流石食いしん坊です。
『ケラン Lv1
HP 3000/3000
MP 20/20
・・・・・・・・』
私の目の前にはトリケラトプス、そして、自分のもの以外に見たことがなかったステータス画面。恐らく、これが魔獣。実物を目の前にして、恐怖で悲鳴を上げることすらできず、ただ固まっていた。
「グアオウウウ!!!」
目の前の魔獣が吠えたことで、更に恐怖が増す。
に、逃げなきゃ、すぐ、逃げなきゃ
そう思っているのに全く動かない足。
私、転生してまだ6年しか生きてないのに、こんなところで!?転生、そうだ、ヨハナ、妹を守らなくちゃ。ヨハナだけでも逃げて!!
全く動かなかった私の体がヨハナの方を向く。ヨハナも恐怖で動けないのかもしれない。
「ヨハナ!!!」
叫んでヨハナを見る。ヨハナも全く動いていない。でも、ヨハナの目には見覚えがあった。キラキラと、まるでご馳走を目にしたかのような、あの・・・
「・・・おいしそう」
ヨハナのつぶやきに一気に恐怖が消えた。手を握って体が動くことを確かめる。うん、大丈夫、とりあえずヨハナを引っ張ってこの場から離れよう。そう思った瞬間にヨハナが私に向かって言った。
「ミーネ!!あれ、焼いて!!ウェルダン!!ウェルダンで!!!」
「ウェルダン。」
ヨハナの声を聞き、すぐさま私は魔獣に火を放った。悲しいかな、私の体はこの6年の間にヨハナの言葉に従うようになっていたのだ。あっさり魔獣のステーキが出来上がった。あれ?随分とあっけない。もう一度よくあの魔獣の物と思われるステータス画面を見る。
『ケラン Lv1
HP 0/3000
MP 0/20
弱点:火
魔の森最下層の魔獣。MP消費5の炎の魔法で倒せる』
弱っ。私楽勝で倒せたんじゃない。何で村の人たちは倒さなかったんだろ。もしかして、倒しちゃいけなかったとか?魔獣の仲間が報復にたくさん来るとか!?
私は青くなっているのに、ヨハナはご機嫌に魔獣ステーキを登っていく。いつも持ち歩いてるマイ包丁で肉を切っているらしい。
「おいすぃ~~~」
そして食べたみたいだ。魔獣って食べて大丈夫なの?それより、ほんとに倒しちゃって大丈夫だったの!?一人でおろおろしていると、村の人たちが集まってきた。あの魔獣の声を聞いたのだろう。
「大丈夫か!?」
「ヤツが出たのか!?」
「おい、トムのとこの双子じゃないか。トム呼んで来い!!」
「怪我は?どこか痛いところはないか?」
大人たちに囲まれてますますパニックになる私に、
「ミーネ!!大丈夫か?どこか怪我とかしてないか?」
「お、お父さん・・」
聞きなれた声と強く抱きしめる腕にほっとする。気が抜けて涙がジワリと湧いてくる。
「怖かったな、無事でよかった。ヤツはどうした?逃げていった・・ヨハナ!!ヨハナは無事なのか!?」
「あ!お父さんだ~。こっちこっち!!すっごい美味しいの!!!食べて食べて!!!」
何が起きてるのかわからず、ポカンと呆けた顔をしてヨハナを見ている大人たち。ヨハナに注目がいっているので、そっと父に尋ねる。
「お父さん、私、あの、ケランっていう魔獣倒しちゃったの。大丈夫?問題ない?」
「何!?ヤツをミーネが倒したのか!?」
大きな声出さないでー。折角小声で言った意味がないよ。ヨハナに注目してた周りの大人たちが今度は私を、私を抱きしめている父を押しつぶすように近寄ってきた。
「こんな小さな子がヤツを倒したって?」
「あの、ヨハナちゃんが登ってる黒い物体ってヤツなのか?」
「トムがうちの子はすごいってただの親バカだと思ってたんだが、本当だったのか。」
「本当に倒したのか?なら、俺らはもうヤツに畑を荒らされずに済むのか?」
お、大人に囲まれるって怖い。すると父が私を抱き上げ、周りの大人たちに言った。
「ミーネが怖がってるから、ちょっと離れてくれるか?詳しい話は俺がミーネから聞いて、村長に伝える。で、村長がみんなに話してくれるだろう。それでいいか?あと、アレな。ヨハナが美味いって言うんじゃ相当なもんだ。あんなにあるんだし、食ってみたらいいんじゃねえの?」
すると、みんな一斉にヨハナの方へ向かっていく。
「順番順番~。切ってあげるから並んでね~。」
包丁を振り回しつつ上から大人たちを見下ろすヨハナ。同じ経験をしたはずなのに、何であんなに元気なんだろう、ヨハナ。周りに人がいなくなって落ち着いたので、父の質問に答えていく。そして私も聞きたかったことを父に聞く。
「ねえ、お父さん。報復に魔獣の仲間が来ることはない?」
「お、報復なんて難しい言葉知ってるな、ミーネ。」
頭を撫でられる。いや、知識を褒められたいんじゃないの。質問に答えてほしいの。むくれていると、父は笑いながら答える。でも頭を撫でるのはやめないらしい。
「悪い、悪い。あいつらには仲間意識なんてものはないからな。報復になんか来ないよ。いやあ、まさかヤツをミーネが倒せるとは思わなかった。」
「お、お父さん。私、私のこと、怖い?嫌いになった?」
「うん?何でだ?」
「だって、私、村の人たちが倒せなかったのを子供なのに倒しちゃって・・・」
「うちの子たちは皆天才だからな~。ヤツにしたって、ミーネがそのうち倒してくれるだろうとは思ってたけど、もう少し先だと思ってたのさ。お父さんが思ってた以上にミーネが天才だったんだな。」
