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ロッテとシャル  作者: 三沢ケイ
2 シャル
12/21

シャル 4話

 リーズロッテからの手紙はドルエンの婚約者であるヴィアンヌ嬢からの手紙に同封されて定期的に届いた。手紙にはいつも何かしらが同封されており、それは例えば刺繍入りのハンカチであったり、押し花で作った栞であったりした。

 シアルヴァンはそれらを手にする度に、更に美しく成長したであろうリーズロッテを想像し、思いを馳せたのだった。


 治水事業は順調に進んでいた。一番の暴れポイントである川の急な曲線部は一年以上かけてなだらかな円弧にまで形を変えていた。まだ治すべきポイントは多数あるが、直近の一番の山場は超えたと言ってよかった。


 そのころになると泥にまみれた土地は豊かな畑へと姿を変え、スバル地区はのどかな田畑が広がる地区へと少しずつ変貌を遂げつつあった。

 そして、シアルヴァンが馬に乗り視察を行うと、領民達はシアルヴァンに感謝して歓声をあげて歓迎してきた。王族の落ち零れとして常に日陰で過ごしてきたシアルヴァンにとって、それは大きな歓びとなった。

 シアルヴァンはこの土地と領民達が好きだった。元々、リーズロッテを手に入れる為という不純な動機で始めた総指揮官だったが、今は純粋に彼らとこの土地のために尽力したいと思うようになっていた。

 リーズロッテからその手紙が届いたのは、そんな充実した日々を送っている頃だった。


 「まずいな。」


 「どうかされましたか?」


 リーズロッテからの手紙を握り潰して険しい表情のシアルヴァンを見て、ドルエンは何事がおきたのかと表情を険しくした。


 「ロッテが私から距離を置こうとしている。もうすぐ女学校を卒業してデビュタントらしいのだが、今までの感謝が綴られていた。」


 「まぁ、リーズロッテ嬢は殿下を平民だと思っているのでしょう?真っ当な判断ですよ。デビュタントが済めば嫌でも求婚者が現れる筈です。貴族令嬢が平民と駆け落ちなんてしたら、本人がいい笑いものになるだけで無く実家にも多大な迷惑がかかりますからね。」


 肩を竦めるように言ったドルエンに対し、シアルヴァンはぐっと拳を握りしめた。手紙は益々潰れてグシャリとなった。


 今のところ、リーズロッテへの求婚は子爵家や男爵家の子息ばかりでその全てをラダルウィル子爵がリーズロッテに知らせずに断っていると報告を受けていた。そして、リーズロッテに特定の男が居ないことも護衛騎士を使って確認済みだ。


 しかし、デビュタントが済み社交パーティーに定期的に参加するようになれば、彼女の美しさに心奪われる高位貴族が必ず現れるだろう。まだ正式に婚約していないシアルヴァンではリーズロッテを守り切れない可能性もあった。


 まだ志半ばだが、ある程度の成果はあげている。この辺で一度、父親に掛け合ってみる必要がありそうだ。


 シアルヴァンは手紙を乱暴にポケットに突っ込むと、父親である国王陛下に手紙を書きしたためた。数週間後に届いた陛下からの返事には、爵位をやるともやらないとも書かれておらず、一度報告を兼ねて王宮に戻ってこいとだけ書かれていた。



 かつて自分が生まれ育った場所であるにも関わらず、シアルヴァンは王宮が苦手だった。

 豪華なシャンデリアに鏡のように磨かれた明るいの石張りの床、至る所に精巧な彫刻が施され金箔があしらわれている。たしかに客観的にみれば美しい建物だとは思う。しかし、それ以上にシアルヴァンにとっての王宮とは人々の野心と陰謀の渦巻く負の巣窟のような場所だった。


 2年ぶりに会う父親は髪に白いものがだいぶ増えていた。謁見室ではなくプライベートなスペースに呼び出された為、シアルヴァンは国王の私室へと向かった。父親は部屋を訪ねてきたシアルヴァンを見ると、その碧い双眸を柔らかに細めた。


 かつて、シアルヴァンは父親の事を一切の感情を持たない冷淡な人間と思っていた。しかし、自分が成長するに従い父親は国王という立場故に感情を表さないだけで、親として自分を心配してくれていることを理解してきていた。

