至るまで自らの利権を巡って王子の暗殺という痛ましい事件が後を絶たない。
第一王子は謎の転落死を遂げ、第五王子は狩猟中の事故で亡くなった。
そして、件の第三王子は食事に毒を盛られて一月以上も生死を彷徨い、回復後は人間不信に陥り公式の場に全く姿を見せなくなった。
実は既に死んでいるのではないかと誠しやかに囁かれていたのだか、ここに来て突然の大事業での総指揮官への大抜擢である。
「ドルエン様からのお手紙には、現地は思った以上の被害で酷い状況だと書いてあったわ。」
いつものようにお昼を頂きながらお喋りしているとき、ヴィアンヌ様は手紙の内容を思い出したのか、美しい顔の眉間に皺を寄せた。
氾濫で水没した地域の作物や建物は完全に駄目になり、多くの漂着物でゴミの山になっているのを人力で片づけていると言う。
治水事業には多くの人手がかり出されている。指揮官をする貴族の子息に土木設計技師、監督に現場作業員、更には後方支援の人員。その規模は1000人以上にも及ぶ。
ヴィアンヌ様の婚約者であるドルエン様はシアルヴァン殿下の右腕としてそれらの指揮に当たっているそうだ。
「春から夏にかけては雨が多い時期でしょ。堤防が完成する前にまた氾濫がおきたりすると大惨事が起きる可能性があるから、寝る間を惜しんで施工していると書いてあったわ。」
リーズロッテはぎゅっと自分が胸元で指を組んで強く握り締めた。シャルはきっと、現場作業員として働いているのだ。大丈夫だろうか。無事だろうか。最後にシャルと会ってから、既に半年以上が経っている。心配でいても立っても居られなかった。
「あの、ヴィアンヌ様。ドルエン様は、今回の事業に従事する人間は全員把握できるのでしょうか?」
「彼は総指揮官の補佐役だから、名簿と編成表を見ればわかると思うわよ。どうしてそんなことを聞くの?」
「実は・・・、お慕いしている方がそこに居るはずなのです。無事で過ごしているかと思いまして。」
リーズロッテは今まで秘密にしていたシャルのことを話しながら、頬が赤く染まっていくのを感じた。
そんなリーズロッテはの言葉を聞いて一番驚いたのはアリス様だった。
「まあ、ロッテ!!あなたってばちっとも色恋沙汰に興味ないようなふりしてたのに、お慕いしている方がいらしたの?教えてくれないなんて、ひどいわ。それで、どこのどなたなの??」
アリス様は興奮気味に身を乗り出してリーズロッテに迫った。普段は白い肌が興奮で紅潮している。
「領地でよく会っていた人なのだけど、実は、貴族じゃないの。」
「貴族じゃない??」
「うん・・・」
リーズロッテは小さな声でおずおずと話すと、リーズロッテの言葉を聞いた友人たちに微妙な沈黙が流れた。当然である。通常、貴族のご令嬢はどの家の誰に嫁ぐかが非常に重要であり、多くの貴族令嬢にとって高位貴族に嫁ぐことは重大なミッションでもある。それが、年ごろになっても貴族でもない一介の男に現を抜かしているというのは考えられないことだ。
「あの、婚約はお父さまが許可する方としなきゃいけないのはわかっているわ!彼とは本当にただの友達なの。手も握ったことはないわ。ただ、無事なのかが心配なのよ。」
リーズロッテは友人たちにやましいことは何もないのだと必死に伝えた。リーズロッテとシャルは本当に一緒に散歩するだけの中で、手を握ったこともない。それが伝わったのか、ヴィアンヌ様がその沈黙を破った。
「なんという方なの?探せる保証はないけれど、手紙でドルエン様に聞いてみることはできるわ。」
「シャルっていうの。金糸の様なサラサラの髪に、海のように碧い瞳が素敵な人よ。貴族じゃないから、家名はないと思う。歳は私達より少しだけ上。」
「わかったわ。でも、1000人規模の人間が従事しているからドルエン様がそのシャルさんを知っている可能性は低いわよ?どこで働いているかと、何に従事しているかくらいはわかると思うわ。」
「ありがとう!それで十分だわ!!」
リーズロッテはヴィアンヌ様の言葉を聞いて目を輝かせた。久しぶりにシャルの近況がわかると思うと、天にも昇る心地だった。
***
きっと時間がかかるだろうと思っていたシャルの近況確認は、思いの外すぐに返事が来た。それは、リーズロッテが友人たちにシャルのことを打ち明けてから僅か3週間後のことだった。
「ロッテ、シャルさんの近況が分かったわ。偶然にも、ドルエン様のすぐ近くで任務にあたっているそうよ。現場作業ではなくて、日々の計画立案や全体管理などの指令業務にあたっていると言うことね。」
朝、女学校で顔を合わせたヴィアンヌ様にそう言われ、リーズロッテは舞い上がった。シャルが無事にいる。指令業務にあたっているということは、ドルエン様の配下で働いているということだろうか。どちらにしろ無事でよかったと思う。
「ありがとうございます!その、手紙を書いたら一緒に送っていただくことは出来ますか?」
「良いわよ。今回の手紙の返事を書くから一緒に同封しておくわ。書けたら私に渡してくれるかしら?」
「はい!!」
リーズロッテはすぐに手紙を書いた。あまり長いと大変な仕事に従事して疲れている彼に悪いかと思い、我慢して短くした。
そして、今まで作りためていた刺繍のうちで一番良い出来の馬の刺しゅう入りのハンカチにリラックス効果があるラベンダーの香を焚きしめて一緒に封筒に同封した。
忙しくしているシャルが少しでもリラックスする助けになればいいなと思った。
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親愛なるシャルへ
お元気ですか?私は王都で変わりなく過ごしています。
偶然にも友人のヴィアンヌ様の婚約者であるドルエン様があなたの上司だと知り、とても驚きました。
シャルのことをずっと心配していたので、無事が確認できて本当に嬉しいです。
こうしてお手紙を書くこともできて、自分の運の良さに感謝せずにはいられません。
ヴィアンヌ様に、この治水事業はとても大変なものだと聞きました。
そんな大事業に関わっているなんて、シャルは本当にすごいと思います。うまく言えないのだけど、尊敬しているわ。
くれぐれもケガをしないように気を付けてくださいね。
あと、また刺繍のハンカチを作ったのでよかったら使ってください。
私もしっかりとお勉強して立派な大人になれるように頑張りたいです。
あなたの友人 リーズロッテより
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