第4部~零が猫化しました。~
「…………ぐぬぬ…………クイーンのツーペア !!」
「残念だったな、零…………フルハウスー !!はい俺の勝ちー !約束通り、言う事一つなんでも聞いてもらうかんな !」
「うわぁぁ…………素直にばば抜きにしとけば良かった…………なんでポーカーにしたんだろ…………バカだなぁ、僕。」
「お前にちゃんと言ったじゃん。『ばば抜きじゃなくて大丈夫か ?』って、そしたら、お前ムキになって『大丈夫 !絶対勝つから !』とか言うから、いざやってみると、ルールもロクに知らn…………」
「これ以上言っちゃいけない。僕の精神にクリティカルで3万ダメージ入る。」
日向がさんさんと降り注ぐ物置部屋の中で、カムルと零はポーカーをして、負けた者が勝った者の命令を1つ必ず聞く。という賭けをしていた。
ポーカーからばば抜きにしてやるという、カムルの情けが気に入らなく、ムキになってポーカーで勝負に挑んだ零だが、実のところそれをやった事は一回しかなく、ロクにルールも知らない状態で挑み、ポーカー好きのカムルにボコボコにされる始末である。
「さぁ~て、何を命令しようかなぁ~ ?」
「で、できれば現実的な範囲で…………」
零の一言を聞いたカムルは、ニヤニヤ笑いながら、あえて焦らした。零はソワソワしながら命令を待った。まさか明日1日中メイドの格好でいてもらう。だとしたら全力で逃走する気でいたのだが、カムルが決めたのは、思ったより現実的な命令だった。
「決めた !“1日、猫妖精”でいてもらう !!それでいいな !!」
「うぬぬ…………仕方ないか…………分かった。」
カムルの命令を、零は内心ホッとしながら引き受けた。
ちなみに、猫妖精は人間よりも聴力、嗅覚、筋肉量、身体能力が優れているが、尻尾を握られると途端に力が抜けてしまうという弱点がある。
夜になり、床に就くため自室に帰った零は、少し大きめの白のハーフパンツと、薄い生地で出来た紺のロングTシャツを着ると、部屋の鍵をかけ、ベッドに座るとメニュー画面を開き、種族設定という項目をタップする。すると、現時点で解放可能な種族が出てきて、その中の獣人を選択し、猫妖精の欄をタップした後、見たくないとでも言うようにすぐに寝てしまった。
翌日。皆が零には内緒で早く起き、テレビを見ながら待ち構えていると、階段を降りてきたのは、白い髪の間から猫耳をピョンと生やし、白い尻尾をフリフリさせる零の姿だった。その頬は恥ずかしさから赤く火照り、部屋着の裾をちょくちょくいじっている。
「おぁよ…………これで、いいかな…………」
(ん”んっ !!!!!!)
(か、かわいい…………)
「零、かわいい !撫でてもいい !?」
「べ、別にいいけど…………どうぞ。リリス。」
ソファーから床に移動し、腰を下ろしたリリスの前に、猫妖精の格好の零がちょこんと座る。
「零~。よしよし。」
「ん…………フフッ。リリス、耳はヤダ。くすぐったい。」
「ん~ ?じゃあ、これ ?…………はむ。」
いきなり耳に甘噛みされ、零の体と声が跳ね上がる。
「ヒャゥ !!!!リリス、や、やめぇ !」
「フフフ、零、じゃあ喉撫でてみてもいい ?」
「お、俺も撫でたい。」「わ……私も…………」
カムルとセレーネが恐る恐る手を上げると、珍しくリリスは零をヒシっと抱きしめたまま離さない。抱きしめられた零はリリスの胸に思い切り顔を突っ込むハメになった。
「ヤダ、猫ちゃんは私のだもん。」
(あれ ?もしかして僕完璧に猫ちゃん扱いされてる説 ?)
リリスの言葉に疑問を持ちながら、着物越しに伝わる暖かく柔らかい感触がなんなのかは、考えないようにした。
「えぇー、1回でいいからさぁ、お願い ?」
「頼む !このとーり!」
二人が必死に頼んだところ、渋々だが了承してくれた。
「…………1回だけね。」
「「ありがとう !!」」
カムルの指が零の喉をくすぐる。違う感触が喉に這いより、零はくすぐったそうに体を震わす。
「あれ ?猫って喉撫でられるの良かったんじゃなかったか ?」
「カムルの撫で方、少し力入れすぎ。こんなんだったら猫にとってはストレスになりかねないよ。」
猫妖精の姿の零に言われると、何故か説得力があり、カムルは何も言えなかった。
「次は、私の番ね。じゃあ………………尻尾触っちゃえ !」
セレーネが尻尾を軽く握ると、零の体内という体内から力が抜け、脱力感溢れる声と共にカーペットが敷かれた床にヘニャ、と横たわる。
「ふやあああ……………………」
「えっ !?猫妖精ってこんな弱点あったの !?」
「そうだぞ ?知らなかったんか ?」
「零~、起きて~。」
「ふにゃにゃ…………力、入んないよぉぉ………………」
(また、甘噛みしちゃお…………。)
「はむ。ん~。あ~むっ。んむんむ…………」
「うあっ…………ああうっ、ウヒャ !にゃーッ !」
もはやリリスまでもが猫に見えてくるほど、零の猫耳を甘噛みする。零に至っては、体中を駆け巡るほどのくすぐったさが何度も押し寄せ、それがうわずった声になって出ていく。カムル達から見ると、零の上にリリスが乗っかり、零の耳を甘噛みしている光景が伺えた。
「アハハ…………零、か~わいっ。あむっ。」
「も、もう…………やめてぇ、リリスぅぅ………………んああっ !」
(この光景、年齢制限必要じゃね ?)
