ロッテ 1話
新連載です。
ロッテ視点から。よろしくお願いします(^^)
リーズロッテは子爵家に生まれた快活な娘だった。家族は優しい両親に3つ年上のお兄様が一人の4人家族。
広くも狭くもない屋敷にはリーズロッテの家族の他には昔からリーズロッテの実家であるラダルウィル子爵家に仕えている執事のジェームズとメイドのノエル、あとは数人の使用人が居るだけだ。
リーズロッテの父であるラダルウィル子爵は爵位は高くないものの、古くからこの国に仕えてきた由緒正しい子爵家の直属血統であり、王室からの信頼も厚い。そんなラダルウィル子爵家の領地は多くの子爵家がそうであるように王都からは遠く離れた辺境の地にあり、さほど広くも無かった。
ただ、ラダルウィル子爵家の領地が他と一味違うのは、その領地に数多くの神話の聖地が在ることだった。この世界には数多の神々が存在するという言い伝えがある。そして、その姿は逞しく美しい男から、獣や蛇の姿をしたものまで様々だとされている。神々は普段は天界で暮らしていて、気まぐれにこの世界に降り立つ。その時、神々が降り立つ場所とされているのが聖地だった。
聖地は世界の各地に散らばって存在するが、中でもラダルウィル子爵領は群を抜いて多かった。リーズロッテは、お母さまからそんな神々の神話を聞くのが大好きだった。
「ねえ、お母さま。聖地に行けばいつか神様に会える?」
「どうかしら?神様は気まぐれで、いつもいらっしゃるとは限らないのよ。お母さまも、そのまたお母さまも一度もお会いしたことは無いわ。」
「恥ずかしがり屋なのかしら?」
「神様の姿は誰も知らないの。どれも本当で、どれも嘘なの。見る人が気付くかどうかなのよ。」
リーズロッテにはお母さまが言ったことがよくわからなかった。どれも本当で、どれも嘘?お母さまを見上げてその淡いグリーンの瞳と目が合うと、お母さまはにっこりと微笑んだ。
「もう寝なさい。可愛いロッテ。明日は王都に出発するわ。」
「王都はつまらないから嫌いだわ。山も野原も川も無いんだもの。」
リーズロッテは頬を膨らませて口を尖らせた。
毎年、社交シーズンになると領地を離れて王都に家族で移動するのだか、それはリーズロッテにとって酷く退屈なものだった。
王都には森のある山も、花の咲く野原も、せせらぎが心地よい川もない。あるのは人工的の建物ばかり。リーズロッテの年頃の女の子の遊びと言えば、よその貴族のご令嬢とお人形でお姫様ごっこをするか、お茶会と称してお喋りをするのだけど、いつもすぐに飽きてしまう。なのに、お庭で遊ぼうとするとお友達のご令嬢達や侍女から「はしたない」と止められてしまうのだ。
「まぁ、ロッテ。淑女は山や野原や川にはあまり行かないものよ。」
「じゃあ私はシュクジョにはならないわ。」
お母さまはリーズロッテの返事を聞くと、目をまんまるに見開いた。そして、口を手で覆うとクスクスと笑い出した。
「ロッテはお転婆ね。そこが可愛いらしくもあるのだけど。お母さまはあなたの将来の旦那様には頭が上がらなくなりそうだわ。」
お母さまはリーズロッテをベットに寝かせると、「お休み、可愛い子」と言って頬にキスを落とした。リーズロッテは間もなく、スヤスヤと寝息をたて始める。
そんな日の繰り返しが小さなリーズロッテの毎日だった。
***
その日、リーズロッテはまだ空が白み始めたばかりの早朝からごそごそと起き始めた。慣れた手つきで寝間着を脱ぎ捨てると愛用のシンプルなドレスに着替えて、そっと部屋を抜け出した。
朝早いラダルウィル子爵邸はまだ誰も活動を始めておらず、廊下はシーンと静まり返っていた。その静寂の中をリーズロッテは裸足で足音をたてないようにしてそっと足早に走り抜ける。そのまま屋敷を抜け出して、向かった先の木の下には先客がいた。
「やぁ、ロッテ。おはよう。気分はどう?」
「おはよう、シャル。気分は最低よ。今日から王都に行くのよ。」
