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第八話  決着がついた

第八話です。

 


「――トラップ、『隔壁』!!」


 俺が叫ぶと同時に、轟音とともに床から石壁がせり上がった。一瞬のうちに牢屋の全面を覆い隠す。


「きゃっ!?」


 衝撃でアリスが二歩三歩あとずさり、尻もちを付いた。


「ふう、危なかった」


 すんでのところで、ジークムントの舌からアリスを守ることに成功した俺は、ほっと一息をついた。

 だが、安心はできない。

 さっき魔物化したジークムントは鉄格子をいとも簡単にねじ曲げて見せた。

 石壁なんぞ、たいした時間稼ぎにならないだろう。


「クソ、いったん逃げるぞ! アリス、この国の役人はみんな魔物なのか!?」

「ま、まさかそんなはずはありませんわ。あのジークムントだって、今までは普通の人間でしたもの」

「そうか。まあ今はその話はいい。逃げるぞ!」

「は、はいっ! で、でも私、腰が抜けてしまって……きゃあっ!?」


 俺は凍り付いたままのアリスを抱き上げた。お姫様抱っこというやつだ。

 別に肩に担いでもいいんだが、さすがにジークムントと同じ扱いは酷だ。

 突然のことにアリスは耳まで真っ赤にして俺に抗議の視線を送ってくるが、この際贅沢は言っていられない。


 正直、俺一人ならあんな蛙野郎は物の数ではないだろう。

 だが、二人をかばいつつ魔物化したジークムントを倒すことができるかというと、今のところ自信が無い。


「セバスチャン、悪いが他の牢の鍵を開けてやってくれないか? ヤツは人を喰って強力になるみたいだ。エサどもを牢に閉じ込めたまま逃げるのはマズい」

「畏まりました。お嬢様をよろしく頼みます。解放し次第、私もすぐに後を追います」

「頼んだぞ」


 セバスチャンが通路の奥へと走っていく。

 仕方ない。一応セバスチャンのために時間稼ぎをしてやらねば。


「――トラップ、『吊り天井』!」


 天井に吊られた重量物を落とし、相手を押しつぶすトラップだ。

 だがこれは床のスイッチを踏まなければ発動しないうえ、動作も遅い。

 単独での使用なら、普通の人間でもやすやすと突破されるし、肉体が頑強な魔物にはせいぜい足止め程度にしかならない。

 洞窟なら、『毒溜り』や、さらに凶悪な『酸溜り』が使えたのだが――屋敷で使用可能な罠はからくり仕掛けのものばかりだ。


 だが、それでも時間稼ぎには十分だ。

 牢屋内部の天井が罠に変化したのを確認した俺は、急いでここを離れることにした。







 ◇     ◇     ◇







「あの、ユードラ様……そろそろ降ろしていただけませんか?」


 階段を上りきると、屋敷のエントランスホールが広がっている。

 アリスを抱いたままホール内を歩いてゆくと、腕の中で蚊の鳴くような声が聞こえた。


「おお、悪い。大丈夫なのか?」

「ええ、もう平気です。申し訳ありませんでした」


 すっと床に立つアリス。ドレスの乱れを直し、スカートをぱんぱんとはたいてしわを伸ばした。

 こころなしか、まだ頬に朱が入っているように思える。


「あの……ありがとうございました」

「ん? さっきのことか? 別にたいしたことじゃないさ。気にすんなよ」

「いえ、もちろんそれも、ですけれども……」


 もじもじしているし、うつむいて足で床板を弄っているし、なんだかアリスの様子が変だ。

 もしかして、これは――


「なんだよ。忙しくてトイレ行けてなかったのか? 今なら行ってもいいぞ」

「何でそうなるんですかっ! 違いますっ」


 アリスは顔を真っ赤にして、ぷいと後ろを向いてしまった。

 あれ? これはひょっとして……


 でも、俺は生前は三十路に近かったし、アリスはまだ十代前半の子供だ。

 ……うん、深く考えるのは、今はやめておこう。


「お、お待たせしました」


 そうこうしていると、セバスチャンが地下から駆け上がってきた。


