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第10部~悲劇が、開演しました~

「ふ…………んん…………」

暖かく、柔らかい感触が身体中を包んでいる。眼をうっすらと開けると、ぼんやりと白い髪の少年の顔が映る。

「んぅ…………ん~っ。」

「おはよ、ユラ。」

声を聞けば、それは零の声。ぼんやりとした意識の中でようやく至った答えは。

「私は…………寝ていたのか ?零のベッドで…………」

「うん。」

それに、曲げられた零の腕が自分の頭の下になっている。その腕は暖かく、力強い。

それは、俗に言う“腕枕”であった。

「それで、零の腕枕で………………」

「うん、グッスリ寝てたよ。良かった。」

「……………… !!!!!!~~~~っ !!!!!!」

零のベッドから転げ落ちるように抜け出すと、声にならない声をあげて部屋を飛び出す。

「あれ ?…………刺激が強すぎたかなぁ…………。」

ベッドからむっくり起き上がり、あぐらをかきながら、あの時どんな言葉をかければよかったのだろうかと真剣に考えた。

その後、零は(メルトルト)から遠く離れ、現在の東京にある街、(ムサク)に武器屋を構える知り合いのミトに電話をかけていた。最近、人手不足という事を聞いていたし、結構大きい店であるから《アルカディア》のメンバーを保護するにはちょうど良すぎる場所だったからだ。

「…………という訳なんですけど、お願いできますか ?ミトさん。」

通話ウィンドウから、ゆったりとした男の声が聞こえてくる。零は、基本的に通話ウィンドウの画面を非表示にしている。

『分かったよ~。ありがとね、人を紹介してくれて~。じゃあ、そこら辺の手筈は整えておくから、来週来てくれないかな~。』

「了解です。」

通話ウィンドウを閉じて、自分で淹れた緑茶を1口飲み、一息入れる。

「ハァ…………なんだろうねえ、嬉しいのか、寂しいのか、よく分からないや………………」

窓の外は灰色の曇り空で、ポツポツと窓ガラスを雨粒が叩き始めていた。


「………………………………」

(私は…………なんという事を………………いくら仲が良いからって、同じベッドで寝てはいかんだろう !ユラ !しかし…………零の腕、暖かったな………………違う !それがいけないと言っているのだ!)

拠点ベースの外の、とある1本の太い枝に、ユラは顔を赤くしながらモンモンとしていた。まさか、会ってから3週間ちょっとしか経っていない異性と同じベッドで眠ってしまうのは、さすがになかなか頑丈なユラの心を激しく揺り動かした。

『おはよ、ユラ。』

「っ~~~~~ !!!!!!」

朝、目が覚めた時に零に言われた一言が頭から離れない。頭からその言葉を消そうと試みても、余計にしがみつき、こびりつき、染み込んでいく。

「ハァ…………」

「どーしたのっ、ユラ !」

「ひゃっ !…………なんだ、フラムか…………驚かせるなと、何度も言っているだろう。」

突然背中を叩かれた直後、大声で名前を呼びかけられ、ビクーッ。と身体が跳ねる。その勢いを殺さずに立ち上がり振り返れば、フラムがニヤニヤしながら立っている。あの朝の事を知られるわけにはいかない。なのでいつものクールさを出そうとするが、上手くいかない。

「フラム………………なんか用か ?」

「いやぁ~ ?何でもないよォ~ ?ただぁ…………」

クルクルと周りながら近付いてくるフラムに、少し恐怖して後ろへ下がろうとして気付いた。ここは、地上15m以上の高さの木の上だと。つまり、逃げられない。

フラムはユラの服を指先で掴み、耳元で喋る。

「零君と昨日の夜、色々シたの ?一緒に寝たらしいじゃん ?」

「な!なななっ、ななな……………なぁ…………」

「あ !なんかしたんだぁ~ ?何したのぉ ?告白 ?キス ??あ !それとも………………」

「そんな事はしていない !けれど、腕枕…………なら、された………………」

顔を赤くしながら答えるユラに、フラムはヒャーっと枝に倒れる。よほど意外だったのだろうか。

「なるほどなるほど~、腕枕ねぇ…………それで、朝起きたら、『おはよ、ユラ。』とか言われたんでしょーーーー !!」

「…………あまりからかわないでくれ、フラム…………それを言われると、零の顔が頭から離れなくなってしまう……………………」

観念したように座り込むと、フラムが横に座り、ユラの手を握る。

「正直に答えて、ユラ。零君の事、好きでしょ ?」

「………………」

答えられなかった。いつもなら、すぐに『嫌いではない。』と答えられたはずなのに。まるで、自身の記憶の中の零が、その言葉を阻んでいるようだ。喉まで登ってはくるが、口から外へと、言葉としては出ていかない。

「私は……………………」

なやんだ結果、決心してフラムの手を少し強く握り、ハッキリと言った。言い切った。

「………………好きだ。零の事が…………………。フッ、似合わないな、私には…………フラム、嗤ってくれ、こんな私を…………」

「ううん、笑わない。だって、今のユラ、女の子らしくて、すごくかわいいもん !やっぱり、ユラはかわいいし、カッコイイ !私の中の大好きな人ランキング第1位だし !だって、今まで私達を守ってきてくれたから !」