シャルは、4年程前にリーズロッテが屋敷を抜け出して聖地を訪れた時にたまたま出会った少年で、今はロッテのお友達だ。いつもお兄様と遊んでいたロッテは、お兄様が全寮制の王立学校に通い始めると一人ぼっちで遊ぶようになった。シャルとはそんなある日、偶然出会ったのだ。
4年前のその日、お屋敷をこっそり抜け出したロッテはお屋敷から一番近い聖地に一人で向かっていた。神様がいるかもしれないと思ったからだ。
しかし、結果は空振りだった。その聖地は数メートルの滝のふもとの川沿いの大岩であり、その大岩はリーズロッテが大の字になって寝転んでもまだ余るぐらいの大きさがある。
「はあ、今日もダメか。」
「何がダメなの?」
一人だと思って気を抜いていたら突然頭の上からひょいっと現れた少年に顔を見下ろされて、リーズロッテは飛び上がるほど驚いた。身なりの良さそうな上質の衣服に、金糸のような髪と海の様な深い碧の瞳。すべてのパーツが彫刻のように整った容姿。一目で只者ではないと思ったロッテはやっと神様が現れたのかもと浮かれたが、話せば普通の少年だった。
それ以来、リーズロッテとシャルはお互いこっそり抜け出して一緒に聖地に行ってお喋りしたり、森や川の散策をしたりして一緒に遊んでいた。そして、その時間は屋敷の人の監視が最も手薄になる早朝が多かった。
シャルは初めて会った時とてもよさそうな服を着ていたし、身のこなしもとてもスマートだった。それに、教育もしっかりと受けているように見えた。だから、シャルは貴族なのかと思ってロッテが聞けば、シャルは「違う」と言った。
それで、ロッテは勝手にシャルのことを何らかの事情があってこんな辺境の地に預けられている大富豪の隠し子だと思っている。
シャルは昼間だと自分も屋敷の使用人の目があって抜け出すのに時々失敗するといっていたのも、ロッテの予想と合致した。きっとシャルのお父さまはシャルが自分の本妻に見付かるのを恐れて隠しているのだわ、とリーズロッテは思った。
リーズロッテはシャルの住むお屋敷とシャルの事をお父さまに聞いてみたこともある。けれど、お父さまは曖昧に首を振って何も答えなかった。だから、シャルはリーズロッテにとってはとても不思議な少年だ。でも、お父さまにもシャルと会うことは特に止められなかったし、悪いことをしている家でないことは確かだと思う。
「行こうか。」
「うん。今日こそ居るかしら?」
「うーん、どうだろうね。」
二人でならんで向かった滝のふもとの大岩には、今日も一匹のトラ猫がうたた寝をしていた。茶色いシマの尻尾をゆらりゆらりと揺らしていい気なものである。
「今日もトラしかいないわ。」
「意外とトラが神様かもよ?」
リーズロッテが落胆するとシャルはしゃがんでリーズロッテを覗き込んで微笑んだ。トラとはよくここで寝ているトラ猫にリーズロッテが付けた名前だ。
「トラが神様?うーん、そうなのかしら?じゃあ、トラは私の願い事聞いてくれるのかな?」
「ロッテの願い事?何??」
「王都に行かなくて済みますようにってお願いするわ。」
リーズロッテの願い事を聞くとシャルは目を見開き、お腹を抱えて大笑いした。笑いすぎてうっすらと目に涙を浮かべている。リーズロッテは大笑いされてなんだか急激に恥ずかしくなった。
「なによ!王都は本当につまらないのよ?山も川も野原もないのよ。それにシャルもいない。」
「いや、ごめん。ロッテらしいお願いだね。ところで、そこに僕は入れてもらえるんだ?」
「もちろんよ。シャルは私と秘密の時間を共有する大切なお友達だもの!」
シャルは隣にいるリーズロッテを見下ろして嬉しそうに微笑んだ。シャルが笑ってくれるとなんだか嬉しくて、リーズロッテは夢中でお喋りした。それに、今日が終わればしばらくの間は王都に滞在するのでシャルには会えなくなる。
いつもお喋りするのはリーズロッテで、シャルはそれを微笑みながら聞いてくれた。リーズロッテのお喋りが煩さかったのか、いつの間にかトラはのっそりと起きだして尻尾を振りながらゆっくりと岩から降りて森へと消えていった。