ロッテ 3話
春になると、リーズロッテは王都にある女学校に通うために王都に行かなくてはならなかった。ちょうどタイミングよく3つ年上のお兄様も王立学校が卒業して王宮勤務を始めることになったので、リーズロッテはお兄様と何人かの侍女、使用人と伴にタウンハウスと呼ばれる王都にある別邸に移り住んだ。
リーズロッテはお転婆とは言っても一応は貴族の端くれのお嬢様で、世間知らずだし親元から離れて暮らすのも初めてだ。大好きなラダルウィル子爵領から離れる事もあり不安だらけだったが、お兄様が同じお屋敷に住んで下さることをとても心強いと思った。
女学校では同じ年頃の淑女達が一緒に入学した。文字や文章のスマートな書き方から、礼儀作法にお茶の入れ方、刺繍の仕方など、淑女に必要な一連の知識を2年間かけて習得する。
初めは全く乗り気でなかったリーズロッテだか、刺繍の授業は思いのほか彼女の性にあって面白かった。それに、アリス様やヴィアンヌ様、キャサリン様、アナベル様などの知っているお友達も居たことからそれなりに充実した日々だった。
友人達との会話は大抵がファッションのこと、美味しいスイーツのこと、そして恋の話だった。
リーズロッテには婚約者はいない。辺境の子爵家の娘な上に跡取りの兄がいて領地も爵位も継ぐことが無いリーズロッテを妻にするメリットは他の貴族達にはなにも無い。リーズロッテは社交パーティーが苦手で母親のお茶会についていくこともほぼ皆無だった。
そんなこともあり、リーズロッテへの婚約の申し入れは今のところ一件も無かった。
リーズロッテは、跡を継ぐことが無い辺境の子爵家の娘である自分の立場に、心底感謝したのだった。
ーーーーーー
親愛なる友人 シャルへ
若葉の萌える好季節となりましたが、如何お過ごしでしょうか?私は新しい生活に戸惑いながらも楽しく過ごしています。
女学校では、歴史や文学の勉強をしたり、礼儀作法などを学んでいます。どれも興味深いものばかりだけど、特に私は刺繍の授業が好きです。一針一針進めていくたびに形が出来上がっていくのが面白いわ。
初めての作品はハンカチにお花を刺繍しました。次はもう少し難しい作品に挑戦したいです。
昔から仲良しのアリスや、以前に社交シーズンに王都に来たときに知り合ってお付き合いのあるヴィアンヌ様にキャサリン様、アナベル様も同じクラスなのよ。お昼休みはいつも5人で楽しくお喋りしながら過ごしています。でも、やっぱり森も川も野原もないこちらは少し物足りないです。
シャルは最近は何をして過ごしていますか。今も聖地には行っているかしら?神様には会えた?
あ、待って!シャルだけ抜け駆けするなんて悔しいから、やっぱり会っていても教えてくれなくていいわ。あそこでトラがふてぶてしく寝そべっているところでも想像しておきます。
夏休みは領地の屋敷に滞在しようと思っています。また一緒に滝を見に行けるかしら?1回くらいは逢えたら嬉しいです。1回じゃ無くて2回でもいいし、3回でもいいわ。
それでは、季節の変わり目は体調を崩しやすいので、どうぞご自愛下さい。
あなたの友人 ロッテより
ーーーー
リーズロッテがシャルにお手紙を出してから一ヶ月もしないうちにシャルからの返事は来た。リーズロッテは返事が来たその日、屋敷の使用人からそれを受け取ると足早に螺旋階段を駆け上がり自分の部屋に入り、恐る恐るその封をペーパーナイフで開けた。
上質の厚紙にエンボス加工の施されたその紙には、力強くも美しい字が綴られていた。リーズロッテは部屋の窓際に置いてある椅子に座ってそれを読んだ。
ーーーー
親愛なるロッテへ
お手紙ありがとう。ずいぶんと形式ばった書き出しだったけど、学校で習ったのかな?君のことだから、習ったことを全部吸収しようと頑張っていることだと思います。
でも、僕らは秘密の時間を共有をする仲間なのだから、堅苦しい言い回しは必要ないよ。
学校を楽しんでいるようでよかったよ。君はいつも王都に行きたくないとぼやいていたから、少し心配していたんだ。この学校生活が君にとってかけがえのない時間になることを祈っています。
ロッテは刺繍が好きなんだね。今度会ったときに作品を見せておくれよ。きっと君は豪華な薔薇よりも野原に咲く小花を刺繍してそうな気がするのだけど、どうだろう?
僕は相変わらずこちらで穏やかな日々を過ごしているけれど、最近は父親に認めて貰うための準備をしているんだ。僕は事情があって父とは離れて暮らしていることは君も気付いていると思うけど、僕もいつまでもこのままじゃ居られないからね。
でも、ロッテがこちらに来るときまではここに居るようにするから安心して。滞在中は一緒にまた滝を見に行ったり、散歩に行こう。想像どおり、トラは相変わらず大岩を占領しているよ。
君の新生活が益々充実ものになることを祈って。
君の友人 シャルより
ーーーー
手紙を二度、三度読み返してからリーズロッテはその手紙を胸に抱えたままベットにゴロンと転がった。
今は六月だから、夏休みまではあと一ヶ月もある。今から楽しみでならない。シャルの流れるようなさらさらの髪と海のような透き通った碧色を思い浮かべると、不思議と気持ちがぽかぽかと暖かくなった。
しばらくリーズロッテはそのままベットにごろごろとしていたが、急にハッとしてもう一度手紙を読み返した。
大変だわ!私の刺繍を見せて欲しいって書いてある!!
リーズロッテは刺繍の授業は好きだが、好きであることと得意であることは全くの別物だ。下手ではないと思うが、上手いかと聞かれればあまり自信も無い。
でも、リーズロッテはシャルに自分の刺繍のハンカチをプレゼントしたいと思った。そうと決まればおちおちしてはいられない。リーズロッテはベットから起き上がると裁縫道具を取り出して、チクチクと刺繍の練習を始めたのだった。