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ロッテとシャル  作者: 三沢ケイ
2 シャル
10/21

シャル 2話

 ラダルウィル子爵領での生活は、王宮暮らしとは比べものにならないほど穏やかなものだった。


 小鳥のさえずりで目を覚まし、家庭教師達による指導で勉強をみっちりとやり、終わればリーズロッテと一緒に野や山に散歩に行ったりして過ごした。夜になれば本を嗜み、日によってはアダムを始めとする護衛騎士に剣の相手をさせて自慢の剣に磨きをかける。そんな毎日だ。

 

 リーズロッテは決してシアルヴァンを王子として扱わない。リーズロッテはそもそもシアルヴァンが王子であることを知らないのだから当然と言えはば当然だが、シアルヴァンにとってそれはとても新鮮で心地よいものだった。


 ある時期から、リーズロッテは屋敷の者に山や野に行くことを止められるので抜けるのが難しいとぼやくようになった。確かにリーズロッテもいつまでも子供では無い。屋敷の者にしたら、いつまでもお嬢様が山や野にフラフラ行くのは止めずには居られないだろう。

 それに、シアルヴァン自身も家庭教師がくる時間に抜け出そうとしてアダムに連れ戻されることが時々あった。


 それからは、リーズロッテとシアルヴァンのお忍びのお散歩は早朝になった。時間はどうしても短くなるが、秘密を共有しているようで胸がこそばゆくもあった。護衛のアダムとロッテの侍女がいつも後ろからこっそりと付いて来ていたが、これが彼らの任務なのでほっておいた。こんな日がずっと続けば良いと思っていた。


 そんなある日、社交シーズンが終わり王都から戻ってきたリーズロッテが王都での話をしながら『デビュタント』の話を口にしたのを聞いて、シアルヴァンは心臓が止まるのでは無いかと思うくらいに焦った。


 デビュタントを終えた貴族令嬢は、社交界に参加するようになる。なにも爵位をもたらさないとしても、愛らしいリーズロッテに男共が群がるのは火を見るより明らかだ。

 彼女が他の男のものになり、自分の目の前から居なくなる。そんなことは耐えられない。シアルヴァンがリーズロッテに恋していると自覚した瞬間だった。


 屋敷に戻るとシアルヴァンは早速、執事のバロンに相談した。


 「ラダルウィル子爵の令嬢のリーズロッテと婚約したい。」


 「ふむ。それは難しいでしょうな。」


 バロンの反応はシアルヴァンにとって予想外のものだった。いつもシアルヴァンの意志を尊重するバロンが、元々細い目を益々細めて少し考えてからシアルヴァンの希望を否定したのだ。シアルヴァンは怒りで目の前が真っ赤になった。


 「難しいだと??なぜだ?!」


 「殿下、落ち着いて下さい。殿下は王位継承権のある第三王子、対するリーズロッテ嬢は辺境の子爵令嬢です。いくら愛らしい眉目をしていても身分の釣り合いが取れません。リーズロッテ嬢を愛人にしたいわけでは無いのでしょう?」


 「当たり前だ!彼女は妻にする!」


 「ならば、今の状態では困難ですね。」


 確かにバロンの言うとおりだった。リーズロッテは子爵令嬢であり、自分は第三王子として王位継承権がまだある。リーズロッテを自分の妻にする最も簡単な方法はどこかの公爵か侯爵家と養子縁組することだ。

 しかし、そうなればリーズロッテは養子縁組した先に預けられて、万が一にも将来の国母となっても恥ずかしくないようにみっちりと教育を施されることになる。

 そんなことをしたら今まで傍で見てきた彼女がどう感じるのか。それを思うとこの計画は無理だと思った。


 次に考えられる案は、シアルヴァンが王位継承権を放棄して王族から貴族に降位することだった。

 元々、シアルヴァンは王位など全く興味が無かった。寧ろ、我が子が今度は命の危険に曝されるのかと思うと嫌悪の対象ですらあったため、この考えの方がすんなりと腑に落ちた。

 貴族に降位するのは、通常は公爵家、侯爵家、または伯爵家の嫡男の居ない家の娘に婿入りすることだ。しかし、それではリーズロッテを妻には出来ない。リーズロッテを正式に受け入れるためには、シアルヴァン自身が国王陛下から爵位を賜る必要があった。

 その為には何らかの業績が必要だ。国王がむやみに息子達に爵位を与えることは公爵家の乱立に繋がり国の混乱をもたらす。そのため、公爵位を賜るためには何らかの業績が無ければならないのだ。

 よくあるのは戦争での功績だが、今は平和な世の中だ。どうすればいいかと考え込んでいると、バロンが独り言のように呟いた言葉がふと耳に止まった。


 「おや、雨が降り始めましたな。恵の雨とは言いますが、降りすぎるのも考えものです。毎年氾濫を繰り返すスバル地区の治水事業が次の雨の季節が終わるといよいよ始まります。難事業で、現地に赴く総指揮官選びは非常に難航しているとか。」


 ハッとした。これに立候補してうまく事業を成功させれば、父親である国王陛下に認められて爵位が貰えるかもしれない。それに、シアルヴァンはそろそろ17歳で国のために働き始めなければならない歳だ。

 シアルヴァンは、すぐにスバル地区の事業参加への立候補を決めた。


 「バロン、恩に着る。」


 「いえ、私はなにも。年寄りの独り言です。」


 バロンは口の端をゆっくりと上げて一礼すると、廊下へ下がっていった。


 そうと決まればシアルヴァンの行動は早かった。

 まず、国王陛下に手紙を書き、そろそろ自分も王族の一員として役割を果たすためにスバル地区の治水事業に行かせて欲しいと志願した。そして、ラダルウィル子爵にはリーズロッテ不在の時に直接会いに行った。


 「リーズロッテ嬢を妻にしたい。」


 そう切り出したとき、ラダルウィル子爵は明らかに困惑していた。ラダルウィル子爵も、今の状態ではリーズロッテがシアルヴァンの妻になるのは難しいとわかっているのだろう。


 「今度の雨季が終われば、スバル地区の治水事業が始まる。それで業績をあげれば上手くすると爵位を賜れる。リーズロッテ嬢を愛人ではなく正妻にしたい。」


 その言葉を聞いたラダルウィル子爵はシアルヴァンの本気の度合いを見極めたのか、眩しそうにシアルヴァンを見た。


 「あれはおそらく貴方様を慕っております。」


 「知っている。」


 「未だに貴方様を平民だと思っているような、世間に疎い娘です。王都のドロドロした社交界ではひとたまりも無いでしょう。」


 「私が全力で守ると誓う。だから、彼女に婚約申し込みが来ても決して受けないで欲しい。必ず迎えにくる。」


 「あまり長くは待てませんぞ?私もあれが可愛いのです。行き遅れと嘲笑される立場にはしたくありません。」


 「肝に銘じよう。」 


 そうして、シアルヴァンは少しずつ外濠を埋める準備を進めていった。

 王都の女学校に行ったリーズロッテは頻繁に手紙をくれた。学校での楽しい様子が書かれているのと同時に、自分と会いたいと書いてあるのをみて心が躍った。必ずリーズロッテを手に入れる地位を得る。シアルヴァンの決意は益々固くなった。



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