シャル 5話
リーズロッテのデビュタントの時に身に着けるシアルヴァンの衣装は彼女の髪と瞳の色に合わせてダークブラウンにした。金糸の刺繍が施されたそれはシアルヴァンの金髪とも相まって、誰もが見惚れるほどの仕上がりだった。
シアルヴァンは王族という立場のため、正式に婚約発表されていない今はまだリーズロッテをエスコートのために迎えに行くことが出来ない。大広間で愛想笑いを貼り付けて媚びを売る貴族達を適当にあしらいながらリーズロッテを待つ時間がどんなに長かったか、きっとリーズロッテは一生知ることは無いだろう。
シアルヴァンは長らく王都から離れていたが、それでも自分の評判くらい知っていた。毒で死にかけ、寝たきりの引き篭もり、王家の穀潰し、役立たず・・・どれを取っても酷いものばかりだった。
それが、寝たきりでも何でも無いばかりか、スバル地区の復興と治水事業で大きな成果をあげたとわかった途端にへらへらとして媚びを売り始める。目の前の人間達の腹黒さに反吐が出た。
兄上にエスコートされたリーズロッテが大広間に現れたとき、シアルヴァンはすぐに席を立った。想像以上に美しくなったリーズロッテの可憐な姿にまわりが何やら囁きあう、その中を真っ直ぐにリーズロッテの元へ向かった。
リーズロッテの美しい姿を自分のものだと見せ付けたかったし、彼女の瞳に自分以外の男を映したくない。そう思った。
リーズロッテはシアルヴァンに気付くと、瞳がこぼれ落ちそうなくらいに目を見開いた。
「なんで?シャル・・・」
それ以上は驚きの余りに言葉が続かないようだった。エスコート役をしていたラダルウィル子爵の嫡男は話を聞いていたようで、シアルヴァンが近付くとすぐに一歩下がり、リーズロッテに前に出るように促した。
シアルヴァンは放心状態のリーズロッテの手をとり、その指先にキスをした。白く滑らかで美しい手だった。
「ロッテ。私は約束しただろう?恥ずかしくない自分になって、君に会いに行くと。」
自分の背が伸びたせいなのだが、久しぶりに会うリーズロッテは美しい上に小さく華奢に見えて、守ってやりたいと思った。
「貴族じゃないって言ってたわ。」
「ああ、貴族じゃない。でも、もうすぐ貴族になるよ。」
リーズロッテの眉間に僅かに皺が寄った。嘘をつかれていたと思って怒っているのだろうか。
しかし、シアルヴァンは事実として貴族ではなく王族だ。なにも嘘はついていない。そして、近く公爵位を賜る予定だ。
シアルヴァンは握ったままだったリーズロッテの手を強く握りぐいっと引きよせた。リーズロッテはバランスを崩してシアルヴァンの胸に寄りかかってきた。まわりから女性達の黄色い悲鳴が上がったが、気にせずに彼女の腰を片腕でしっかりと抱き寄せた。
「可愛いロッテ。君には話さないといけないことが沢山ある。」
「ええ。わからない事だらけだわ。何が何だか・・・」
「そうだね。でもこれだけは先に言わせて。愛している。どうか私の妻になって。」
リーズロッテは息をのむと、何も言わずに肩を震わせた。泣いているようだった。ゆっくり話そうとシアルヴァンがリーズロッテを大広間からテラスに連れ出すと、今度は怒り始めた。これはシアルヴァンにとっても予想外だった。
「酷いわ、シャル。ずっと騙していたのね。本当は貴族だったなんて!」
「待って、ロッテ。私は貴族じゃないよ。」
泣き顔にふくれっ面で胸を叩いてくるリーズロッテはそれはそれで可愛いのだが、きちんと話しておかないと後々揉めそうだ。
「貴族じゃない?」
「ああ、私は貴族ではなく王族だ。シアルヴァン・ラ・トル・ガーディン。それが私の名だ。ロッテは『シアル』を『シャル』に聞き間違えたんだ。」
『ガーディン』はこの国の名、『ラ』は男、『トル』は三番目を意味する。つまり、この名前は『ガーディン国の第三王子のシアルヴァン』という意味になる。
リーズロッテは呆気にとられたような顔をしたあと、顔を真っ青にして狼狽え始めた。
「シアルヴァン第三王子殿下!!まぁ、私ったらなんて無礼な事を!申し訳ありませんっ。」
焦ってシアルヴァンから離れて頭を垂れようとしたしたリーズロッテをシアルヴァンは慌ててもう一度引き寄せた。
「ちょっと、ロッテ。話を聞いてくれ。私は第三王子であるとともに『君のシャル』でもあるんだ。ロッテには『シャル』と呼んで欲しい。」
「でも・・・」
「『でも』は無しだ。スバル地区に行くとき、私はどうしても手に入れたいものが出来たと言ったのを覚えている?あれはね、ロッテ。君が欲しかった。友人ではなく、愛人でもなく、妻として君が欲しかったんだ。」
リーズロッテは大きな目を見開いてシアルヴァンを見つめた。
「ロッテ。私は元々ラダルウィル子爵領に隠っていた王には向かない男だ。王位継承権を放棄して貴族に降位する。だから、私の妻になってくれないか?」
リーズロッテは息をのんだあと、またはらはらと泣き出した。シアルヴァンはその涙をそっと拭ってやった。
「ロッテを泣かせたい訳じゃないんだがな。私の横でずっと笑っていて欲しい。」
そのままゆるく抱き寄せるとリーズロッテはおずおずとその腕をシアルヴァンの背中に回してきた。
「はい。あなたをずっと慕っておりました。ずっと隣りに置いて下さいませ。」
死にかけた事も陰で嘲笑されて続けきた事も、この2年間の苦労も全てはこの幸せの為の布石だったのだ。そう思えるほど、湧き起こる歓喜にシアルヴァンは身を震わわせた。
次話から第三者視点の後日談となります。