 なによりも、どうでも良い王子と掃きすてていたならばシアルヴァンをあの子爵領などに送らずに王宮の外れに放置したはずだし、治水事業の総指揮官にもしなかった筈だ。


 「話はわかったが、公爵位をやるにはまだ業績が少ないぞ?」


 シアルヴァンが爵位が欲しい理由を一部始終話すと、父親は頬杖を付きながらじっとその双眸でシアルヴァンを見つめた。


 「承知の上でお願いに参りました。この事業は必ず最後までやり遂げると天に誓います。前借りになることは承知の上でのお願いです。」


 「この事業を最後までやれば、国王への道も開けるかもしれぬ。その機会をみすみす捨てるか?」


 「お戯れを。私は暗殺されかけて王宮から逃げ出した。王の器ではありません。」


 父親はそれを聞くと、シアルヴァンを探るような目をしてニヤッと笑った。


 「余は別にお主が王に向かぬとは思わぬがな?」


 「しかし、王宮から逃げ出したのは事実です。そのような話が出れば多くの批判が集まるでしょう。」


 シアルヴァンは自身の周囲からの評価をよく判っていた。いくらこの事業で成果をあげたとしても、それ以前の評価が最低なのだから一部からの反対や批判は免れない。

 シアルヴァンが決意を示すためにしっかりと見つめ返すと、父親は口の端をゆっくりとあげた。


 「なかなか良い目をしておる。お前の領地はスバル地区としよう。授与は一年後だ。それまでに更に事業を進め、何年かかろうとも必ず最後までやり遂げよ。この一年の働きぶりが悪ければ話は無しだ。よいな?」


 「必ずご期待に沿って見せます。」


 父親はシアルヴァンの返事を聞くと嬉しそうにハッハッハと声をあげて笑った。父親が自分と話していてこんなに楽しそうに笑ったのは初めてだった。その時、シアルヴァンは何故か心が満たされるような充足感を感じた。

 そして、ようやくリーズロッテに正々堂々求婚出来る。そう思った。

 帰り際に通った王宮の廊下でシアルヴァンは初めて、この王宮はとても美しい建築物だと感じることが出来た。


 シアルヴァンは仕事の為にすぐにスバル地区に戻る必要があったが、その足でリーズロッテのタウンハウスに向かった。リーズロッテに全てを打ち明けて求婚するするつもりだったのだ。

 しかし、生憎リーズロッテは友人宅のお茶会に向かった直後で不在だった。そのため、シアルヴァンはラダルウィル子爵に直接、リーズロッテを貰い受けたいと伝えた。


 「承知いたしました。ただ、殿下からの突然の求婚にあれは困惑するでしょう。私から真実を話しても?」


 ラダルウィル子爵にそう言われ、シアルヴァンはハッとした。リーズロッテの中では『シアルヴァン』は全く知らない王族であり、『シャル』は平民なのだ。確かに、きちんと説明する必要がある。


 「いや。私が直接、彼女に全てを話そう。本当の名も直接告げたい。既に父上には話してある故、デビュタントの日に彼女を直接紹介して婚約を発表したい。」


 「殿下の御心のままに。」


 ラダルウィル子爵は恭しく頭を垂れた。

 しかし、そうは言ってもシアルヴァンには時間が無い。リーズロッテのデビュタントには必ず戻ると誓い、愛しい人には会えずにスバル地区へととんぼ返りしたのだった。

 ラダルウィル子爵からは、リーズロッテには先方の都合で名前は明かせないと伝えてあると手紙を貰った。

 

 その日以降、シアルヴァンは自分の護衛騎士の一人であり、今は王都に居るアダムに依頼してリーズロッテに贈り物を贈るようにした。

 品物の選定は距離的な問題で直接出来ないのでアダムに任せきりだったが、一つだけシアルヴァンが自ら選んだものがあった。リーズロッテがデビュタントで身につけるアクセサリーだ。


 直接色々と見ることが出来ないので、シアルヴァンは宝石商にデザイン画を王都から送らせて、その中から特に気に入った何点かをスバル地区まで持ってこさせた。そして、一番気に入ったブルーサファイアのアクセサリーを彼女に選んだ。


 自分の瞳に似た色のこのアクセサリーをリーズロッテが身につけている姿を想像すると心が躍った。そして、ついに我慢が出来なくなったシアルヴァンは『シャル』の名前で彼女に手紙を書いてその宝石箱に忍ばせた。



 ーーーーー


愛しのロッテ


デビュタントは是非これを付けてきて欲しい。

ドレスもプレゼントしたいから、後日職人を君の屋敷に送ろう。

君との再会が待ちきれないよ。


愛をこめて 君のシャル


 ーーーーー


 ああ、可愛いロッテ。もうすぐ君が私のものになる。その日が待ちきれない。


 シアルヴァンはもう一度サファイアのアクセサリーを見つめ、これを身につけたリーズロッテと煌びやかな夜会会場でダンスを踊る日を思い描いた。


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