「セバスチャン、無事でしたのね」

「もちろんでございます。ですが――」


 セバスチャンの顔に余裕がみられない。

 そういえば――


「賊どもはどうしたんだ?」

「はい、鍵は全て開いてきました。ですが――」


 爆発音がエントランスホールに響き渡った。

 勢いよく床板がめくり上がり、埃と木くずが大量に舞い散る。


「ごほっ、ごほっ、なんだ!?」


 屋敷全体を揺るがす轟音に、俺たちはたたらを踏む。


 そこに、どん、巨大な物体が降ってきた。

 ぶよぶよしていて深緑色の、いぼに覆われた肉の塊。

 巨木の幹ほどもある、一本の腕だった。

 それが、めくれ上がった床板の隙間から伸びている。


「この腕は……ジークムント!?」


 ということは――


「クソ。全員アイツの腹の中って訳か」


 毒つくも、すでに時遅し。

 セバスチャンが逃げ切れただけでも、幸運だったのかも知れない。


 都合二十九人分のエサを取り込んだジークムントの巨体が、地下から姿を現す。


「ふしゅううぅぅぅ。ああ、よく喰ったァ。でも、まだ足りねぇなあァァァ」


 でかい。想像以上だ。

 二階まで吹き抜けのエントランスホールの天井に頭が届きそうだ。


「――トラップ、『槍衾』、『仕掛け弩』、『振子槌』!」


 先手必勝。

 俺は立て続けに屋敷の床を、壁を、天井を罠に変化・起動させ、巨大化したジークムントに叩き込んだ。

 槍が、矢が、巨大な槌が、その巨体に突き刺さり、打ち込まれていく。


「あがッ!? 痛ェなコラァッ!!」


 苦悶するジークムント。だが、所詮は対人用の罠。ダメージはあまり通っていなさそうだ。

 だが、ヤツを怒らせることには成功したようだ。


「野郎ッ……舐めたマネしやがって……ッ! 死ねやァ!」


 ぎょろりとバスケットボール大の眼球が動き、巨大な舌が横薙ぎに振るわれた。


「危ねぇっ!?」

「ひゃんっ!?」


 アリスの頭を床付近まで押し下げ、これを躱す。

 舌は、俺たちの頭ぎりぎりを通り過ぎ、フロアの家具や、壁まで巻き込んで盛大になぎ払う。

 辺りを見渡すと、セバスチャンは転がるようにして躱していた。間一髪だ。俺はほっと一息ついた。

 だが、屋敷の惨状は想像以上だ。

 舌が通ったあと、線状に穴の開いた石壁から外が見える。柱の一部を断ち切られ、支えを失った屋敷は今にも崩壊しそうだ。


 これじゃちょっとしたビーム兵器じゃねぇか!

 あんなのを食らったら、精霊の俺はともかく、人間の身体なんて木っ端みじんだ。


「アリス、セバスチャン、俺がヤツを引きつけておくから、早く屋敷の外に出ろ」

「は、はい!」

「お嬢様、こちらへ」


 俺は屋敷の壁面全てを『仕掛け弩』に変え、起動。ありったけの矢を打ち出した。

 全身の矢で穿たれ、ジークムントが一瞬怯む。


「今だ、行け!」

「はい!」

「お嬢様、こちらへ」

「こんなモノで俺が倒せると思うなよォ!」


 二人が扉へ走る。ジークムントが猛り狂う。

 こちらに向かって長い舌をめちゃくちゃに打ち出してくるが、一人で避ける分には問題ない。


 俺はアリスとセバスチャンが屋敷から十分に離れたことを確認して、ジークムントへ話しかけた。


「なあ、お前は何者だ?」

「あぁ? なァに言ってんだてめぇ」

「お前は、人間なのか?」

「人間なのかだぁ!? この状況で哲学問答なんて洒落てるじゃねぇか。――そうだな、悪魔ならここにいるぜぇ!?」


 言って、ジークムントが俺に向かって一直線に舌を打ち出してきた。


 だが。


 (のろ)い。(のろ)すぎる。

 人間よりは数倍マシになったとは言え、それでもハエが止まりそうに見える。


「がっ!? ははへ(離せ)ほほへふふはほお(このエルフ野郎)!」

「そうだよ、お前は魔物……いや、悪魔か。とにかく、人間じゃない(・・・・・・)んだよな?(・・・・・) それでいいんだよな?(・・・・・・・・・・)


