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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ショート・ストーリーズ

古き世界よ、さようなら

作者: 椎名 幸夢

「ねぇ坂井君。寒いでしょう? これ上げる」

 楓に渡された小包を開けると、青いマフラ

が入っていた。

「おー! かえでが編んでくれたの? すげー!」


 首に巻いてみる。真っ青のマフラーは灰色のコートにとても良く映えた。

「だって坂井君の為に編みたかったし」

 少し恥ずかしそうに彼女は告げる。


「可愛いなぁこいつぅ!」

 俺は彼女を抱きしめる。

ちょっとこんな所で恥ずかしいよー

まんざらでもない様子で彼女は笑う。


楓は大学サークルのみんなのアイドルだった。

美人で優しくて、気遣いが出来る。

俺は一目惚れし、積極的なアプローチをかけた結果、どうにか付き合うまでにたどり着いた。

現在自分は全人類で幸福ランキンキング100位以内ではないかと割と本気で思う。


「これから俺んち寄ってくか?」

 すると彼女は困った風に笑い、

「ごめんね、今日これから教会に行けなくてはいけないの」

 

そう言うと風で彼女の胸にある十字架が揺れた。

唯一彼女の変わった所。それは宗教を信仰している事だった。かなり熱心で俺が茶化すと本気で怒った。

 そのときの楓は、少し怖かった。

だけどそれは俺の家系は無宗教だからそう見えるだけだ。

 世界の人々はほとんどどこかの宗教を信じている。だから全くおかしい所は無い。


むしろこんな素敵な子が育ったのだから神様に歓声を上げて感謝したいくらいだ。

「そっか、じゃあ夜はどうだ? 前見たいって言ってた映画のDVD借りてきたぜ」

「ほんと!? うん! じゃあ今夜に行くね!」

そう言って彼女は眩しい笑顔を振りまいた。

 

 ――ちぇ、夜までお預けか。

俺は残念な気持ちを隠す様に笑った。


大学の講義で疲れたのか、家に帰るとすぐに眠り込んでしまった。

突然大きな爆発音がして目が覚めた。

「な、なんだ・・・・・・?」

 外ではヘリの音、けたたましいサイレンの音、それと、人の悲鳴の様な物が聞こえる。

「まさか・・・・・・」


戦争が起きたのか?


近年、隣国との関係は悪化の一途を辿っていると大学の教授は言っていた。他にも不況だったり就職難だったり、なんだか嫌な時代になったなぁとぼんやり聞いていたけどまさか本当に戦争が起きるなんて。

俺はどうすればいいんだ? 頭が回らない。とりあえずテレビだ。


テレビを付けると、ニュースはやっておらず、代わりに背の高い白髪の老人が、すべてを許すような優しい口調で語っていた。

「――みなさん。祝福の日は来ました。恐れる事はありません。新しい世界を迎えようとしているだけなのです。世界には光が満ちあふれ、幸福の鳥はさえずる。私達は・・・・・・」

「何、言ってるんだ?」


俺は気分が酷く悪くなる。何がどうなっているのか、全く理解出来ない。

「っ! そうだ楓は?」

急いでスマートフォンを鳴らすが、「現在電波の届かない所にいるか・・・・・・」 と機械音声しか聞こえない。

「楓!」

いてもたってもいられず俺は家を飛び出した。電気が止められたのか、どこも明かりが付いていない。

ガードレールには車が追突しそこら中で人が血を出して倒れている様に見える。

「なんだよこれ、一体どうなってんだよ!」


俺は叫びながら楓の家へ向かう。

その時、歌が聞こえた。どこの言葉か分からない。後ろを振り返ると、車道に白い衣類を身に纏った集団が目に入った。手には松明、湾曲した剣、それにライフル銃を持っている。

 ゾッとした。 俺はすぐ細い路地に隠れる。

「哀れな子羊がいたぞ! 救済しろ!」

誰かが叫んだ。走り寄る音が聞こえる。


「楓! 楓!」


無我夢中で走る。この道を左に曲がれば楓の家だ。道を曲がった

「嘘だろ・・・・・・」

俺は崩れ落ちた。

楓の家が燃えている。

 

「あああああああぁ!」

俺は言葉にならない声で叫んだ。

 楓、お前を失ったら俺はどうすればいいんだ。――その時。

 「坂井君!」


後ろを振り返った。楓がいた。涙ぐんでいるようにも見える。こちらに走ってくる。

「無事だったんだな! 本当に良かった・・・・・・」

俺は泣き叫びながら手を広げる。楓が飛び込んできた。


「え・・・・・・?」

 腹部に違和感を感じる。下を見ると刃渡りの長い包丁が深々と突き刺さっていた。

「良かった。心配したんだよ? 約束どおり家に行ったのに。坂井君いなかったんだもん。他の人に殺されちゃったかと思った」

 楓はいつもの様に笑ってる。いつもの笑顔だ。


「か・・・・・・えで?」

俺は膝を付きうずくまる。息が出来ない。視界が暗くなる。叫びたいのに声が出ない。

「すこし痛いけど我慢してね。痛く死ないと生まれ変わる事が出来ないから」

「どう・・・・・・し、て」

 楓は包丁に力を入れる。刃が身体の奥に、肉を裂きながら沈んでいく。


「神様が言ったの。今日は祝福の日。大好きな人は殺してあげるんだ。そしたら新しい世界へ生まれ変われるんだよ?

こんな最低な世界嫌だよね?

だから私殺したんだ。 両親も友達もそして坂井君も!」


 楓は俺の頬を愛おしそうに触れる。

 彼女の手は血で赤く濡れていた。

「大丈夫だよ、私もすぐ死ぬから。そしたら新しい世界でずっと一緒にいようね」

そういえばさっきテレビに出ていたじいさん、楓と同じ十字架のネックレスをしてたな・・・・・・ 

 そんな考えが一瞬脳裏を過ぎった。


「か・・・・・・ぇ」

 もう声は出せず楓の顔は見えない。彼女がどんな顔をしているのかも分からない。

 最後に願う。

 楓はこのまま生きて欲しい。

 それはきっと叶わない願いなのだろうけど。


 どこか遠くで、女が歌をうたっている。

すべてを浄化する様な、綺麗な歌声だった。






















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