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ロッテとシャル  作者: 三沢ケイ
1 ロッテ
2/21

ロッテ 2話

 ここは王都の貴族のタウンハウスが立ち並ぶ高級住宅街の一角。


 煌びやかに飾り立てたご令嬢たちがテーブルを囲んで話に花を咲かせている傍らで、リーズロッテはぼんやりと正面に座るご令嬢の髪の毛を観察していた。

 まだ成人前なのでそこまで華美な髪形はしていないはずなのに、彼女の頭上には頭の頂点から拳二つ分くらいの高さまでハニーブラウンの髪が天高く盛られていた。そして盛られた髪には更にお花やらアクセサリーやらが高く埋め込まれている。

 よくもこんなに凝った髪形にできるものだと彼女の髪の手入れをする侍女に感心してしまうと同時に、頭が重くなったりしないのかと余計な心配まで湧いてきてしまう。


 今日、リーズロッテは王都ですぐお隣にお屋敷があり家族ぐるみでお付き合いのあるウェースタ伯爵家のご令嬢であるアリス様のお茶会にお招きされていた。アリス様はリーズロッテと同じ歳で、小さな時から王都に来ると必ずお会いしていたのでこうして参加したわけだが、お茶会にはリーズロッテ以外にも3人のご令嬢が招待されていた。

 侯爵令嬢のヴィアンヌ様、件の凝りに凝った髪形を披露されている伯爵令嬢のキャサリン様、そしてリーズロッテと同じ子爵令嬢のアナベル様だ。


 「キャサリン様の髪型は素晴らしいですわね。どこの髪結い師なの?」


 キャサリン様はヴィアンヌ様に髪形を褒められると得意げに耳の上のあたりの髪に触れ、ふふっと笑った。

 

 「これはね、ナタリー王女の髪結い師の工房の方に頼んでやってもらったのよ。」


 「どおりで!すごく素敵だわ!!」


 キャサリン様の返事を聞いて他のご令嬢が次々と褒めたたえるので、リーズロッテもとりあえずその場の雰囲気に合わせて誉め言葉を贈っておいた。どうやらこの搭のように高く高く結い上げる髪形が今の王都の最先端ファッションであることに間違いはないらしい。

 ヴィアンヌ様もお母さまは夜会の時は頭いっこ分以上高く結い上げていると言っていた。リーズロッテにとって髪を結うのは侍女の仕事だったので、『髪結い師』なる職業があることも驚きだった。


 こんな髪型で森に入ったら髪の毛が蜘蛛の巣と枯葉だらけになりそうだ。もしかしたら虫たちに蜂に巣だと勘違いされるかもしれない。シャルが見たらなんていうだろう。そんなことを想像したら、なんだかとても愉快な気分になってきて、リーズロッテは思いのほか楽しいお茶会の時間を過ごすことが出来たのだった。


 お茶会が終わり、リーズロッテ以外のご令嬢が帰宅のため馬車に乗り込むのを見送った後、ホストをしていたアリス様がにっこりとしてリーズロッテの元にやってきた。


 「ロッテ。あなたってば毎年毎年それはつまらなそうにお茶会を過ごしていたのに、今日は楽しそうだったわね。少しは社交に興味が湧いたの?」


 「いええ。でも、キャサリン様の髪形で森に入ったらどうなるんだろうって想像したら今日のお茶会はすごく楽しかったわ。」

 

 アリス様はリーズロッテの返事を聞くとキョトンとした顔をした後に盛大に顔を顰めて見せた。


 「ロ・ツ・テ!!まだ森に行っているの?私達も来年には女学校に入学するし、あと3年もしたら社交界デビューするのよ?」


 「まだ3年もあるじゃない。」


 「3年しか、よ。先ほどのヴィアンヌ様とキャサリン様なんて、もう婚約者がいらっしゃるのよ?森なんかに行ってると知られたら男性にびっくりされてしまうわ。」


 「じゃあ、びっくりしない人と婚約することにする。」


 「もぉー!」


 「アリス??牛みたいになってるわよ?」


 「ロッテのせいでしょ!本当に綺麗なのに勿体ない!!」


 怖い顔で睨みつけられてリーズロッテは肩をすくめた。やっぱり女性が森になんてフラフラ行ったら、貴族の男性にははしたないと言われてしまうのだろうか。シャルだったら絶対そんなこと言わないのに。リーズロッテは無性にシャルに会いたくなった。


 この国の貴族女性は16歳になる年の社交シーズンに社交界デビューする。それは、もう一人前の淑女であるということを示すとともに、婚約者がいない場合は結婚相手探しも兼ねる。


 リーズロッテは正直言って全く気が進まなかった。それでもリーズロッテも一応は貴族の端くれ、実家より高位の家から婚約申し入れをされたら断ることは困難なのだ。

 いっそのこと、森好きの野サルのような女だと噂でも立って嫁の行先がなくなればいいのに。行き遅れれば平民の男性との結婚も許されるかもしれないとリーズロッテは思った。



***


 「でね、本当にこーんな高くまで髪を結っているのよ。」


 「へえ。それは凄いね。大した技術力だ。」


 リーズロッテが両腕を一杯にあげて髪の高さを指し示すと、シャルは感心したように頷いた。長い社交シーズンを終えると、リーズロッテは実家のあるラダルウィル子爵領へと戻ってきた。


 「髪のほかには楽しいことはあった?」


 「何も。みんな、デビュタントの時はどこのデザイナーのドレスが素敵だとか、どの家のだれがまだ婚約者がいないって話で盛り上がってばっかりいるのよ。適当に聞き流してたわ。」


 リーズロッテは思い出しただけでげんなりとしてしまった。侯爵家や伯爵家などの身分が高い子息、令嬢は幼い時に親が決めた婚約者がいることが多い。そんな中、まだ相手の決まっていない高位の爵位を持つ子息、令嬢は周りから虎視眈々と狙われているのだ。

 リーズロッテもまだ婚約者はいないが、あの血統証付きの獲物を狙う猛者たちの中で張り合う気には到底なれなかった。


 「え?もしかしてロッテはもうすぐデビュタントなの?」


 「いいえ、まだ3年あるわ。でも、もうすぐ王都の女学校に行くの。」


 「女学校か。こうしてロッテに会えなくなると寂しくなるな。卒業後は王宮かどこかの貴族の家に侍女で上がる予定?」


 「わからないけど、もし働き口があればそうなると思うわ。わたしもシャルとお出かけやお喋りできないのはさみしいよ。」


 リーズロッテは流れ落ちる滝の水しぶきを眺めながらフゥっとため息をついた。


 リーズロッテの様な貴族の娘で婚約者もいない令嬢は礼儀作法や家政全般を学ぶ女学校を出た後、1年から2年のあいだ王宮や高位の貴族の家で侍女として働くことが多い。そうすることで箔が付き、よりよい縁談がまとまる可能性が上がるのだ。


 はぁ。行きたくない・・・


 盛大なため息をついて項垂れるリーズロッテの横でシャルは何やら思案に耽っていたのだが、リーズロッテがそれに気づくことはなかった。


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