そう言うと、ぐしゃぐしゃっと私の頭を撫でまわし、手を止めてヨハナを見る。
「ヨハナもなあ、料理もそうだが、もう、あの度胸が天才的だろ。ま、ヨハナはミーネっていう無敵のお姉ちゃんがいるから、ああして何に怯えることもないんだろうな。」
「そうかなあ?」
ポンポンと私の頭を軽くたたくと、ヨハナの下の魔獣のステーキを見る。そして非常にまじめな顔をしてこう言った。
「あれ、食い切るのか?」
・・・・・・・・
あれから、ケランが村に現れたら私が倒す係になった。別に不満はないのだけど、子供がこんな力を持ってるなんて!!って怖がられると思ってたのに、怯え損だ。村の人たちは皆おおらかな性格・・・要は大雑把な人たちだったので、それはそれで大丈夫なんだろうかと心配しつつ、以前のように暮らしている。
以前のようにと言うと語弊があるか。うちの村はあまり裕福でない村からそこそこ裕福な村に生まれ変わったのだ。倒したケランが村だけでは食べきれず、近くの村の人たちに渡したのがきっかけで、ケランの肉は村の特産物となり、売れ始めた。もちろんただ焼いただけでなく、様々な調理法でヨハナが特産物にまで伸し上げたと言った方がいいだろう。それを販売にまで漕ぎつけたのが、3つ上の兄だったことに未だに驚いているけれど。
あの後、私は一応姉として、ヨハナを怒った。危ない魔物を目の前に逃げなかったこと、魔獣のステーキなんて食べて大丈夫かわからないものをすぐ口にしたことをだ。
「えー。だって、ミーネがいれば別に心配することないじゃん。それに、あれ、魔獣だったんだね。火をしっかりを通すと美味しいって書かれてて、それしか見なかったわ。」
「ん?書かれてた?」
「そうそう。えーっと、食べ物図鑑みたいなものが、あの、なんだっけ?何とかっていう肉のところに現れたんだよ。」
・・・もしかして、それって私が見たステータス画面?でもそんなこと、どこにも書いてなかったけど。それを確かめるために、ケランを倒した後、お互い見えるものを口に出してみた。
「えーっと。私の方は『ケラン、レベル3。HPが4700分の0。MPが23分の0。弱点が火。MPの消費5の炎の魔法で倒せる。』って書いてあるよ。」
「え!?MP5消費するだけで焼けるの?やっぱチートなんだねえ、ミーネは。あの威力で5しか消費しないなんてやっぱすごいわ。そうそう、私の方ね。『上等な肉。火をしっかり通すと美味しい。』あれ?何か言葉が増えてる・・・これ、調理方法?ステーキ以外にレシピが載ってる!!これをベースにしてアレンジもできるし、もっと美味しく食べられるよ!!」
興奮しているヨハナには悪いけど、魔物の名前すら載っていないのっていいの?ヨハナには食材にしか見えてないのか。そんなことを思っていたら、ヨハナがまたびっくりすることを言い出した。
「あー、もしかして、私レベルアップしたのかも。だからレシピが図鑑に追加されたのかな。HPとMPは変わってないけど、KPが100から180にまで上がってるもん。」
「・・・ちょっと待って、HP、MPはいいよ。私のステータスにもある。でもKPって何?」
「え?KP無いの?」
「っていうか、聞いたことないよ。」
「うーん、キレイポイントとか?これが高くなればなるほど美食家とか。」
綺麗ポイントはないよ、しかもそれを高めれば美食って食事に関連付けちゃうところがヨハナだなあと思って、KPに気付いた。
「ヨハナ、それ、食いしん坊ポイントだ。」
「そ、そんなはずは!!」
「だって、レシピが追加されるんでしょ?」
「うぐ。」
・・・・・・・・・
特産品の販売が軌道に乗って来て、ケランの肉の調理をヨハナ以外の村人がしても『商品』と呼べる水準にまで達したのは、それから5年くらいたった頃だった。ヨハナは村の外の草原と、少し先の魔の森とは別の森に出掛けるようになった。美味しい食材を求めて、村の周辺を探るついでに魔法の腕をあげようと思ったらしい。火の調節と水の調節なら私がやらなくても、自分でできるようになった。
ヨハナが積極的に村の外に出ていくにもかかわらず、私は村の中から一歩も出なかった。ケランが出たら私が倒すという役目もあったけれど、一番下の妹(母のお腹の中にいた子だ)、ヤスミンが魔力を自分で制御できないようで、私が調律しつつ、面倒もみるようになっていた。
それからさらに三年後、ヨハナが突然言い出した。
「この村の周辺の食材は知り尽くしたわ!!だから私、村を出て旅に出ようと思うの!!」
目がキラキラと『まだ見ぬ美味しいものを求めて!!』と言っている。
「あー、うん。行ってらっしゃい。」
今日もヨハナは食に情熱的だ。残念ながら、同じテンションになれそうもない。旅は危険なものだと思うけれど、ヨハナはとても強くなっている。ちょっとやそっとの魔獣や盗賊には負けないだろう。家族が反対するかなと思ったけれど、定期的に現状報告の手紙を送るのなら行ってもいいと両親は言うし、美味しいものがあったら持って帰って来てとねだる妹弟もいる。全く心配はしていないようだ。
そして家族に見送られ、意気揚々とヨハナは村を出ていった。
お読みいただきありがとうございました。
9/27:父の名前をトムに変更しました。