 確認しながら、俺は掴み取った舌を、返してやる。

 大切なことだ。だから、ちゃんと答えさせてやらないと。


「だから言ってんだろォ! もう俺をあんな下等生物と一緒にするなァ!」


 ジークムントが吠える。


 そうか。


 目の前の肉塊を眺め、俺はほっと息を吐く。

 心地よい安堵感が全身に広がっていく。


 こいつは(・・・・)ただの、(・・・・)魔物だ。(・・・・)しかも、二十九もの人間を食い殺した、正真正銘の。


 ならば、ならば、ならば。


 自然と、自分の口の端がつり上がっていくのが分かる。

 腹の奥から、歓喜の念が湧き上がってくるのが分かる。

 これからのことを考えると、嬉しさで震えが止まらない。


「てめぇ、今更ブルってんのかァ?」

「まさか」


 こらえきれず、笑みがこぼれる。


「――トラップ、『巨蟲の餌食』」

「……はァ?」


 ジークムントが怪訝な表情を浮かべる。

 途中、笑みで声が震えたが、何とか言えた。最高だ。


 どこからともなく、地響きが聞こえてきた。

 屋敷と土地の罠を知ってから、一度、コレを使ってみたかったんだ。

 絶対に人間達には使えない、最低最悪のトラップ。


 どんどん地響きが大きくなる。


「てめェ何をしやがった!」


 俺に答える必要なんてない。


 地響きは、すぐに地震となった。

 やがて、立っていられないほどの振動になり――


 床が大きく裂ける。

 ジークムントの両脚が、突如地中から現れた巨大なワームに呑み込まれた。

 ミミズにでっかい口吻をつけて、サイズを数百万倍にしたような見た目の、気色の悪い生物だ。


「なっ! なんだァこのバケモノはァっ!? はっ、離せっっ!」


 だが、ワームは食いついて離れない。

 そればかりか、徐々に、徐々に、ジークムントの巨体を呑み込んでゆく。


「コイツめェ! クソッ、離れねェ!」


 すでにジークムントは胴体までワームの体内に取り込まれていた。

 舌で、両腕で、ワームの口や胴体を攻撃してはいるものの、体表を覆う粘液で滑り、全く効果は見られない。

 やがて胸まで呑み込まれたジークムントはようやく自分の置かれている状況に気づいたようだ。

 その蛙面に絶望の表情を浮かべ、俺を見た。


「どうだ? 自分が喰われていくのって、どんな気分なんだ? 俺に教えてくれよ」

「てめェ! この外道がァ! こんなことが許されると思っているのかァ!」


 俺が最高の笑みを返してやると、思いつく限りの罵倒で返された。

 自分のしてきたことを棚に上げて、よく言うぜ。


 ――と、そうそう。

 コレを聞き忘れていた。アリスがさっき言っていたことで、気になることがあったんだった。


「なあ、ジークムント、お前役人なんだろ? 飼い主は誰だ? 魔物に変身できるようにしたのは誰だ? 同じヤツなのか? 教えてくれよ。こんな面白いこと思いつくヤツの顔が知りたいんだ」

「……それを言ったら、助けてくれるのか?」

「そうだな、返答次第かな」

「わかった、わかった。言うよォ。だから、コイツを止めてくれよォ」


 すでに残すところ頭だけとなったジークムントが、哀願する。


「じゃあ、言って。さん、はい」

「……俺の上司は、この件に関係ねぇ。飼い主が別にいる。そいつらが、アリスの親父をハメようとした」

「続けて」

「アイツは魔物の使役を研究してただろう? おれのご主人はそれをよく思ってねぇんだ。分かるだろう? 魔物をうまく軍事利用できれば、国の武力が増大する。自分の研究が認められれば、他はきっとその影に隠れちまう。そういうことだ……なあ、話したんだ。お前、人間じゃねェんだろう? 分かるんだ。お前は俺と同じ臭いがするからなァ。だから頼むよ、同じ魔物のよしみで、俺を見逃してくれよォ」

「で、そいつの名は?」

「そ、それは――」


 だが、そこまでだった。

 ワームが完全にジークムントを呑み込んだ。

 壊れかけた屋敷の中に、ワームが獲物を飲み下してゆく不気味な音だけが取り残された。


 まあ、そこまで聞ければいいだろう。

 ジークムントを生かしておく理由も、特にない。


 この世界では、魔物がいて、人間を魔物にする術も存在する。

 高い知能と、人間を簡単に食い殺すだけの身体能力を持った連中が。


 冒険者達や、ただの人間をおちょくるよりも、もっと楽しそうだ。

 ならば、どうする?


「そうだ、冒険に出よう」


 ひとり、つぶやく。

 幸いなことに、アリスが俺を実体化させてくれた。

 アリスも、もうこんな崩壊寸前の屋敷にはとどまることはできないだろう。

 住む場所を失ったアリスをうまく説得すれば、きっと一緒にいろいろな場所に行けるはずだ。


 善は急げ、だ。


 俺は踵を返し、壊れかけた屋敷を後にした。



このお話で完結となります。読了ありがとうございました!


新作始めました。よかったら下記リンクからどうぞ。

現地主人公モノの長編です。

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