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ロッテとシャル  作者: 三沢ケイ
1 ロッテ
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ロッテ 5話

 リーズロッテとシャルが滝の近くの聖地に辿り着いたとき、大岩にはやっぱりトラがゴロンと横になって寝そべっていた。相変わらず縞々模様の長い尻尾をゆっくり振っているのも変わらない。


 「まぁ!ここは全然変わらないわ。景色も一緒だし、トラも一緒だわ。」


 「そうだね。ここは変わらない。でも君は数カ月で変わったよ。」


 シャルが微笑んで言った言葉にリーズロッテは首をかしげた。リーズロッテが変わった?何も変わっていないはずだ。


 「私が?何も変わって無いわ。」


 「変わったよ。蕾が咲いたように綺麗になった。元々可愛らしかったけど、今は『綺麗』の方が合うね。」


 リーズロッテはシャルの言葉を理解するとカァっと顔が赤く染まるのを感じた。背後に控える2人はしっかりと身の振り方をわきまえており、一言も発せずに完全に空気となっている。


 「シャ、シャルも変わったわ。前はそんな軽口叩いたりしなかった。」


 リーズロッテは照れを隠すためにシャルからそっぽを向いた。そして、ポケットをがさごそと探って、しまっておいたお手製刺繍入りのハンカチをグイッとシャルの胸に押し付けた。


 「これは?」


 「ハンカチよ。刺繍が見たいって言ってたじゃない。あげるわ。」


 そこまで言ってからリーズロッテはハッとした。もしかすると、シャルは社交辞令でリーズロッテの刺繍を見たいと言っただけかもしれない。それなのに、見せるどころか無理やり押し付けてしまった。

 恐る恐る、シャルの方を伺うと、シャルは刺繍を指でなぞりながら嬉しそうに微笑んでいた。


 「ありがとう。返せって言われてももう返さないよ。」


 嬉しそうにそう言うシャルを見てリーズロッテはホッとした。こんなに喜んでくれるなら、また今度、別の刺繍入りのものをプレゼントしようと思った。


 「スバル地区に行くときも絶対に持っていくよ。いつも大切に胸ポケットにしまっておく。」


 「スバル地区?」


 シャルの言葉を聞いて、リーズロッテは眉をひそめた。スバル地区とは、この国な東方に位置する地域の地名だ。スバル地区には大河か通っており、肥沃な土地には多くの作物が実る。一方、大河は暴れ川としても有名で、つい最近も大規模な氾濫が発生したと女学校の友人のヴィアンセ様から洩れ聞いた。


 「スバル地区に行くの?大規模氾濫の復興??」


 「よく知っているね。前に手紙で、僕が父親に認められる為の準備をしていることは話したよね。それで、僕は手柄を立てるためにスバル地区の復興支援に志願したんだ。」


 確かに復興支援には多くの人手が必要になるため、沢山の求人募集が出ている。その中でも、一番の目玉事業は治水工事だ。曲がりくねる大河を直線状にして河川氾濫を起こしにくくするという大工事が行われる事になっている。川沿いの地形を変えるという大工事は、この国では前代未聞の大規模な事業となるはずだ。


 「それって、凄く大変だし危ないんじゃないの?」


 「うん、そうだね。でも、僕は長いことここの土地にいて、ろくに何もせずに父親に甘えすぎた。そろそろ自立しないといけないんだ。」


 リーズロッテは無意識に自分のスカートのをぎゅっと握り締めた。治水工事は川の地形を変えていく作業のため、とても長い時間と労力がかかるし、何よりも川沿いの作業は危ない。恐らく何人もの怪我人も出るはずだ。


 「絶対に行くの?」


 「うん、行くよ。多分、事業自体は10年以上かかるだろう。僕も少なくとも最初の2年は戻って来ないつもりだ。」


 「2年も?ずいぶん長いのね。」


 「そうだね。でも、僕はどうしても自分の手で手に入れたいものが出来たんだ。だから行くよ。」


 シャルは柔らかく微笑んでいたが、その意志は固そうだった。2年も戻って来ないとなると、その間にリーズロッテは女学校を卒業するだろう。もし卒業前に婚約の申し込みがあれば結婚するし、結婚しなくとも高位の貴族の屋敷か王宮に行儀見習いの侍女として上がる。

 それは、シャルとはもうこうやって逢うことは出来なくなるかもしれないという事を示していた。


 「ロッテ、お願いだからそんな顔しないで。」


 困ったように眉尻を下げるシャルを見て、ロッテは自分が泣きそうになっていることに気づいた。この休暇が終わればもうシャルと逢えなくなるかもしれない。そのことに気持ちが引き裂かれるようだった。

 いつの間にかこぼれ落ちた涙をシャルが指で拭った。リーズロッテが落ち着くまでの間、シャルはずっとリーズロッテの背中を優しく撫でていてくれた。


 

 リーズロッテがラダルウィル子爵領にいる間、シャルは時間を見つけてはリーズロッテに会いに来てくれた。いつものような散歩だったり、お互い愛馬に乗って遠乗りしたり、ハイキングしたり。


 お父さまは不思議とその事に関して何も言っては来なかった。

 きっと自分がシャルに恋していることにお父さまとお母さまは気づいていた筈なのに、ただ静かに見守るだけだった。

 シャルはリーズロッテのお父さまにも、近々スバル地区に長期で行くことを伝えていた。だから、もしかしたら若い男女のひと夏の戯れだと大目に見てくれていたのかもしれない。


 「ねえ、ロッテ。僕は必ず君にまた会いに行くよ。もっと自信を持って誰に見せても恥ずかしくない自立した男になって会いに行く。だから、泣かないで。」


 リーズロッテが王都に帰る前日、シャルは目にいっぱいの涙を浮かべたリーズロッテにそう言った。そして、金細工の髪飾りをリーズロッテにプレゼントしてくれた。金細工で大振りな花が3輪あしらわれた精巧な髪飾りだ。


 「うん、凄く似合ってる。とても綺麗だ。」


 リーズロッテのダークブラウンの髪にそれを飾ったシャルは、満足そうに微笑んだ。

 そしてリーズロッテは再び王都に戻り、シャルはスバル地区へと旅立って行ったのだった。

 


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