(もう、リリスも猫ちゃんね…………。じゃれてるようにしか見えないわ。)
「アハハ、楽し~。」
「全然…………楽しく、ないん、だけど…………ハァ、ハァ…………あーあ、耳が濡れちゃった…………洗ってくるね。」
「ん。待ってるねー。」
階段を上がり、リビングを出たら、カムルの部屋とは逆の方向に歩く。トイレの前を通り過ぎ、女子二人合同の部屋の前を通り過ぎると、ちょーんと小さい洗面台が鎮座している。
「う~っ、冷たァ…………よしょ、よしょ………………OK。」
タオルでぽむぽむと耳についた水滴を落とし、リビングに戻る。
「私が喉撫でるの !」
「わ、私だって、喉撫でたいのよ !いいじゃない !」
「1回だけって、私ちゃんと言ったもん !」
「じゃあもう1回 !」
(いきなり何やってんの、二人とも。)
リビングに戻ってみると、困り顔のカムルの前で、リリスとセレーネが言い合いをしていた。どうやら、零の喉をセレーネが撫でたいと言ったら、1回だけという約束を破るという事でリリスが反対したらしい。
(う~む。女の子は難しい。)
「とにかく !1回だけって言ったから、ダメ !!」
マズイ、ここでケンカをやられては困る。
そう感じて急いで階段を降り、二人のあいだに割って入る。
「リリス、セレーネにも撫でさせてあげて ?…………あ、そうだ。そうしないと、リリスにも撫でさせてあげないもーん。」
「えっ !…………むぅぅ…………いいよ、セレーネ、撫でても。その代わり、それ以降、零のところ撫でちゃダメ !」
リリスが納得したことに胸を撫で下ろす。その横で、セレーネが小声で感謝の言葉を述べる。
「………………ありがと、零。」
「大丈夫、ここでケンカをやられては困るからね。」
「じゃあ…………撫でても、いい ?」
「…………んっ。」
セレーネの細い指が、自分の肌を優しくくすぐる。少なくとも、カムルよりは気持ちいい。
「うん………その力具合だったら、気持ちいいかな。猫も喜びそうだよ。」
そう言われたセレーネの顔がパッと明るくなる。
「リリスも、撫でてみて ?もしかしたら、誰よりも気持ちいいかもしれないよ ?」
その言葉で機嫌を直したリリスは、零の近くにズイっと寄ると、喉をくすぐってくる。
(!?!!ヤバ…………すごく気持ちいい…………猫飼ってたのかな、リリス。)
カムルとセレーネとは違う、大雑把だけど繊細な指の動きが、零の神経を刺激する。気を抜いたら、寝てしまいそうなほど、リリスの喉撫では、気持ちが良かった。
「どお ?気持ちいい ?」
「うん…………すごく、気持ちいい…………リリス、猫飼ってたの ?」
「ううん。多分、ゲームキャラのスキルじゃないかな。動物が懐きやすくなる。ってスキルあったし。」
「ふわぁぁ…………リリス、寝ても……いい ?眠くなって…………きちゃった………………」
「良いよ~。その間も撫でてあげる。」
その言葉を聞いた直後、零の意識は急速に暖かく、柔らかい闇に飲まれていった。
「スー…………スー…………」
気持ち良さそうに寝息をたてる零を、リリスはニコニコしながら頭を撫でる。耳を触ると、ピクッと耳が動くのが、とてもかわいい。そして、たまに尻尾がぺしぺしと床を打つ。
「フフフ…………かわいい~。」
「リリス~。お昼ご飯はー ?」
「サンドイッチでいいよ~。」
「了解。作ったらそこ持ってくわね。」
「ありがと~。」
セレーネがキッチンに引っ込むと、零が柔らかく唸る。
「むぅぅ…………んうう…………っくしゅっ。」
「んん”っ…………けほ、けほ。反則だよ…………それは。」
寝ている最中の小さなくしゃみという反則技を出され、軽くむせてしまった。その横で、セレーネがサンドイッチの置かれた皿を床に置く。
「はい、サンドイッチ。卵フィリングと、ハム、それにレタスを挟んであるやつね。」
「うん。ありがと……ゴメンね、私のわがままに付き合わせちゃって…………」
しゅんと顔を暗くするリリスに問題ないというように手を振り、寝息をたてる零の顔を覗き込む。
「……かわいい ?」
「うん。とっても。セレーネは、どう思う ?」
「そりゃあ、かわいいと思うわよ。リリスと同じにね。」
フフフ。とお互いに小さく笑う二人の下で、零の尻尾が床を打った。