「………フラム…………」

こんな自分を、そこまで信頼してくれていたのか。いや、その言葉は違う。自分自身が、それを否定し続けていたのだ。似合わないという、勝手な理由をつけて、逃げていたのだ。逃げて、逃げて、逃げ続けて、かえって自分の心を締め付けて、塞ぎ込んで、本当の気持ちを殺してきた。

「っ………………おかしいな………なんで…………涙、が………………」

最初の波を始まりとして、洪水の如く押し寄せてくる涙に逆らうことができず、ユラは優しく抱き締めたフラムの胸元で、大声を出して、子供のように泣いた。


「…………じゃあ、近くのワープホールから、(ムサク)に行けるから、そこの所、よろしくです。」

「いえいえ !こちらこそ、ありがとうございました !それでは !」

一週間が経ち、《アルカディア》のメンバーは(ムサク)へと出発し、ミトの経営する武器屋、“武器屋 ミト”に保護してもらう日になった。

《アルカディア》のメンバー達の後ろ姿を見送った後、零は1人曜日クエストへ向かい、各々は買い物やらなんやらでいそいそと動いた。

悲劇が起こるとも知らずに。


「フラムさん、零さん達に護衛…………というか、一緒について行ってもらわなくて良かったんですか ?僕達だけだと、なんというか…………失礼ですけど、《炎龍会えんりゅうかい》の思うつぼだと思うんですけど…………すみません、こんなこと言って………………。」

森の中の踏み固められた道を歩きながら、ケイマがたずねる。フラムは少し自信なさげに頷く。

「大丈夫だよ。昨日、零君とこの道の地形データ見て、確認はしたから。見た感じ、奇襲できそうな所はなかったしさ。あと、ケイマはそんなに謝らくていいよ。なんにも悪くないんだからさ。」

「はい…………。」

森を抜け、絶壁が双方にそびえる道に入った時、フラムとタイガが気配を察知して立ち止まる。

「おい、フラム…………」

「うん…………分かってる。シン、敵の数は ?」

返事がすぐに帰ってこないことに疑問を持ち、振り返ったフラムが見たのは、糸切れ人形のように倒れるシンの姿。そして、周りを取り囲む、七つの目が刻まれた仮面を被る人達の姿だった。数からして、およそ300人以上。

「ヤバ………………」

「フラム、私が道を開く。その間に逃げろ」

「…………ダメ。それなら私が闘う。」

「いーや、俺が行く。ケイマ、女子の護衛頼むわ。」

「タイガ !?ムリだよ !数が違いすぎる !!」

「それでもよぉ !!!!」

地に響くかのようなタイガの声に、フラムはビクッと体を震わす。振り返ったタイガは、さっぱりした短髪と同じ顔で笑う。

「人数とか、勝てる勝てないなんて関係ねぇんだよ。仲間を守る。それだけで十分だ。」

そう言いながら、背中の大剣を抜いたタイガは、力を込めて剣を降る。

「〔パワースラッシャー〕 !!!!」

衝撃波が仮面の人物達を襲い、何人かが巻き込まれる。

「行けぇぇぇぇ !!!!!!!!」

「…………すまない、タイガ…………行くぞ、フラム !」

「タイガ…………死んだら承知しないから !」

「おうよ !フラムこそ、逃げたのに死んだら承知しねぇからな !!!!」

タイガの勇ましい声を聞きながら、目に涙を溜めたフラムはユラに手を引かれて走り出す。仮面の集団は、いきなりの強攻撃に戸惑っており、すぐに囲まれている範囲から離脱できた。しかし、はいそうですかと逃がしてくれるわけがないことは、だれでも分かっている。すぐにフラム達の後を追う。

「誰か助けてーーーー !!!!!!!!」


「………………っ !!!!!!」

曜日クエストから帰って来て、ケダマと共にうたた寝をしていた零に、雷のような衝撃が走り、ソファーから飛び起き、ドアを蹴り開けるように外に出る。

「うわぉ !どうし…………」

「ゴメン !ちょっと出かけてくる !!すぐに戻れないかも !!“解” !‘適応コペルニクス’、体現ダウンロード、‘生物クリート’、ハクトウワシ !!」

袴越しに体現したハクトウワシの翼を羽ばたかせ、思い切り地面を蹴る。

「フッ !」

バン !

空気がパンパンに入った袋が弾けた時の音が響き、地面が少しえぐれる。

カムル達が気づいた時には、零は見えなくなっていた。それくらいの必死さを見て、急いで準備を始め、セレーネの能力、‘歌声カントゥス’で召喚したドラゴンで後を追う。しかし、既に零は小さな点となっており、とても追いつけそうにない。

「頼む…………間に合え……………… !!!!」

力を込め、さらに加速する。悲劇を止めるために。

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